音楽 CLASSIC

フンメル ピアノ・ソナタ第2番

2018.03.04
アレルヤとジュピター

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 ヨハン・ネポムク・フンメルは1778年にプレスブルク(現ブラチスラヴァ)に生まれた。ベートーヴェンの8歳下である。神童だったフンメルは、アウフ・デア・ヴィーデン劇場の音楽監督になった父親と共にウィーンに移住、モーツァルトにピアノを教わった。フンメルのことを気に入ったモーツァルトは、1787年に自身が主催した演奏会でピアニストとしてデビューさせたという。

 その後、演奏旅行で成功を収めた天才少年は、アルブレヒツベルガーやサリエリに師事し、作曲を学んだ。さらにハイドンのレッスンを受け、その推薦で1804年にエステルハージ侯の楽長となった。このあたりの師弟関係を見ると、ベートーヴェンと似たところがある。ハイドンが亡くなった後は、シュトゥットガルト、ワイマールの楽長として契約、宮廷劇場でオペラの指揮をする一方で、教育者としてもピアニストとしても人気を博していた。ワイマールではゲーテと交流していたことが知られている。

 ベートーヴェンとの関係については様々なことが書かれているが、少なくともフンメルの方は相手の巨大な才能を認めており、若い頃は自信を喪失しそうになったことまであるようだ。ただ、音楽教師として、そして、ピアニストとしてのフンメルの名声は揺るぎないもので、シューベルト、リスト、メンデルスゾーン、ショパンらに影響を与えた。ベートーヴェンの弟子ツェルニーも、フンメルの風貌や服装を批判しつつ、その演奏は賞賛するほかないと記している。

 大ピアニストであっただけに、自ら作曲した作品にも卓越した技巧を求めるものが少なくない。フィギュレーションも華やかである。それでいて旋律はメロディアスで親しみやすい。1805年に出版された初期の作品、ピアノ・ソナタ第2番はその代表例と言っていいだろう。作品番号は13である。この第1楽章の第1主題が、グレゴリオ聖歌の「アレルヤ」に似ているため、「アレルヤ」という標題が付けられることもある。

 第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ。変ホ長調。前述したように、第1主題はグレゴリオ聖歌の「アレルヤ」の旋律に似ているが、これは師モーツァルトがカノン「アレルヤ」K.553で用いたものであり、「ジュピター」K.551の最終楽章の主題を思わせるところもある。フンメルはピアノ・ソナタ第3番の最終楽章でも、より分かりやすい形で「ジュピター」を取り入れているが、よほど思い入れがあったのだろう。第2主題は歌うような旋律で、いかにもフンメルらしい。ロマン派前夜の豊かな楽想が心地よく聴き手の耳にフィットする。

 第2楽章はアダージョ・コン・グラン・エスプレッシオーネ。変ロ長調。冒頭のアルペジオが幻想的な雰囲気を醸し、美しい旋律を紡ぐが、予想できない転調などの影響により、どこか不安定な感じが漂う。保守的と言われがちなフンメルの革新性を垣間見ることができる。

 第3楽章はアレグロ・コン・スピリート。変ホ長調。冒頭からリズムを刻み、疾走し、またリズムを刻んで、疾走する。このリズムの刻み方とフィギュレーションはどこかハイドン的である。みずみずしい第2主題は後のシューベルトを連想させるが、緩急強弱がめまぐるしく切り替わるところや、入り組んだフガートの中間部は、技巧に自信のあるピアニストならではのものだ。ロンド形式の中に若き表現意欲を注ぎ込んだ感がある。

 このソナタは、先人の感性を己の感性と融和させ、その上で、独自の旋律発想とピアニストとして自身が誇る技巧的な要素を盛り込んだものと言える。主題の展開の仕方はベートーヴェンほど有機的ではないし、作曲技法も構成も後期作品ほど洗練されていないが、その分、魅力的なメロディーや華やかなフィギュレーションがわかりやすく浮き上がってくる。普段クラシック音楽を聴かない人でも楽しめるのではないだろうか。

 ところで、モーツァルトがいつまでフンメルにピアノを教えていたのか詳細は分かっていない。が、1788年頃、モーツァルトが音楽家として独り立ちすることを勧め、それを受けてフンメルが数年間に及ぶ演奏旅行に繰り出したことはほぼ間違いないのではないかと思われる。だとすると、ジュピター交響曲を完成させた時期(1788年8月)、「アレルヤ」のカノンを完成させた時期(1788年9月)より以前に、モーツァルトが弟子の前で「アレルヤ」の話を聞かせたことがあったかもしれない。そんな想像をしてみるのも面白い。

 録音の種類は少ない。私が最初に聴いたのはディノ・チアーニが弾いた1966年の録音で、正直なところ、これに出会わなかったら、このソナタに惹かれることもなかったのではないかと思う。テンポはとにかく速く、デュナーミクも大胆で、若さが弾けている。それがいかにもフンメルの作品にふさわしいものに感じられる。無論、楽譜を見て普通に弾いていたら、このような演奏にはならないだろう。が、チアーニのピアノは音符に生命を吹き込まんばかりに輝き、ほとんど顧みられなくなった作品を鮮やかに蘇生させている。気韻生動とはまさにこういう演奏のことを言う。

 その後、数少ない音源を探しては聴いているが、それらは(チアーニほどではないという意味で)比較的穏やかな表現となっている。むしろその方が正統派なのだろう。チアーニ以外で私が聴くのは、フンメルのピアノ・ソナタ全集を録音したコンスタンス・キーンの演奏。これは愛らしさがあり、技術の冴えはないが、品格がある。上品なタッチなのに左手の音が強めに響くのも特徴的だ。

 チアーニの演奏からフンメルに興味を持つ流れは、グレン・グールドからバッハの世界に入ってゆくパターンと似ているかもしれない。かつてそれを邪道と言う人はたくさんいた。しかし、作曲家や作品を「発見」させる演奏は偉大である。現在、ピアノ協奏曲やピアノ三重奏曲などフンメル作品を収録した音源は昔よりも増えてきてはいるが、16分程度のチアーニの録音は私の中で変わらずトップの座にある。


【関連サイト】
Johann Nepomuk Hummel(CD)

ヨハン・ネポムク・フンメル
[1778.11.14-1837.10.17]
ピアノ・ソナタ第2番 変ホ長調 作品13

【お薦めディスク】(掲載ジャケット)
ディノ・チアーニ(p)
録音:1966年7月14日