音楽 CLASSIC

フォーレ 「ラシーヌの雅歌」

2013.07.25
これほどまでに美しい......

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 「ラシーヌの雅歌」はガブリエル・フォーレの初期の合唱曲である。彼はニデルメイエール宗教音楽学校の生徒だった20歳の時(1865年)にこれを提出し、作曲科で一等賞を獲得して卒業した。学生時代の作品とはいえ、その音楽の純粋さ、清澄さ、美しさは、まぎれもなくフォーレ独自のもの。巧みな四声書法がジャン・ラシーヌの詩と融和し、高貴なハーモニーで聴き手を包み込む。短いながらも不足がない。シンプルで格調高い。様々な曲を書いた人が最後に到達した作品、といわれても誰も疑わないだろう。

 大学2年生の頃、『ガブリエル・フォーレと詩人たち』の著者である金原礼子先生の「比較文学演習」という講義を受けていた。フォーレの歌曲を1曲ずつ聴きながら、詩と音楽の関係を細かく検証する内容で、時折先生自ら歌うこともあった。その講義を通じて、私はそれまでよく知らなかったフォーレのことを知り、歌曲以外の作品にも興味を持つようになった。そして、「レクイエム」「ペレアスとメリザンド」「マスクとベルガマスク」などを通過した後、「ラシーヌの雅歌」を聴いた。
 至福の5分間。音楽が流れている間、私は陶然としていた。と、徐々に胸の内から感謝の気持ちが湧き起こってきた。この世界に、これほどまでに美しい音楽があるということへの感謝である。最後の音が消えた時、目は涙でいっぱいになっていた。

 原題は〈Cantique de Jean Racine〉で、「ジャン・ラシーヌの讃歌」や「ラシーヌ頌」とも訳される。この訳だけ見ると、ラシーヌを讃えている歌なのかと勘違いされそうだが、そうではない。ラシーヌの作品に曲をつけたものである。

 神であるみことば、わたしたちの唯一の希望、
 天と地の永遠の光である方よ、
 安らぎの夜のしじまを、わたしたちは破ります。
 神なる救い主よ、その眼差しをわれらに投げかけてください。

 あなたの力ある恩寵の炎をわたしたちに注いでください、
 あなたの声の響きに、全ての地獄が消え去りますように。
 あなたの掟を忘れさせる
 怠惰な魂の眠りを追い払ってください。


 キリストよ、この忠実な民に好意をお見せください、
 今あなたを祝福するために集っている民に。
 あなたの不滅の栄光を讃える歌を受けとってください。
 あなたからの恵みへの返礼たるこの歌を。


 わずかな時間で聴き手を異次元に連れて行ってしまう、まさに和声の奇跡と呼びたくなるような作品だ。モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」と比較されるのも納得である。こういう繊細で純粋な作品は、指揮者や合唱次第で変な色がついたり、余計な温度が加わってしまうので、演奏によっては「とても聴いていられない」という結果にも陥りかねない。個人的には、作為的にドラマを作り出そうとする指揮者の演奏では聴きたくない。至福であるべき5分間が苦行になってしまう。

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 「ラシーヌの雅歌」のオリジナルはオルガン伴奏だが、管弦楽版もある。さらにジョン・ラターによる編曲版もある。
 オルガン伴奏によるガブリエル・フォーレ合唱団(ガブリエル・フォーレ少年合唱団と表記されているものもある)による歌唱は、まじりけのない子供の声が素朴で美しく、音楽が持つ魅力を最大限引き出している。かつてコロムビア・エオリアン100シリーズからレコードが出ていた。CD化もされたが、現時点では入手困難の模様。ファンにとっては宝物のような録音なのに。
 比較的入手しやすいものの中では、エマニュエル・クリヴィヌ指揮、国立リヨン管弦楽団の演奏が最高峰である。神秘の霞の中でどこまでもやさしく歌われる旋律。その底で叫ぶことなくゆっくりと静かに広がっていく情熱。アンサンブルにも妙な癖がなく、かといって洗練されきってもいない。そういうところも「ラシーヌの雅歌」には向いている。パーヴォ・ヤルヴィがパリ管を指揮したものは、いかにもモダンな響きで洗練されているが、表現上に自然な抑制(節度といってもよい)がきいていて、鼻につくことがない。高名なジョン・オールディス盤もファンにはおなじみの名録音である。
ガブリエル・フォーレ
[1845.5.12-1924.11.4]
「ラシーヌの雅歌」 作品11

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ガブリエル・フォーレ合唱団
録音:不詳

エマニュエル・クリヴィヌ指揮
国立リヨン管弦楽団合唱団
国立リヨン管弦楽団
録音:1988年

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