音楽 CLASSIC

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲

2024.04.07
限りないロマンと情熱

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 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は1806年に作曲され、同年12月23日に初演された。独奏を務めたのは、当時26歳のヴァイオリニスト、フランツ・クレメントである。作曲の際、ベートーヴェンはクレメントに助言を仰ぐこともあったという。当時のヴァイオリン協奏曲としてはスケールが大きく、演奏時間は40分から45分、第1楽章だけでも20分を超える。いわば超大作である。

 初演時の評判は芳しくなかった。「この作品には多くの美しさが認められるものの、時には前後の繋がりが全く断ち切られているように感じられたり、いくつかの平凡な箇所が果てしなく繰り返され、すぐに飽きてしまう」(『ウィーン新聞』)という文章からもうかがえるように、構成の面においても、スケールの面においても、理解を得られなかったのである。そのため、演奏される機会も少なかったが、1844年にメンデルスゾーンが演奏会でこの作品を取り上げ、当時12歳のヨーゼフ・ヨアヒムが独奏を務めたことで注目を浴び、それ以来、高く評価されるようになった。

 真にロマンティックで、美しい旋律に満ちた作品である。情熱的であり、崇高でもある。当時のヴァイオリン協奏曲としてはスケールが大きいと先に書いたが、今日の時点でも壮大であることに変わりはない。有名なメンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキーの協奏曲も、あるいはエルガーやレーガーの長大な協奏曲も、この作品のスケール感を超えてはいない。

 第1楽章はアレグロ・マ・ノン・トロッポ。ニ長調。冒頭、ティンパニが4つの音を奏でる。この動機は後に何度も繰り返され、交響曲第5番「運命」の第1楽章のように、楽章全体を構成する上で重要な役割を担うことになる。第1主題と第2主題はまず木管によって提示される。その後、独奏ヴァイオリンが軽やかに登場し、第1主題の変奏を歌い上げる。ソリストとオーケストラとの掛け合いは徐々に熱気を帯び、展開部で白熱する。劇的な展開部が落ち着きをみせたところで、独奏ヴァイオリンがカデンツァ風に活躍し、オーケストラと共に第1主題を力強く奏で、再現部へ。カデンツァの後、静かに第2主題が奏でられ、徐々に力を増して最後は力強い和音で閉じられる。

 第2楽章はラルゲット。ト長調。変奏曲形式で、まず穏やかで美しい主題が提示され、それが3度変奏される。第1変奏はホルンとクラリネット、第2変奏はファゴット、第3変奏は弦楽器が主題を受け持つ。その主題に絡みつくように独奏ヴァイオリンが叙情的なフレーズを奏でるが、第3変奏の間は休み、その代わり、弦楽器がフォルテで力を込めて主題を歌い上げる。その後、平和な美しさに満ちた中間部を経て、ヴァイオリン・ソロが主題を再現する。そこからさらにソリストが中間部のフレーズを変型させて歌い上げ、カデンツァに入り、切れ目なく第3楽章へと続く。

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 第3楽章はロンド・アレグロ。ニ長調。独奏ヴァイオリンが明るく軽快なロンド主題を提示し、オーケストラとの対話を経て、総奏で主題を奏でる。そこから躍動的な主題(第1副主題)がイ長調で現れ、熱気を帯びながら推移する。そしてロンド主題を挟み、今度は(第122小節から)別の主題(第2副主題)がト短調で現れる。再びロンド主題が回帰すると、ほぼ型通りに進行し、第1副主題が再現され、カデンツァに入る。その後、独奏ヴァイオリンがロンド主題を奏で、オーケストラとの掛け合いを経て、情熱的な盛り上がりをみせる。最後はいったん静かになり、2つの和音を力強く鳴らし、締めくくられる。

 それぞれの楽章に魅力があり、深みがある。第1楽章の中で個人的に好きなのは、第2主題が力強く演奏される第238小節から第260小節で、ここはオーケストラの見せ場である。第2楽章は、冒頭の主題が心にしみるほど美しく、祈りを捧げているかのような印象がある。中間部では、祈りから安らぎへと推移し、静かに喜びをかみしめているようだ。第3楽章は、第122小節で哀愁を帯びた主題が現れるところが素晴らしく、ここまでの雰囲気を一変させる。この主題は、独奏ヴァイオリンからファゴットに受け継がれるが、その音色の変化も絶妙。天才の発想以外の何物でもない。

 ベートーヴェンはこの楽譜の草稿をフランツ・クレメントに捧げたが、1808年に楽譜を出版すると、これをボン時代からの友人シュテファン・フォン・ブロイニングに献呈した。1808年4月に結婚したブロイニングへのお祝いとして贈ったらしい。なお、この作品にはベートーヴェン自身が編曲したピアノ版もある。1807年にムツィオ・クレメンティに依頼され、引き受けた仕事である。こちらはブロイニング夫人のユーリエに献呈された。

 録音は多いが、心を満たすような演奏に出会える機会は少ない。名盤の誉れ高いヘンリク・シェリング独奏、ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ロンドン響による演奏(1965年録音)は、その渇を癒す録音である。単純にして最も大事なことだが、音楽が自然に流れ、美しく響いている。シェリングの演奏は理知的で、品格があり、よく言えばバランスが取れている。ただ、もうすこし作品に埋没していくような激しさ、荒々しさが欲しい気もする。

 この作品を得意としていたヴォルフガング・シュナイダーハンの録音は10種類ほどある。そのうちセッション録音は3種で、1回目はパウル・ファン・ケンペン指揮、2回目と3回目はオイゲン・ヨッフム指揮、いずれもオケはベルリン・フィルだ。ほかにもヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン等が指揮したライヴ録音がある。どの録音にも共通して言えることだが、シュナイダーハンは独奏ヴァイオリンの導入部分をいかにも純真に弾き、無邪気そうに美しく澄んだ音を出す。かと思えば、第2楽章では深い祈りを込めた音楽をじっくりと聴かせる。その表現は融通無碍で、魅力的だ。私が最もよく聴くのはケンペン盤(1953年録音)で、モノラル音質だが、気迫がこもっている。

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 カミラ・ウィックス、ブルーノ・ワルター、ニューヨーク・フィルハーモニックの組み合わせによるライヴ盤(1953年2月ライヴ録音)は感動的な熱演の記録。堂々たる表現で、しかもヴァイオリンの音に突き抜けるような勢いがある(ウィックスは弱冠24歳)。ワルターのサポートも気迫満点。オケの響きは重厚で、燃えるように熱い。ところどころ音が澄んでいて、その美しさにドキッとさせられる。ただ、古い録音を聴き慣れている人でなければ、ちょっと辛い音質である。これがステレオ録音だったら、最上の演奏の一つとして多くの人に愛聴されていただろう。
(阿部十三)


【関連サイト】
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
[1770.12.16?-1827.3.26]
ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 OP.61

【お薦めの演奏】(掲載ジャケット:上から)
ヴォルフガング・シュナイダーハン(vn)
パウル・ファン・ケンペン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1953年5月

ヘンリク・シェリング(vn)
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮
ロンドン交響楽団
録音:1965年7月

カミラ・ウィックス(vn)
ブルーノ・ワルター指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1953年2月15日(ライヴ)

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