音楽 CLASSIC

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 100選 その2

2017.12.16
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 100選 その2

ミンドゥル・カッツ
サー・ジョン・バルビローリ指揮
ハレ管弦楽団
1959年録音
カッツはルーマニアのピアニスト。正統派のピアニズムで、奇をてらうことはない。第1楽章のピアノの演奏は毅然としていて、勢いもある。分散和音の表現にも清冽さが感じられる。が、オーケストラの響きは(私が聴いたレコードの音質が貧弱なせいか)いまひとつ潤いに欠ける。第2楽章はバルビの指揮が素晴らしい。冒頭は深遠な美しさだ。ピアノの音は明瞭だが、やや単調。しかし第3楽章の演奏は理想的。212小節から疾駆するピアノの巧さといったらない。バルビも第1楽章より乗っている。

エフゲニー・キーシン
ジェイムズ・レヴァイン指揮
フィルハーモニア管弦楽団
1997年録音
第1楽章は緩急のコントラストが特徴で、ピアニッシモで第2主題を奏でた後(158小節〜、416小節〜)、極端にテンポを落としている。コーダは爽快。基本的にキーシンのピアノは激しさに走ることなく、デリケートなタッチで表現に深みを与えようと腐心している。第2楽章は遅めのテンポで、リリカルでやさしい音楽を聴かせる。第3楽章のピアノはきらびやかで軽やか。全体的に、レヴァインのサポートも含めて心やさしい「皇帝」といった趣。

エフゲニー・キーシン
サー・コリン・デイヴィス指揮
ロンドン交響楽団
2007年録音
テンポは総じて遅い。キーシンのピアノは10年前の録音から順当に進化したものと言える。表現意欲に満ちていて、緩急強弱のコントラストも明確。「皇帝」らしい迫力や重量感を志向した演奏ではないが、一音一音に注がれている集中力や陶酔感の強度は尋常ではない。ピアノのフレーズのほとんどがカデンツァのように思えるほどである。なので、こちらもサラリとは聴けない。そんなソリストをサポートすべく、デイヴィスはオーケストラの演奏に大きなふくらみを持たせようとしている。ティンパニはもう少しタメをきかせても良いのではないかと思う。

ワルター・ギーゼキング
ブルーノ・ワルター指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1934年録音
ギーゼキングといえば新即物主義の代表格。この頃は技巧面も万全で、軽やかなタッチとスピード感を堪能することができる。ここにいるのは「皇帝」ではなく、ピアノの音である。第2楽章もかなり速い。ただ、ワルター&ウィーン・フィルは重心のしっかりした響きで、フレージングにも癖があるので、あっさりしているだけの演奏に終わっていない。

ワルター・ギーゼキング
アルトゥール・ローター指揮
ベルリン放送管弦楽団
1944年録音
戦時中のステレオ録音。ギーゼキングのピアノは、単に即物的な美しさをたたえているだけでなく、清冽であり、そこに抑えようのない気迫(第1楽章530小節からのピアノの独奏など)が加わる瞬間もある。昔から弱音が衝撃的なほど美しいと言われていたギーゼキングだが、遺された録音の大半は戦後のものも含めて音質がさほど良くない。しかし、戦時中の苦しい時期に録られたステレオ録音が、このピアニストの真価を伝えている。トリルも繊細無比だ。私の中では、確実にベスト10に入る演奏。高射砲の音らしきものが何度も聞こえることで注目されがちだが、それよりも音楽に、そして美に徹している音楽家たちの姿勢を感じ取るべきだろう。

ワルター・ギーゼキング
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
フィルハーモニア管弦楽団
1951年録音
ギーゼキングの演奏は相変わらず流麗だが、当時のEMIの冴えない音質の影響もあってか、多少角が取れて丸くなった印象がある。次世代の新即物主義者であるカラヤンの指揮は、デュナーミクが明確。楽器のアクセントの付け方やフレージングにはセンスが感じられる。特に、第1楽章の142小節以降の木管の響きや、485小節の力が抜けたトゥッティは面白い。第2楽章冒頭での第1ヴァイオリンの響かせ方も非常に美しい。全体的にみて、ソリストとの相性は悪くない。が、ここぞという時のオケの強音は「強壮剤的」(ギーゼキングがカラヤン指揮のイタリア・オペラを観劇した時に言った言葉)で、これはギーゼキングのピアニズムにそぐわない感じがする。

ワルター・ギーゼキング
アルチェオ・ガリエラ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
1955年録音
新即物主義で鳴らしたギーゼキングの「らしさ」が出た演奏。ピアノは珠をころがすように美しい。テクニックの冴えには翳りが見えるが、終始あっさり風味で、パンチがなく、作品の仰々しいイメージを事もなげに覆す。カラヤン盤から4年、まだステレオでもないのに録音したのは、ピアノ・ソナタと同様に協奏曲の全集録音が予定されていたからだろう。

エミール・ギレリス
レオポルト・ルートヴィヒ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
1957年録音
第1楽章のルートヴィヒの指揮は堅実で、デュナーミクも適切。安心して聴ける演奏だ。ギレリスのピアノの音色はやや硬質。低音はずっしりとしていて迫力がある。しかし第2楽章は力が抜けていて、遅めのテンポの中、柔和で浮遊感のあるピアノが何とも美しい。第3楽章のピアノも快調で、フォルテの音もキラキラしているが、管楽器はややニュアンスに乏しく、ただ鳴っているだけのように感じられるところがある。

エミール・ギレリス
ジョージ・セル指揮
クリーヴランド管弦楽団
1968年録音
円熟期のセルと円熟期を迎えつつあるギレリスの組み合わせだ。セルの指揮は見通しがよく、アンサンブルは精緻だが冷たくならず、力強さとスケール感にも不足なし。ギレリスのピアノは覇気もあるし、重みもあるが、それ以上に、美しい。この時期のギレリスは、透明感のある音色や弱音での柔和な表現を追求していたように思われる。「皇帝」ではそれが奏功し、過剰な表現は注意深く排除され、「セルの楽器」と調和している。この演奏のハイライトの一つとも言える第1楽章のコーダは、セルの解釈が絶妙。573小節からのクレッシェンドも見事にはまっている。私は昔これを聴き、全曲を通して中庸的ではないかと思ったものだが、神宿る細部に耳を傾けてみて印象が変わった。ちなみに、セルとギレリスは翌年のザルツブルクで協演し、神々しい第3番を披露している。

エミール・ギレリス
カール・ベーム指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
1971年8月8日ライヴ録音
ギレリスが弾いた「皇帝」のライヴ音源は複数あるが、どれもスケールが大きく、威容がある。それでいてピアノの音色は澄んでいて美しい。この音源は昔、ピッチのおかしな海賊盤で出回っていたが、2003年にORFEO DORから正規盤が出た。第3楽章には気になるミスタッチがあるし、ベームの指揮が前のめりになりがちなところもいただけないが、第1楽章は興が乗った演奏で、聴きごたえがある。

エミール・ギレリス
ギュンター・ヴァント指揮
ケルン放送交響楽団
1974年12月13日ライヴ録音
ベームやラインスドルフが指揮した「皇帝」に比べると、ライヴならではの感興や瞬発力はなく、泰然としている。それもこまやかな神経の上に成立している泰然さである。ギレリスの強靭なタッチは無論健在だが、大きな割合を占めているのは澄んだ音色だ。オーケストラのアンサンブルは淡彩画の趣があり、その響きはやはり透徹している。第2楽章のピアノは、静寂よりも静寂を感じさせる弱音で、その響きをヴァントが細心の注意をもって支えている。

エミール・ギレリス
エーリヒ・ラインスドルフ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
1976年9月8日ライヴ録音
ラインスドルフ&ニューヨーク・フィルによる訪ソ公演の記録。ギレリスのピアノは骨格がしっかりしていて、覇気に溢れている。第1楽章の292小節からの分散和音や再現部の導入を聴いても分かるように、その勢いや力強さは中途半端なものではない。重たい火の玉が転がってくる印象だ。第2楽章はギレリスにしては速め。ラインスドルフの意向だろうか。弱音のデリカシーに欠けるが、緊張感があり、トリルも強い光彩を放っている。それにしても観客の咳がうるさい。第3楽章は雄渾そのもので、貫禄もたっぷり。ラインスドルフの指揮は無難で物足りないが、このギレリスを相手にこれ以上のサポートを望むのは酷かもしれない。第3楽章の311小節の音が一部潰れている。

エミール・ギレリス
クルト・マズア指揮
ソヴィエト国立交響楽団
1976年12月22日ライヴ録音
第1楽章冒頭からギレリスのピアノが凄まじい砲撃を行っている。オンマイクの状態になっていることを差し引いても、相当分厚い強音が出ていることがうかがえる。ただ猛々しく驀進するだけでなく、弱音のニュアンスの出し方もうまい。さすがギレリス。ピアノに煽られているのか、オーケストラの演奏にも勢いがあるが、やや線が細く、木管のフレージングも入念なものとは言い難い。第2楽章は、陰翳の濃い弦と素朴な木管の響きがなかなか魅力的。主題の変奏部分に入ってからのピアノも非常に美しい。35小節のフォルテがややきついことを除けば、理想に近い演奏だ。第3楽章は、主題を弾くピアノの決然たる響きに胸を打たれる。粗さもあるが、ここまで迫力のある音像を描いた「皇帝」は意外と少ない。

ヤコブ・ギンペル
ルドルフ・ケンペ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1957年、1958年録音
ギンペルはブロニスワフの兄。第1楽章はゆったりとしたテンポで、静の表現が美しい。ピアニッシモで第2主題を奏でる時など完全に自分の世界に入っていて、一人で密室で弾いているかのようだ。ベルリン・フィルの方は、カラヤンの影響なのか、弦のフレージングが滑らかさを通り越してねっとりとしている。アンサンブルも、このオーケストラにしては微妙。第2楽章はデリケートな弱音の世界で、ピアノが印象的にきらめいているが、オケのフレージングがやや忙しない。第3楽章は活気があり、静と動、硬と軟の間を敏捷かつ柔軟に行き来するピアニズムに惹かれる。

グレン・グールド
ヨーゼフ・クリップス指揮
バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団
1960年11月8日ライヴ録音
「シークレット・ライヴ・テープス」の収録音源。音質はやや貧相で、ティンパニの音が目立つ。ピアノとオーケストラの呼吸はいまいち合っていない。グールドのピアノは弱音が美しく、トリルをゆっくりと奏でるところも心にしみる。クリップスは木管の響きを重んじているが、奏者の実力がそれに応えきれていない印象がある。第2楽章のピアノはフォルテの指示を無視し、弱音を貫いている。全体的に、テンポ自体はグールドにしては中庸だが、強弱緩急の付け方には後年の演奏以上にエキセントリックさを感じる。

グレン・グールド
レオポルド・ストコフスキー指揮
アメリカ交響楽団
1966年録音
テンポが遅い「皇帝」の元祖のような存在。ただ、速いところは結構速く弾いている。クリアな音色で、左手を強めに弾いて多声的な音の綾を生み出すなど、グールドらしい創意に溢れた演奏だ。第1楽章の497小節から独奏ピアノが凄まじい勢いで駆け上がり、その後、異様なまでの静謐さの中でいつくしむように第2主題が弾かれる516小節までは、純然たるグールドの世界で、ほれぼれする。第2楽章も名演で、旋律と響きの美しさに心ゆくまで浸らせてくれる。第3楽章はピアノもオケも引き締まった響きで、遅い演奏にありがちなクドさがない。ストコフスキーの手綱の取り方がうまいのだ。もともと、このレコーディングの際、グールドは速い演奏と遅い演奏のどちらにするか指揮者に選択を委ねていた。ストコが選んだのは後者。その決定にグールドは満足したという。

グレン・グールド
カレル・アンチェル指揮
トロント交響楽団
1970年録音
テレビコンサートの収録音源。元々ミケランジェリが演奏する予定だったがキャンセルしたため、グールドがCBSのために急遽代役を務めた。その際、「ナンバーワン・ピアニストがナンバーツーのピアノの代役を務めるなんて」とディレクターに言ったらしい(CDのライナーにも書かれている)。4年前、ストコフスキーと遅い演奏を録音したグールドがここでは速い演奏を披露している。細部を詰める余裕がなかったのか、オーケストラと合っていない部分も少なからずあるが、音色の粒立ち、左手の強調の仕方、無駄な響きを抑えたペダリング、意表をつくような緩急の付け方、豊かなニュアンスを含んだトリル、第2楽章のフォルテの箇所で奏でられる繊細なタッチなど、「らしさ」は全開。映像もある。

ヴァン・クライバーン
フリッツ・ライナー指揮
シカゴ交響楽団
1961年録音
第1楽章呈示部のオーケストラの演奏は、引き締まりすぎない程度に統制されている。のびやかさにも不足はなく、木管のフレーズを効果的に浮き上がらせるのもうまい。クライバーンのピアノは能弁だが、低音の響きに深さがなく、表面的な明るさが出すぎているように聴こえる。485小節のトゥッティは、ピアノとオーケストラが揃っていない。第2楽章は急ぎ足で、あまり魅力を感じないが、第3楽章は勇壮で聴きごたえがある。第1楽章で気になったオーケストラとの微妙なズレも解消されている。

エレーヌ・グリモー
ヴラディミール・ユロフスキー指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
2006年録音
第1楽章のピアノの音色は澄んでいるが厚みもある。そのピアノが徐々に熱気を増してゆく292小節からの分散和音が素晴らしい。オーケストラは弦のトレモロがきびきびしていて軽快。アンサンブルには細かな工夫がみられる。ただ、随所で賑やかに鳴る強音も含めて、ピアノの芸格とマッチしているように思えない。第2楽章は速めのテンポで始まり、ピアノが出てきたところでじっくりと聴かせる。フォルテは結構強調されている。ソリストも指揮者も強弱の表現に過敏になっているようだ。第3楽章では男性顔負けの強靭なタッチが炸裂し、迫力がある。そのピアノをオーケストラが丁寧にサポートしている。

マリア・グリンベルク
アレクサンドル・ガウク指揮
モスクワ放送交響楽団
1957年ライヴ録音
デッドな音質だが、ヴァイオリンの音には活きのよさが感じられるし、木管の目立たせ方もうまい。しかし主役はやっぱりグリンベルク。そのピアノの音は明るく冴えている。第1楽章は豊かなニュアンスを含んだトリル、509小節からピアニッシモで奏でられる第2主題の極端な遅さと静謐感も聴きどころ。第2楽章冒頭は、厚みのある弦がうねっている。ピアノが芝居っ気なく、テンポを落とさず、最後の変奏に入るところもいい。明るい表情で躊躇なく神秘の靄の中を進んで行くかのようだ(客席の咳が少しうるさい)。第3楽章の主題は跳ねるような独特のリズムで奏でられる。このアクセントはなかなかクセになる。オーケストラとの呼吸が綺麗に合っているわけではないし、ミスがないわけではないが、この力強さ、明澄さは非常に魅力的だ。

フリードリヒ・グルダ
ジョージ・セル指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1966年6月24日ライヴ録音
グルダのピアノは明瞭で、冴えている。ライヴらしい迫力も十分。セルの指揮は、洗練された響きや流麗さではなく、古風な美しさと重厚さと質朴さを持った響きを求めているようだ。184小節からのスタッカートの鳴らし方にもそういう志向が感じられる。ちなみに、グルダはセルに対しては相当敬意を払っていたようで、後年のインタビューで、「ジョージ・セルは絶対的服従を要求し、実際に服従させる。俺もセルが指揮した時は喜んで従った。何しろ素晴らしいんだ」と語っている。残されている映像には、第2楽章を始める前に、ざわざわしている観客をセルが睨みつけて静かにさせるところが映っている。

フリードリヒ・グルダ
ホルスト・シュタイン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1970年録音
昔から人気のある録音。オケは華やかで、キメどころを外さない。クリアーで芯のあるピアノの音色には、耳が洗われるような心地がする。グルダのピアニズムは、聴き手を飽きさせない。しなやかさ、明晰さ、重厚さ、剛毅さ、繊細さ、微妙な強弱・抑揚のニュアンスの付け方の自在さーーその豊かな意匠には驚嘆するほかない。マンネリズムとは無縁のところにある演奏だ。多くの引き出しを持つピアノの表現がひとつのまとまりのある流れになっているかどうかは疑問だが、こういうベートーヴェンもアリだろう。私自身はこれを聴くと、躁状態にありながら神経質になっている作曲家のシルエットを見るような思いがして、心がざわめく。

ルドルフ・ケーレル
キリル・コンドラシン指揮
モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
1963年録音
ケーレルはモスクワ音楽院で教授を務めていた名手。ピアノの音はやや硬めだが、キラキラしていて、トリルも美しい(特に第1楽章)。左手の音もダイナミック。第1楽章展開部の終盤(292小節以降)から再現部の冒頭にかけて豪快な打鍵が炸裂する。ピアノの鳴りっぷりが良く、すがすがしい。オーケストラは妙にはきはきしていて、流れるようには進まず、一歩一歩踏みしめるように進む。弦の響きが硬直している感じ。第2楽章は、ピアノが主題を奏でる45小節以降のテンポとフレージングがセレナーデのそれのように感じられる(悪い意味ではない)。第3楽章は期待を裏切らない強靭な打鍵で魅せるが、疲れが出たのか、細かいミスがある。セッション録音なのになぜ録り直さなかったのだろう。

ヴィルヘルム・ケンプ
ペーター・ラーベ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1936年録音
音質は時代相応だが、演奏内容は濃い。ラーベの指揮が光っていて、第1楽章の158小節〜165小節および416小節〜424小節のチェロや、再現部の導入となる362小節から朝靄のように美しく響くホルンとクラリネットなど、全音符が意味深く浮き上がっている。第2楽章は弦のアンサンブルが濃密で、ケンプのピアノもうっとりするほど美しい。第3楽章の呈示部は躍動感があるが、展開部で第1主題が弾かれた後は、ピアノのあえかな弱音や巧みなアゴーギクにより豊かな表現が広がっている。全体への評価として、ケンプの技巧は万全ではなく、そのピアニズムを味わうなら戦後の録音を採るべきだが、ラーベ&ベルリン・フィルの演奏は、稀有な見識をうかがわせる。

ヴィルヘルム・ケンプ
パウル・ファン・ケンペン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1953年録音
ピアノの響きは堅牢で、技術的には怪しい部分も少なからずあるが、波濤のような迫力で押し切っている。ただ、この演奏の最大の魅力は弱音だろう。就中、第2楽章のトリルは神業。美の質感にふれるような心地がして、何度聴いても鳥肌が立つ。オーケストラはケンペン指揮のベルリン・フィル。時折情熱を迸らせるが(特に第3楽章)、造型感がしっかりしていて、個性的なピアノを支えている。

ヴィルヘルム・ケンプ
フェルディナント・ライトナー指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1961年録音
派手な大国の皇帝ではなく、難攻不落の強国の皇帝といったところか。絢爛たるテクニックや透明感で魅了するタイプではないが、威風堂々たる名演。第1楽章は覇気もあるし、円熟の風格もある。デュナーミクの対比もしっかりしていて、あっさり弾かれることも少なくないフォルテの響きも密度が濃い。繊細さの中に情感を込めた(それでいて足取りは決して重くならない)第2楽章の表現にも唸らされる。ライトナーが振るベルリン・フィルの演奏も颯爽たるもの。

スティーヴン・コヴァセヴィチ
サー・コリン・デイヴィス指揮
ロンドン交響楽団
1969年録音
第1楽章はピアノもオーケストラも力強く、覇気に溢れている。流麗さや感覚的な美しさを志向した演奏ではない(弱音は綺麗)。第2楽章のピアノは繊細な弱音。フォルテの部分は強く弾き、コントラストを際立たせている。そこから神経質なトリルを経て、主題の変奏に入ると、何か脱皮したような美しさが立ちのぼる。第3楽章は平手打ちでもするような激しいタッチで、クセのあるアクセントを付けて主題が弾かれる。オーケストラがさらにそのフォルムを強調する。癇癪持ちの皇帝みたいで、ちょっと耳が痛くなる演奏だが、気合いは伝わってくる。