音楽 POP/ROCK

UB40 『サイニング・オフ』

2021.11.28
UB40
『サイニング・オフ』
1981年作品


UB40 j1
 深刻な不況の渦中にあった1970年代末の英国で、あれだけ豊かな音楽シーンが形成された理由のひとつは、手厚く支給された失業保険だとされている。支給条件は緩く、ワーキングクラス出身であろうと、ミュージシャンを志す若者たちはお金の心配をすることなく楽器や機材を入手して練習し、音楽作りに打ち込むことができたという。よって、まさにその恩恵に預かって1978年に活動を始めた若者たちが、バンド名でオマージュを捧げたというのも、さほど奇妙な話じゃないのかもしれない。そう、UB40が〈Unemployment Benefit Form 40(失業保険の給付を受けるために必要な書類の名前)〉の略であることは有名で、インディ・レーベルのGraduate Recordsから発表したこのファースト・アルバム『Signing Off』(1980年/全英チャート最高2位)のジャケットは、どうやら実物を模している。右下には〈SIGNING OFF〉とスタンプが押されているが、〈sign off〉は〈承認〉と〈終了〉、ふたつの意味があり、どちらの解釈も可能なんだろう。〈承認〉はもちろんのこと、そこには、音楽で成功して職安通いを〈終了〉させたいという願いも込めていたはずだ。

 実際、UB40は2枚の先行シングル――「King/Food For Thought」(4位)と「My Way Of Thinking/I Think It's Going To Rain Today」(6位)――をいきなり全英チャートのトップ10に送り込み、本作もアルバム・チャートで2位を獲得。プラチナ・セールス(30万枚)を記録しているから、〈終了〉までに時間はかからなかったんじゃないかと思うのだが、この内容で、ここまでヒットしたのは驚くべき快挙だ。なぜって『Signing Off』は恐らく、1979年5月に誕生したサッチャー政権に対する最初のプロテスト・アルバムであり、多様な文化を擁する町バーミンガムでジャマイカ発祥の音楽に親しんで育った人種ミックスの8人のメンバー――アリ(ヴォーカル/ギター)&ロビン(ギター)のキャンベル兄弟、アストロことテレンス・ウィルソン(MC)、アール・ファルコナー(ベース)、ミッキー・ヴァーチュー(キーボード)、ジミー・ブラウン(ドラムス)、ノーマン・ラモント・ハッサン(パーカッション)、ブライアン・トラヴァース(サックス)――が、等身大の視点から英国の社会とその歴史、そして世界で起きていたことについて率直な疑問を呈する、100%ポリティカルな作品だった。

 スタジオを借りるお金がなくて、同郷の共同プロデューサー=ボブ・ラムの自宅でレコーディングされたという本作は、13の収録曲のうち5曲がインスト、2曲がカヴァーで、書き下ろしは6曲だけ。とはいえ、キング・タビーやリー・ペリーの影響を刻んだ、深いリヴァーヴに震える彼らのダブ・レゲエは、サウンドそのものが言葉に劣らず雄弁で、活動歴の浅いバンドとは思えない緻密なアンサンブルで、不安感や憤りをじわじわと醸す。そしてカヴァーに関しても、のちに「Red Red Wine」や「Can't Help Falling In Love」のレゲエ・ヴァージョンで世界的にブレイクするバンドの未来を予告している感があるが、共に書き下ろし曲のテーマに添って選ばれており、こだわりは生半可ではない。

 例えば、説明無用の「Strange Fruit(奇妙な果実)」とリンクするのは、アメリカでの人種問題に目を向ける「Tyler」と「King」。前者は、ギャリー・タイラーという少年が、未成年だったにもかかわらず全員白人の陪審員によって殺人罪で死刑判決を受けた事件を取り上げて、〈白人が有罪と言えば裁判官も同調する〉と歌い、ずばり〈冤罪〉と非難する。調べてみると、確かに冤罪だったという意見は多く、彼はその後終身刑に減刑されて2016年に釈放されたという。また「King」はタイトル通りに、マーティン・ルーサー・キング牧師へのトリビュート。ギャリーの事件がいい例で、暗殺から10年余りが経過していた当時、キング牧師が率いた運動は足踏み状態にあるのではないかと問いかけていて、さらに「Strange Fruit」をカヴァーすることによって、この曲が生まれた1930年代から状況はさほど変わっていないことを示唆している。

 他方、「Food For Thought」と「Burden of Shame」においてバンドの視線の先にあるのは、アフリカ大陸。「Food For Thought」ではエチオピアなどを苛んでいた飢饉を取り上げ、クリスマスを盛大に祝う欧米諸国の風景と、〈西側からマナが降ってくる〉のを待つだけの、餓死に瀕した人々の姿を対比させ、「Burden of Shame」では英国の植民地政策による残虐行為の数々に深く恥じ入っている。曲の中では特に南アフリカのアパルトヘイト問題に触れて、サッチャー政権が事実上白人政権を支援していたりと、間接的にあちこちで干渉し続けていることを指摘。〈この恥辱の重荷(burden of shame)を背負っている限り英国民であることに誇りは抱けない〉と嘆き、〈我々が罪を償わなければ子供たちが背負うことになる〉と警告するのだ。ちなみに、飢饉もアパルトヘイトも音楽界で広く論じられるようになるのは、この5年後。〈Soweto〉という言葉が欧米発のポップソングで聴かれたのは、「Burden of Shame」が初めてだったのかもしれない。

 ここまででも十分に手厳しい本作において、やはり最も辛辣な言葉は、サッチャー氏本人に向けられている。首相に就任するやネオリベラルな改革を推し進めて社会保障を削減し、失業率の上昇や社会不安の高まり、人種間の対立を引き起こした彼女。12分に及ぶ「Madam Medusa」では、国民を苦しめて血の足跡を残す怪物メデューサに例えて(マダム・メデューサとは1977年に公開されたディズニー映画『ビアンカの大冒険』のヴィランの名だ)、〈生きたまま食われる前に逃げろ〉とか〈頭を目掛けて撃ち殺せ〉などと、アストロは呼びかける。モリッシーが1980年代末に「Margaret On The Guillotine」を歌った時に警察が彼を訪ねてきたというエピソードは有名だが、こっちはスルーだったようだ。

 さらにもう1曲のカヴァー=ランディ・ニューマンの「I Think It's Going To Rain Today」では、荒廃した街を舞台に、ホームレスらしき孤独な主人公が〈人々の思いやりに溢れている〉と皮肉を込めて歌い、書き下ろし曲「Little By Little」がこれを引き継いで、絶望的な不均衡を糾弾する。
 ここまでラディカルなスタンスをとっていたUB40が、カヴァー集だった4作目『Labour of Love』(1983年)以降作品の政治色を後退させたのは(1984年の『Geffery Morgan』や2005年の『Who You Fighting For?』といった例外もある)、〈音楽では世の中を変えられない〉という無力感に襲われたためなのか? それとも、人生体験を積んで、歌いたいテーマが増えたからなのか? 色んな理由があったのだろうし、『Signing Off』は、当時の8人には失うものがなかったからこそ作り得たアルバムであることは、間違いない。2021年8月に亡くなったブライアンに続いて、11月初めにアストロの死が報じられたことを機に久しぶりに聴いてみたのだが、その破壊力は少しも衰えていない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『サイニング・オフ』収録曲
01. タイラー/02. キング/03. 12バー/04. バーデン・オブ・シェイム/05. アデラ/06. アイ・シンク・イッツ・ゴーイング・トゥ・レイン・アゲン/07. 25%/08. フード・フォー・ソート/09. リトル・バイ・リトル/10. サイニング・オフ/11. マダム・メデューサ/12. ストレンジ・フルーツ/13. リーファー・マッドネス

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