音楽 CLASSIC

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 100選 その1

2017.12.08
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 100選 その1

ウラディーミル・アシュケナージ
サー・ゲオルグ・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団
1972年録音
第1楽章のピアノは流麗。オーケストラの方は各パートの冴えた音色や美技で魅せる。何しろショルティ指揮のシカゴ響なので巧い。迫力も十分ある。ピアノだけ取り出すと、優等生的な気取りが感じられなくもないが、真逆のアプローチで鳴らされるオーケストラの力によって中和されている印象。第2楽章は冒頭の弦のアンサンブルが精妙で、フレージングも適切。ただし後半はピアノの音が立ちすぎ、弦のピッツィカートも妙にタメがきいていて、柔和さや神秘的な雰囲気はない。第3楽章はピアノもオーケストラも活気があり、強弱の表現も万全だ。

ウラディーミル・アシュケナージ
ズービン・メータ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1983年録音
高い評価を受けていた録音。アシュケナージのピアノは最初から最後まで美しい。華麗さも申し分なし。ショルティと協演した時よりも、自分のピアニズムをむき出しにしている印象だ。メータはウィーン・フィルらしい豪奢な響き、豊麗な響きをよく引き出している。木管の音色から匂い立つ色気もたまらない。正直、面白さや発見はないし、情熱や高揚感あふれる演奏でもないが、感覚的な美を求めるならばこれを超えるものは少ないだろう。肌のつやつやした、豊麗だが均整のとれた美女を眺めるようで、一種の保養になる。

ヴァレリー・アファナシエフ
ユベール・スダーン指揮
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
2002年6月10日、11日ライヴ録音
予想通りテンポは極端に遅い。ただ、第1楽章は無理やり遅くしている感じでもなく、ソリスト、指揮者、オーケストラの意思は疎通している。音の輪郭が明瞭で、強弱の表現などは意外に正攻法で聴かせる。第2楽章は冒頭の弦からデリカシーに溢れていて、息を吹きかけるだけで空気が乱れそう。ピアノが紡ぐメロディーの造型はしっかりしているが、とにかく遅い。第3楽章はもう少しテンポを上げた方が楽そうである。ここまで徹底して遅く演奏するのは、細部の表現を問われる分、大変なことなのだ。それだけ卓越したビジョンや、密度の濃い緊張感がこの終楽章の演奏にあるのかというと、ちょっと疑問が残る。

クラウディオ・アラウ
オットー・クレンペラー指揮
フィルハーモニア管弦楽団
1957年11月8日ライヴ録音
変な緊張感が漂う演奏である。第1楽章序盤のアラウは明らかに本調子でない。クレンペラーはそんなソリストの存在など意に介していないかのように、というか、己の存在を誇示するようにオケ(特にティンパニ)を鳴らしまくっている。展開部の半ばを過ぎたあたりからアラウが調子を取り戻し、恐ろしく気迫のこもった演奏をしているが、そこには怒りに近いものすら感じられる。結果的に、再現部以降は超名演になっているのだが、聴いている方はハラハラさせられっぱなしだ。第2楽章は一時休戦。まだ緊張感はあるものの、美しい音の結晶が生まれている。第3楽章では指揮者とソリストとで主導権を一時的に共有したらしく、第1楽章の剣呑な雰囲気は後退している。ピアノは芯から燃焼しているが、弱音を扱う際はアラウらしい繊細さを以て聴かせている。

クラウディオ・アラウ
ピエール・モントゥー指揮
ボストン交響楽団
1960年7月23日ライヴ録音
タングルウッドでの演奏。デッドな音質だが、ライヴなので仕方あるまい。第1楽章のアラウの演奏は、瑕もあるが、テンションが高く、聴き手に濃厚なピアニズムを堪能させてくれる。モントゥーのサポートはしっかりとした造型を持ち、鋭い切れ味もある。ただ、ティンパニの調子が外れるところは情けない。第2楽章はやや重めの足取りである。木管の響きがやけに素朴で、ピアノの音色とあまり馴染んでいる感じがしない。第3楽章の演奏は情熱的で、細かいミスも少なからずあるが、完璧に統御された弱音はアラウらしい。

クラウディオ・アラウ
ベルナルト・ハイティンク指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
1964年録音
後年のセッション録音と比べると、アラウのテクニックが冴えている。コンセルトヘボウのアンサンブルは色彩豊かで、管も弦も美しい。が、指揮者がこのオケを芯から鳴らしきっていない。そのため第1楽章の489小節からのオケによる全奏など、かなり空虚に響く。第2楽章は、最後の変奏で主旋律を奏でる木管が可憐で愛らしい。第3楽章はアラウらしい軽快さで、ピアノによる強弱のコントラストが印象的だが、弱音のレベルが極端すぎる。テンポは中庸で聴きやすいが、両端楽章は良くも悪くもアクが無い。

クラウディオ・アラウ
サー・コリン・デイヴィス指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
1984年録音
ゆったりとしたテンポだが、老匠にありがちな鈍重さはない。銀色に輝くシュターツカペレ・ドレスデンの音色は、まさに「皇帝」の異名にふさわしいもの。ここぞという時のピアノとオケの重厚な響きもたまらない。最大の聴きものは第3楽章。単調になりがちな起伏の中で、アラウが余裕を持って繰り出す数々のアーティキュレーションは至芸と言うほかない。テクニックを云々する人は1964年盤を聴けばいいのであって、この演奏には大器に身を委ねる気分で接したい。

レイフ・オヴェ・アンスネス(弾き振り)
マーラー・チェンバー・オーケストラ
2014年録音
アンスネスとMCOという組み合わせから想像出来る通り、端正な演奏である。ただ、ピリオド奏法的なニュアンスや室内楽的な精緻さだけでなく、木管を大胆に歌わせて、ピアノの響きと効果的に融合させるなど、独自の工夫もみられる。第1楽章の292小節から疾駆する分散和音のバックで、木管がここまで美しく抑揚している例は少ない。ピアノはややあっさりしていて、第2楽章は物足りないが、第3楽章では妙技が冴えていて、清流のように耳を濯ぐ。もう少し堂々とした王道の演奏もできたのだろうが、自分にしか弾けない「皇帝」を録りたかったのだろう。

フィリップ・アントルモン
ジャン・マルティノン指揮
フランス国立放送管弦楽団
1970年2月11日ライヴ録音
この組み合わせから瀟洒な「皇帝」をイメージしそうだが、第1楽章は(音質の影響もあって)なかなか重みのある演奏になっている。緩急のコントラストがはっきりしていて、ピアニッシモで第2主題を奏でた後の158小節〜や416小節〜など、遅いところは極端に遅く弾いている。ただ、あちこちにミスがある。特に木管は不調。ティンパニも時折変に浮いている。第2楽章のピアノは、音色、テンポ、強弱の付け方のいずれも理想的だと思う。第3楽章はピアノもオーケストラも堂々とした響きで、しかも表情豊か。全体的にミスがもっと少なければ、という不満が残る。

ジョス・ファン・インマゼール
ブルーノ・ヴァイル指揮
ターフェルムジーク・バロック管弦楽団
1997年録音
ピリオド楽器による演奏で、テンポは速め。インマゼールが弾くピアノフォルテの響きは柔らかく、中音域から低音域は表情豊か。オーケストラは取り立てて巧いとも個性的とも思えないが、ピリオド奏法にありがちな気取ったダンスを踊っているような軽さがないところは好感が持てる。速く演奏される第2楽章も、音のバランスとフレージングが絶妙なため、物足りなさを感じない。

内田光子
クルト・ザンデルリンク指揮
バイエルン放送交響楽団
1998年録音
ピアノの音色はやや硬めで、特別迫力があるわけではないが、光を含んだ小さな宝石のように美しい。それでいて時折左手が放つ骨太の響きには重みがある。老匠の指揮は全く枯れていない。第1楽章の第1主題を弦で生き生きと浮かび上がらせる技など、実にみずみずしい。292小節からの分散和音のバックで、木管をかなり強調させているのも面白い。第2楽章は陰翳が少し足りないが、第3楽章は巧い。強弱緩急を隙なくコントロールするピアノに魅せられる。371小節から影のようにつきまとう左手の動きも印象的だ。ただ、緻密すぎるのか、純粋に胸を弾ませる躍動感はあまりない。

ユーリ・エゴロフ
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
1982年録音
第1楽章のピアノは上品で優美。テンポを変に動かすことなく、硬めの音色をみずみずしく、そして十分に響かせている。サヴァリッシュの指揮は呈示部・展開部とパッとせず、各パートの反応にも鈍さを感じるが、再現部に突入する直前から調子を上げている。第2楽章はゆったりとしたテンポだが、足取りが重くなることはない。ピアノの演奏はデリカシーの塊で、眠れる「皇帝」の夢を描くかのよう。第3楽章のピアノは流麗で、力強さもないわけではないが、その表現の中にアクらしきものは全く見当たらない。

クリストフ・エッシェンバッハ
小澤征爾指揮
ボストン交響楽団
1973年録音
指揮者もソリストも30代だった頃の録音。両端楽章のオーケストラの演奏は爽快で、弦の響きが多声的。トレモロのニュアンスにこだわっているところも良い。ピアノは音の角をしっかり立てたような演奏で、力強く明晰な音像の中に、左手の音の起伏や陰影も浮き上がってきて面白い。ただ、速いテンポで強音を弾く時のタッチは少し荒っぽく、第1楽章の292小節からの分散和音もすっきりしない。第2楽章の演奏は美しいが、35小節からピアノがフォルテで粘っこく起伏を描いた後は、前半ほどしっくりこない。繊細にやろうとしすぎて深い美に達していない感がある。

ピエール=ロラン・エマール
ニコラウス・アーノンクール指揮
ヨーロッパ室内管弦楽団
2002年6月ライヴ録音
アーノンクールとエマールという組み合わせに、多くの人は、既成概念を崩すようなビジョンを示してくれるのではないかと期待するはずだ。個人的に面白いと思ったのは、第1楽章のハイライトを、304小節から310小節にかけてのオーケストラとピアノの掛け合いに設定している(ように感じられる)ところ。ただ、この演奏の場合、(独特の間の取り方にはたしかに創意を感じるが)、斬新さよりも、打楽器の音を絶妙にきかせたオーセンティックな響きが耳に残る。2人が録音した協奏曲全集の中では、第5番は特別刺激の強い演奏というわけではない。

ジョン・オグドン
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮
BBCノーザン交響楽団
1969年1月ライヴ録音
オグドンの「皇帝」の音源はライヴのみ。勢いのあるベートーヴェンで、奇を衒わないところは好感が持てるが、颯爽たる足取りというよりは、妙に急ぎ足に感じられる部分が少なくない。強弱の付け方にもムラがある。第2楽章のテンポは速め。英国を代表するヴィルトゥオーゾらしくピアニズムが冴える時もあり、例えば第3楽章など、途中までは驚くほど興に乗っている。もっとも、一番問題はオケの響きに魅力が感じられないことだろう。オグドンには一流オケとセッション録音を残してほしかった。

クリフォード・カーゾン
ジョージ・セル指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
1949年録音
私が持っているCDは、音質が悪く、ピッチも不安定。それを前提に書くと、カーゾン節はそこまで顕著ではなく、音楽が自然に流れている。弱音を奏でる時のデリケートなタッチや間の取り方はカーゾンらしいが、後年の録音と比べると、全体的に「皇帝」のイメージに合った演奏と言える。セルの指揮も秀逸。アンサンブルもフレージングも間然とするところがない(ただし緩徐楽章の休符の扱いは杓子定規で私の好みに合わない)。第3楽章でのスタッカートのきかせ方もうまい。

クリフォード・カーゾン
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1957年録音
第1楽章ではクナとカーゾンの音楽性の違いが出ている。カーゾンのピアノは時折重厚な響きで威厳をみせるが、基本的に繊細で、劇的な起伏を作り出すこともない。弱音は聴いている方が不安になるほど嫋嫋としている。ドイツ/オーストリアの古城に独居する英国貴族という趣だ。第2楽章以降は、クナの方が手を差しのべ、オーケストラを巧みにコントロールし、的確なサポートをしている。

クリフォード・カーゾン
ピエール・ブーレーズ指揮
BBC交響楽団
1971年2月ライヴ録音
ブーレーズ指揮による、美しく堂々としたベートーヴェンである。管楽器の扱いが完璧で、一瞬の和音にも美意識が貫通しているのが分かる。カーゾンのピアノはほかの録音よりも熱気を帯びており、ドラマティックな起伏に富んでいる。第1楽章の加速するコーダは非常にエキサイティングだ。第2楽章は、ブーレーズがこのアダージョをいかに美しく響かせるか極めようとしているかのよう。それにカーゾンが合わせている印象がある。第3楽章ではカーゾンが引っ張ろうとしながらも、ブーレーズの方は落ち着いている。その奇妙なマッチングが結果的に「品のある演奏」という後味に繋がっている。

クリフォード・カーゾン
ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団
1977年録音
標題を超越した演奏だ。音楽の勢いも、時間の流れさえも意に介さず、何色にも染まらないピアノが清潔感をもって響く。カーゾンらしい不思議な間の取り方も楽しめる。クナッパーツブッシュやセルを相手にしていた時よりも、表現は自在である。それもわざとらしくなく、天稟でやっているように思える。我が道を行くピアノの世界で、このデュナーミク、アゴーギクの妙味は他のピアニストには出せない。それを支えるクーベリックのサポートも良い。指がもつれ気味になるなど技術面での不満がないわけではないが、フォルテで奏でられる第1楽章の555小節など、個人的に好きな箇所の旋律を印象的に浮き上がらせてくれるので、たまに無性に聴きたくなる。クーベリックのサポートも良い。

ロベール・カサドシュ
グイド・カンテルリ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
1955年1月16日ライヴ録音
第1楽章は速めのテンポで、ピアノの演奏は軽やか。分散和音は華麗だし、フォルテの力強さにも不足があるわけではないが、さらさらと滑るように進んで行く。オーケストラの演奏は爽快。しかもデュナーミクの表現が柔軟かつ的確で、この速いテンポの中、カンテルリが目を光らせ、完璧に各パートの動きをコントロールしていることが分かる。第2楽章も弦のフレージングや休符の取り方が上手い。速いテンポで違和感なく聴かせるよう工夫されている。主題の変奏に入ってからピアノの裏で鳴っているピッツィカートも、きっちり刻まれているが、重すぎない。ピアノの高速のトリルも美しい(観客の咳はマナー違反レベルでうるさい)。第3楽章はやはり爽快で、勢いがあり、アクセントの付け方もしっかりしている。全体的には、天才指揮者のセンス溢れるサポートのおかげで成立した名演という印象だ。

ロベール・カサドシュ
ディミトリ・ミトロプーロス指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
1955年録音
情感がないと言われがちなカサドシュだが、この第1楽章は超が付く名演奏である。ミトロプーロスの指揮は期待に違わずドラマティック。その隣で演奏するピアノは、さながら雪崩の中でスキーをしているような感じで、流麗だが熱気を帯びることもあり、実にエキサイティングだ。例えば225小節からのクレッシェンドで左手を巧みに強調するところなど、絶妙な具合に立体的に響き、なおかつ勢いもあり高揚感に溢れている。第2楽章のテンポは速め。弦のフレージングが芝居がかっていて、静謐さに浸ることはできない。感情と理性の対話劇のようである。第3楽章の主題を弾くピアノの響きは堅牢で、造型感もしっかりしている。オーケストラの演奏は覇気に溢れているが、ややもっさりしていて、6年後のロスバウト&コンセルトヘボウの演奏とは比較にならない。

ロベール・カサドシュ
ハンス・ロスバウト指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
1961年録音
カサドシュのピアノは相変わらず美しいが、1950年代の演奏に比べると音色にふくらみが感じられる。ただ、それよりも指揮者の存在感が際立っている録音だ。ピアノとオーケストラの音量のバランスがややちぐはぐなので、余計そういう印象が残る。第1楽章のオーケストラについては、躍動感をもたらすアクセントの付け方も効果的だし、木管の歌わせ方も芳しい。第2楽章のテンポは速いが、オーケストラとピアノの混じり気のない美の響きが心地よい。第3楽章は克明にリズムを刻みながら進行する。

シプリアン・カツァリス
サー・ネヴィル・マリナー指揮
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
2014年録音
高度な技術があってこそ成立する優雅さ、とでも言うべきか。けばけばしい表現はどこにもない。オケの響きもその世界観にマッチしている。第1楽章では、343〜345小節の木管の音色の柔らかさがやけに耳に残る。第2楽章のテンポは速めで、第3楽章は明るくて軽やか。いずれも品が良い。マリナー(90歳の誕生日を迎える直前に録音)が指揮していることも影響しているのだろう。

シプリアン・カツァリス
2013年録音
カツァリス編曲によるピアノ独奏版。ユニークなだけでなく、第1楽章のコーダなど、華麗で聴きごたえがある。第2楽章は孤城に鳴る音楽といった趣で、名状しがたい寂寞感がクセになる。第3楽章は巧みな編曲かつ名演。なお、ライナーノーツではホロヴィッツのピアノによる「皇帝」を聴いていた時のことが綴られており、アルバムはそのレコードを聴かせてくれた母親との思い出に捧げられている。

ジュリアス・カッチェン
ピエロ・ガンバ指揮
ロンドン交響楽団
1963年録音
第1楽章冒頭の独奏部から、巧みにテンポを操る演奏に惹きつけられる。呈示部でのオーケストラの演奏は、金管を強調するところが面白く、スケール感もあるが、アンサンブルにきめ細かさがほしい。ピアノの音色は、速いフレーズを弾いている時でも、落ち着いた美しさを持っている。「皇帝」らしい颯爽たる威容で圧倒するタイプの演奏を狙っているようには思えない。作品のイメージに流されず、感情や勢いに身を委ねず、独自の美学に基づいて弾いている。第2楽章はピアノの演奏が非常にデリケート。瞑目し、静かに語りかけてくるような趣がある。第3楽章では繰り返される第1主題に強靭なエネルギーを注ぎ、それ以外はおしなべて強弱のニュアンスに異様なほどこだわりながら弾いている。


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