音楽 CLASSIC

ハイドン 弦楽四重奏曲第37番

2015.12.15
簡潔さの中に宿る情熱、あるいは嵐の予感

HAYDN 37 J1
 「ロシア四重奏曲」はヨーゼフ・ハイドンが1781年に完成させた全6作からなる弦楽四重奏曲集で、作曲家本人の言葉を借りれば「全く新しい特別な方法で作曲された」自信作である。作品番号で言うと33。弦楽四重奏曲第37番は、この作品集の1作目にあたるので「op.33-1」となる。ホーボーケン番号では弦楽四重奏曲は「III」に括られるので、「Hob.III:37」と表記される。

 「全く新しい特別な方法」が何なのかは定かでない。「主題労作」の手法だと指摘する人もいるが、おそらく予約販売のための宣伝文句でもあったのではないかと推察される。ただ、当時の慣例だったメヌエットを使わずにスケルツォを配置するなど、ハイドンらしい新たな試みがなされていることは間違いなく、計算された均衡美を感じさせるのみならず、音楽的内容の面においても、簡潔な構成の中、光と影のドラマを堪能させる。この作品集は、モーツァルトに多大な影響を与え、「狩」や「不協和音」を含む「ハイドン・セット」(ハイドンに献呈された6作からなる弦楽四重奏曲集)を生み出す原動力となったことでも知られる。

 「ロシア四重奏曲」の呼び名は、アルタリア社から出版された第2版に「ロシア大公に献呈」と記されていることから広まったものである。ロシア大公とはパーヴェル・ペトロヴィチ、後に暗殺されるロシア皇帝パウルI世のこと。大公妃マリア・フェードロヴナはハイドンに師事していたとも伝えられる。いずれにしてもロシアを意識して作曲されたという意味ではない。「乙女四重奏曲」「スケルツォ四重奏曲」と呼ばれることもある。

 この曲集の劈頭を飾る第37番ロ短調は、50歳にならんとしていたハイドンが書いた傑作だ。エレガントな美しさの中に翳りがさす第1楽章の冒頭からどきっとさせられる。嵐の予兆である。ただし劇的性格が誇張されることはなく、簡潔なソナタ形式にまとめられている。第2楽章はスケルツォ。3部形式で、旋律がカノン風に奏でられる中、瞬間的に高揚する劇的なリズムの刻みが強い印象を残す。第3楽章はアンダンテ。8分の6拍子のリズムで愛らしい主題が登場した後、ヴァイオリンが艶やかに歌い、平和的なムードを醸成するが、展開部では嬰へ短調に切り替わり、雰囲気が変わる。そして第4楽章で嵐が起こり、切迫感あふれる旋律が堰を切ったように迸る。短い小節単位でめまぐるしい進み方をするが、2つのヴァイオリンの激しいやりとりと調性の交錯で牽引する展開部の精緻さ、大胆さには心から唖然とさせられる。モーツァルトを刺激したハイドンの天才ぶりを確認することができる。

 第37番は完璧とも言える均衡の中に、ともすれば爆発しかねない劇的な性格を宿した作品で、4つの楽器それぞれが大きな役割を担っている。ハイドンの四重奏曲だと、どうしても後期のものに注目が集まりがちだが、控えめに言ってもこれは五指に入る傑作だと思う。

haydn 37 j2
 録音は多くないが、ウィーン・フィルのコンマス、ワルター・ヴェラー率いるヴェラー四重奏団の演奏が聴けるのは幸いだ。メロディーを引き立てる香り高いウィーンの響きと過剰になりすぎない彫りの深さがこの作品の真価を伝えてくれる。さらに嬉しいことに、21世紀に入ってからも名演が生まれている。それがデリアン四重奏団による録音。メロディーを軽くつまむようなタッチは今風だが、軽やかさの中にも緊張感がしっかりと保たれている。作品全体を一つの流れとしてとらえ、第4楽章に総括的なクライマックスを持ってくることで、聴き手に浄化的な快感を提供するやり方もうまい。各声部の動きがきちんと掴める上、緊密に連携していることが感じられる点も好ましい。


フランツ・ヨーゼフ・ハイドン
[1732.3.31-1809.5.31]
弦楽四重奏曲第37番 ロ短調

【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ヴェラー四重奏団
録音:1965年

デリアン四重奏団
録音:2008年

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