音楽 CLASSIC

チャイコフスキー 交響曲第5番

2015.02.01
勝利の凱歌なのか

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 チャイコフスキーの交響曲第5番は、1888年に作曲された。第4番から11年ぶり、48歳のときの作品である。その11年の間には弦楽セレナーデ、ヴァイオリン協奏曲、ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」、オペラ『エフゲニー・オネーギン』『マゼッパ』、マンフレッド交響曲などが書かれている。また、私生活の面では、他国に滞在することが多くなり、ロシアとは異なる文化にふれる機会が増えた。第5番はそれらの経験を積み重ねた上で着手された円熟期の作品ということになる。

 この作品は、チャイコフスキーの交響曲の中で最も親しみやすいものである。作曲当初の構想によると、第1楽章は「運命、または神の摂理の探求しがたい設計といったものに対する完全な服従」を描こうとしたものだが、第4番や第6番「悲愴」と比べて、深刻さや苛烈さはそこまで表に出てこない。身に迫る切実なリアリティよりも、一つの完成された物語として楽しめる雰囲気がある。それはチャイコフスキー自身も認めており、1888年11月5日に初演された後、フォン・メック夫人に「あの中には大袈裟に飾った色彩があります。人々が本能的に感じるような拵えもの的な不誠実さがあります」と書き送っている。

 作品の評価が高まるにつれ、チャイコフスキーは考えを変えたようだが、不誠実かどうかはともかく、演奏によって外向的なエンターテイメント作品のように響いてしまう危うさはあると思う。実際、私は世界的に有名な若手指揮者とその手兵オケの演奏にふれて、客受けを狙った空騒ぎぶりに呆れたことがある。それは軽いエンターテイメントに振り切った演奏だったが、「クラシック音楽はこんなに楽しいものなんだ」とハードルを低くしてみせる意図があったのかもしれない。いずれにしても、後に何も残らない空疎な演奏だった。

 私は昔この作品を毎日のように聴いていた。旋律の美しさに惹かれていたからである。わけても第2楽章のロマンティックな世界は魅力的で、随分のめり込んだものである。豊かに波打つ主題は、感情の表現というよりは情景の表現として聴き手を取り囲み、現実世界から引き離す。この甘美な旋律に浸りながら私が想起するのは、ベルリオーズの『ロメオとジュリエット』の「愛の情景」である。ベルリオーズもそうだが、チャイコフスキーも束の間のクライマックスの後、その雰囲気を断ち切り、淋しい余韻に浸らせる。物語を綴るような筆運びだ。第3楽章は優美なワルツだが、明るさはあまりない。ワルツを踊っているというより、一人でその場にたたずんでいるような煮え切らなさがある。それに続く最終楽章が暗い運命に対する勝利の凱歌なのかどうかは、意見の分かれるところである。運命に抗う姿はすでに第4番で書いているし、チャイコフスキーとしては同じメッセージを込めるつもりはなかったのではないか。しかし、これが研磨されたアンサンブルを以て、音楽の核の部分から充実した響きで輝かしく演奏されると、やはり高揚せずにはいられない。

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 ピエール・モントゥー、ジョージ・セル、ヘルベルト・フォン・カラヤンが指揮したものは、作品を知る上でも、響きの充実味を堪能する上でも、理想的な規範と言ってよい名演だ。3人とも1種類以上の録音(もしくはライヴ音源)を遺しているが、モントゥーなら1958年、ジョージ・セルなら1959年、カラヤンなら1971年の録音がお薦めである。エフゲニー・ムラヴィンスキーがレニングラード・フィルを指揮した1960年の演奏はもう少し辛口で、あくまでも厳格さを保ち、脚色的なフレージングも拒否し、鋭い金管の響きでハラハラさせ、畳み掛けるように速めのテンポで聴かせる。私自身は、本来の解釈としてはこれが最も妥当であるように感じている。この演奏には勝利も敗北もない。過酷な運命の中をとにかく進むしかない人間の足取りがあるのみだ。そこに共感するのである。ムラヴィンスキーとはいわば真逆だが、ポピュラーなイメージの強い作品を振ると驚くほど異彩を放つロリン・マゼールとウィーン・フィルの組み合わせによる演奏も、期待通りの面白さ。他楽章に比べると第4楽章はやや劣るが、全体を通してダイナミズムの仕組みが透けて見えるようで、さまざまな音のうねりが表出し、聴く者を純然たる管弦楽の宴に巻き込んで魅了する。


【関連サイト】
TCHAIKOVSKY:SYMPHONY NO.5(CD)
ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー
[1840.5.7-1893.11.6]
交響曲第5番 ホ短調 作品64

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラード・フィルハーモニー
録音:1960年

ロリン・マゼール指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1963年〜1964年