音楽 CLASSIC

ブーレーズ 『ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)』

2011.08.14
20世紀に最も絶賛された前衛音楽の一つ

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 ピエール・ブーレーズの『ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)』は、1955年6月18日に初演されて以来、戦後生まれた最も画期的な音楽の一つとして評価され続けている。あのストラヴィンスキーが寄せた「今の新しい時代、真に価値ある唯一の作品」という賛辞を筆頭に、賞賛の言葉は数限りなくある。ここまで多くの人に歓迎され、理解を示された「前衛音楽」も珍しいのではないかと思う。

 この作品の最大の魅力は、全く性格の異なる楽器を組み合わせながら、恐ろしく精緻なアンサンブルを紡ぎ出すことに成功している点にある。楽器編成を具体的に書くと、歌(アルト)、アルト・フルート、ザイロリンバ、ヴィブラフォン、ギター、ヴィオラ、打楽器(タンブール、クラベス、タム・タム、ゴング、トライアングル、ボンゴ、シンバレット、クロッシュ・ドゥブル、大シンバル)。これらの楽器が千変万化するリズムの中で重なり、衝突し、融和し、摩訶不思議な音世界を現出させるのだ。明快なメロディーはないが、聴き手を拒絶するような雰囲気もなく、純粋に音の動きの面白さや魅惑的な音響に浸ることが出来る。

 ブーレーズに作曲のインスピレーションを与えたのは、シュルレアリスムの詩人ルネ・シャールが書いた『ル・マルトー・サン・メートル』。簡潔な言葉を用いながらも、意味をとらえるのは容易ではないこの詩に触発されて、ブーレーズはこの詩に触発され、作曲の筆をとった(彼がシャールの詩を使った作品は、ほかに『婚礼の顔』と『水の太陽』がある)。ただ、詩自体は必要最低限しか使っていない。全9楽章のうち3つの楽章のみである。ブーレーズは『ル・マルトー・サン・メートル』の歌曲を作ったり、詩をそのまま音楽に置き換えたりすることには興味がなかったようで、彼自身の言にしたがえば、「或る詩的な核の周囲における音楽の増殖」を狙っていたという。簡単に言えば、シャールの詩を足がかりにして、自由でイマジネイティヴな音世界を作り上げた、ということだ。作曲は1952年頃から1955年にかけて進められ、ハンス・ロスバウトの指揮、バーデン・バーデン交響楽団によって初演された。これにより当時30歳だったブーレーズはその名を世界に轟かせた。

 この作品としばしば比較されるのが、シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』である。若きブーレーズはこの偉大な作曲家の作品に刺激を受けながらも、その影響力を警戒し、新しい音楽を模索していた。1952年に「シェーンベルクは死んだ」という攻撃的な記事を発表したのも、そういう姿勢のあらわれにほかならない。ブーレーズは『エクラ/ブーレーズ 響き合う言葉と音楽』という本の中で、『ル・マルトー・サン・メートル』は『月に憑かれたピエロ』への一種のオマージュだと語り、同時に、両者間に根本的な違いがあることも強調している。その違いとは、『ル・マルトー・サン・メートル』の方が「チクルス構造」になっているため多方向的な聴取が可能なこと、そして楽器の選択が非常に特殊なことである。ちなみに、ここで言う「チクルス」とは、それぞれの楽章が独立した作品でありながら、全体を通して有機的なつながりも持っている、ということを指す。

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 作曲から半世紀以上が経ち、『ル・マルトー・サン・メートル』も今や古典となった感があるが、初演当時より多くの人に聴かれ、理解されるようになったかというと、その辺は疑わしい。数年前、ブーレーズがザルツブルク音楽祭でこれを指揮した時、私は「もうこういう機会もないだろう」と思って聴きに行ったが、当地でも居眠りしている観客は結構いた。客席にいたある著名な指揮者ですら、うつらうつらしていた。単に半世紀を経たからといって理解が深まることなどないのである。もっとも、今思えば奏者も拙かった。昔のブーレーズの録音で聴けるような明晰さはなく、アンサンブルも弛緩していた。ああいう演奏を聴かされるくらいなら、録音を聴いている方が数倍充実感を得られるだろう。

 録音では、1965年5月にストラスブールの祝祭ホールで演奏されたものが傑出している。名手揃いで、音色が美しく、精巧なアンサンブルで魅了する。手でさわれそうなほど輪郭のはっきりした音質も高ポイントだ。ただ、録音年代については「1964年」と表記されている物も多く、どちらが正しいのか判然としない。もう一種、ブーレーズが手兵アンサンブル・アンテルコンタンポランを指揮した1985年のライヴ盤も、濃厚な味わいで、お薦めである。


【関連サイト】
Pierre Boulez(Universal Edition)
ピエール・ブーレーズ(CD)
ピエール・ブーレーズ
[1925.3.26-2016.1.5]
『ル・マルトー・サン・メートル』

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
ジャンヌ・ドゥルーベ(アルト)、セヴェリーノ・ガッゼローニ(フルート)、
ジョルジュ・ヴァン・グーシュ(ザイロリンバ)、クロード・リクー(ヴィブラフォン)、
ジャン・バティーニュ(打楽器)、アントン・スティングル(ギター)、
セルジュ・コロー(ヴィオラ)
ピエール・ブーレーズ指揮
録音:1965年5月

エリザベス・ローレンス(メゾ・ソプラノ)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
ピエール・ブーレーズ指揮
録音:1985年3月

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