音楽 CLASSIC

シューマン 序奏とアレグロ・アパッショナート

2012.05.30
夢幻と躁状態

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 シューマンのピアノ協奏曲イ短調は、この天才が生み出した、革新的で閃きに満ちた傑作である。彼は若い頃からピアノ協奏曲のジャンルに手を染めていたが、完成させたのはこれ1作のみ。完成時、シューマンは35歳になっていた。2作目、3作目を書くことが出来なかったのは、この時期(1845年)から精神のバランスを崩すようになったこと、また、管弦楽の扱いが未熟だったことが原因とみられているようだ。
 しかし、その見方はいささか先入観に毒されている。なぜなら彼は1849年に「序奏とアレグロ・アパッショナート」(「序奏とアレグロ・アッパッショナート」、「序奏とアレグロ・アッパショナート」と表記されることもある)、1853年に「序奏と演奏会用アレグロ」という、ピアノと管弦楽のための刮目すべき作品を書いているからである。特に前者は、霊感に溢れた独創的な作品で、夢幻の世界から流れてくるような序奏が格別美しい。

 忘れもしない高校1年の頃、私は市立図書館の視聴覚室の一席を占領し、シューマンのピアノ協奏曲のレコードをあれこれ聴き比べていた。そして、ヴィルヘルム・ケンプが弾いたレコードの余白に収録されていた「序奏とアレグロ・アパッショナート」を、ついでに聴いたのだった。ジャケットには「ピアノ小協奏曲」と記されていた。
 冒頭、いきなりあの美しい序奏が耳にすべり込んできた時、私は身悶えしそうになった。緩やかに、どこか甘やかな翳りを秘めながら流れるピアノと弦楽器の調べ、かすかに聞こえるティンパニの音ーー当時感じた静かに燃えるような興奮を、今もありありと思い出す。

 この作品の中には、夢幻の世界と威嚇的な躁状態という、互いに相容れないものが絡まり合うことなく共存している。二重人格の音楽である。序奏部分はこれだけ聴き続けていたいほど美しい。しかし途中で、それまでの雰囲気を消し去る雷のような強奏が放たれる。主部の「アレグロ・アパッショナート」の始まりだ。以降、ファンファーレ的な強奏が寄せては返す波の如く繰り返される。最後、序奏の主題が回想された後、堰を切ったようにピアノが情熱的に駆け抜けるフィナーレは感動的である。

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 私にとっては青春の音楽であり、コンサートで聴きたいと切望しながら未だ聴けずにいるマイナー作品である。録音の種類もさほどない。
 1973年に録音されたケンプ盤は、私にとって思い出の演奏だが、これの最大の美点はクーベリックのサポートにある。オーケストラを巧みに操り、老匠のピアノの音色を慈しむようにして支えている。これ以上美しい序奏はほかでは聴けない。このほか、代表的なものとしてスヴャトスラフ・リヒテルが残した録音も挙げておきたい。私が把握しているだけでも3種類ある。クルト・ザンデルリンク指揮、ソヴィエト国立交響楽団とのライヴ録音、スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団との録音、ベンジャミン・ブリテン指揮、イギリス室内管弦楽団とのライヴ録音である。リヒテルはこの作品に対して特別な愛着を抱いていたのだろう。ケンプ盤に比べるとメリハリが利いていて、ピアノのタッチにも鮮明な美しさがある。ただ、オーケストラがピアノに負けている。両者の融和から生まれる夢幻的な味わいが不足している。まあ、これも一種の無いものねだりかもしれないけれど。
(阿部十三)


【関連サイト】
シューマン:序奏とアレグロ・アパッショナート(CD)
ロベルト・シューマン
[1810.6.8-1856.7.29]
序奏とアレグロ・アパッショナート ト長調 作品92

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ヴィルヘルム・ケンプ(p)
バイエルン放送交響楽団
ラファエル・クーベリック指揮
録音:1973年

スヴャトスラフ・リヒテル(p)
イギリス室内管弦楽団
ベンジャミン・ブリテン
録音:1965年6月16日(ライヴ)

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