音楽 CLASSIC

パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番

2018.07.07
ヴァイオリンが主役

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 完璧な技巧、創意溢れる演奏法、強烈なカリスマ性により多くの聴衆を魅了した天才ヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニは、その生涯に6曲から8曲のヴァイオリン協奏曲を作曲したと言われている。公式に出版されたのは第1番、第2番のみ。そもそもパガニーニ自身が己の演奏技法を印刷物として残すことを望まなかったため、作曲者が世を去ると共に、多くの作品も消えたというのが通説である。だが、その後、紛失したと思われていた楽譜が20世紀に入ってから見つかったり、第三者が加筆したりして、いちおう第3番から第6番までは確認されている。

 伝えられている話では、秘密主義のパガニーニがオーケストラの団員に楽譜を渡すのは、演奏会本番が直前に近づいてからで、演奏会が終わると楽譜を回収していたという。当然、そのようなやり方では練習時間を取れないため、オーケストラに高難度の演奏を要求することはできない。だから、協奏曲のオーケストラ・パートは分かりやすく、シンプルに書かれていた。

 もっとも、理由はそれだけではないように思われる。ヴァイオリン協奏曲における「ソロ・ヴァイオリン対オーケストラ」という無理のある均衡を再検討し、あくまでもソリストを絶対的主役とする作品を世に問う意図もあったのではないか。

 ヴァイオリン協奏曲第1番は1811年(もしくは1818年頃)に書かれ、完成直後、本人によって初演されたとみられている。作風は、ひとことで言えば華麗でロマンティック。超絶技巧を要するだけでなく、甘くのびやかに歌うヴァイオリンの音色をも堪能させる。もともとは変ホ長調で書かれており、独奏ヴァイオリンだけは演奏を容易にして、なおかつ華やかな効果を出すためにニ長調で演奏されていたが、現在はソリストもオーケストラもニ長調で演奏するのが主流である。

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 第一楽章はオーケストラによる威勢のいい和音で始まり、明朗な序奏がしばらく続く。この部分は短めにカットされることが多いが、イタリア・オペラの序曲のようで魅力的である。独奏ヴァイオリンの登場の仕方は期待に違わず派手やかで、変化に富み、大規模の楽章でありながら全く飽きさせない。鮮烈な第一主題、甘美な第二主題も、その後の展開の中で巧みに処理されている。演奏面では、三度の重音奏法において高度な技術が求められるところが特徴と言える。また、第一主題より第二主題が重要な役割を果たしている点も注目される。再現部も第二主題で始まっている。

 第二楽章もどこかイタリア・オペラのような劇的な調子で始まり、独奏ヴァイオリンが甘く切ない旋律を聴かせる。このメロディーについては、悲劇俳優ジュゼッペ・デ・マリーニの演技に惹かれたパガニーニが、囚人の祈りの場面にインスパイアされて書いたという逸話が残っている。第三楽章はロンド主題で始まり、パガニーニが発明したというスタッカート・ボランテが繰り出される。これがオーケストラに引き継がれた後、独奏ヴァイオリンは十度と六度の二重音、二重フレジオレットなどで演奏効果を上げる。難しい技巧をあれこれと詰めながら、音楽の流れは停滞しない。明るく軽快で華やかな楽章だ。

 19世紀前半に書かれた作品だが、今でもその高難度の技巧、美しい旋律は、多くの聴衆やリスナーを魅了し続けている。大味なオーケストラのパートは、アウグスト・ヴィルヘルミやフリッツ・クライスラーなど後世のヴァイオリニストたちによって改訂されたが、現在では、それらの改訂版が演奏される機会は少ない。

 私がこの曲で思い出すのは、十代半ばの頃にテレビで観た映画、スチュワート・グレンジャーとフィリス・カルヴァートが共演した『魔法の楽弓』(1946年)である(なぜか『令嬢ジャンヌ』というタイトルでビデオ化された)。劇中の演奏シーンで、パガニーニ役のグレンジャーの運指と音楽が合っていないのはご愛嬌として、ロマンティックなストーリーとテーマ音楽(そしてフィリス・カルヴァートの美しさ)には、心底惹かれたものだ。ちなみに、ソロ・パートを弾いていたのはこの曲を得意としていたユーディ・メニューインである。

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 そのメニューインをはじめとして、今日、名演奏家たちの録音を聴くことができる。私が好んでいる演奏は、6種類。ユーディ・メニューイン(1934年録音)、ジノ・フランチェスカッティ(1946年ライヴ録音)、フィリップ・ヒルシュホーン(1967年ライヴ録音)、イオン・ヴォイク(1964年録音)、マキシム・ヴェンゲーロフ(1991年録音)、ヒラリー・ハーン(2005年録音)だ。

 十代のメニューインは事もなげにこの難曲を弾いて、我々を一驚させる。濃密さはなく、清流のような演奏だ。ワンテイクで録られたらしいが、信じられない。艶やかさとパッションに溢れているフランチェスカッティ(パガニーニ直系の弟子)の演奏は心にしみる。一つ一つのフレーズに寄せる慈愛が強く感じられるところも良い。ただ、古いライヴ盤なので、音質と安定性を求める人には、1950年のセッション録音がお薦めだ。

 ヒルシュホーンの演奏は物凄く熱い。「この作品って、こんなに感動的だったっけ」と言いたくなるほど、真摯でひたむきな響きが胸を貫く。ヴォイクのヴァイオリンは技巧的に少し不安定な箇所もあるが、鋭くきらめく音色が強い印象を残す。ヴェンゲーロフやハーンは新世代の演奏といった感じで、圧倒的なテクニックを持ちながら、それはもう当然のこととして、細かいニュアンスまでおろそかにせずに表現しきっている。


【関連サイト】

ニコロ・パガニーニ
[1782.10.27-1840.5.27]
ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 作品6

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
フィリップ・ヒルシュホーン(vn)
ルネ・ドュフォセ指揮
ベルギー国立管弦楽団
録音:1967年(ライヴ)

ジノ・フランチェスカッティ(vn)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団
録音:1946年1月(ライヴ)

マキシム・ヴェンゲーロフ(vn)
ズービン・メータ指揮
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1991年