音楽 CLASSIC

ペルト 「鏡の中の鏡」

2014.02.24
簡素で危うい透明の世界

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 アルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」は、無限の広がりと曇りのない透明性をたたえた美しい作品である。音楽が流れている間、聴き手は無音よりも静かな空気に包まれたような気分になり、無菌質な孤絶と瞑想の境地へと誘われるだろう。

 ペルトは1935年にエストニアのパイデに生まれ、首都タリンの音楽学校でヘイノ・エッレルに師事した作曲家である。エストニア放送でキャリアをスタートさせ、1980年に家族と共にオーストリアに亡命。その後ドイツに移住し、市民権を得た。ECMがペルト作品を積極的に録音していたこともあり、1990年代にはブームになったこともある。
 「鏡の中の鏡」は亡命前の1978年に作曲され、ヴァイオリニストのウラディミール・スピヴァコフに献呈された。スピヴァコフによる演奏もECMからリリースされている。

 ペルトは自作について、「私の音楽はあらゆる色を含む白色光に喩えることが出来よう。プリズムのみがその光を分光し、多彩な色を現出させることが出来る。聴き手の精神が、このプリズムになれるかもしれない」と語っているが、まさに「鏡の中の鏡」は聴き手の精神を静かに、しかし強く触発する光のような音楽といえる。鏡の中の旅を終えた聴き手は、薄暗い現実の世界に戻り溜息をつくだろう。その溜息の漏出と共に心が軽くなる。「鏡の中の鏡」には、解毒剤のように精神の毒素を洗い流す作用もあるのだ。

 果てしなく続きそうなピアノの分散和音が清澄さと緊張感を醸し、ヴァイオリンがA音を軸として対称的な鏡像形を音階上で奏し、一種のカンティレーナを作り出す。演奏時間にして10分程度。音楽は極めて簡素で、どこまでも穏やかである。声高な感情表現はない。分かりやすい抑揚もない。ただし、厳格な形式を持ち、少しでも音がずれて夾雑物が入ると世界が崩壊しそうな危うさ、緊張感を内包している。その点、まるっきり角の取れた癒し系の音楽とは性格が異なる(といっても一緒くたにされそうだが)。

 コンサートや録音では、ヴァイオリンとピアノだけでなく、ヴィオラとピアノ、チェロとピアノ、ヴァイオリンとハープなど、様々な組み合わせで演奏されている。録音の方では、ウラディミール・スピヴァコフとセルゲイ・ベズロードヌイによる演奏、ギドン・クレーメルと吉野直子による演奏など有名盤がいくつかある。ちなみに私が愛聴しているのはリサ・バティアシュヴィリとエレーヌ・グリモーによる2010年の録音だ。バティアシュヴィリのヴァイオリンは、あたかも消え入りそうな生命の最後の美しい夢を描いているかのようで、胸の奥に響いてくる。この演奏があれば、私はいつでも鏡の中の世界に身を沈めることが出来る。


【関連サイト】
アルヴォ・ペルト「鏡の中の鏡」(CD)
アルヴォ・ペルト
[1935.9.11-]
「鏡の中の鏡」

【お薦めディスク】(掲載ジャケット)
リサ・バティアシュヴィリ(vn)
エレーヌ・グリモー(p)
録音:2010年11月

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