音楽 POP/ROCK

ブラック・サバス 『パラノイド』

2022.03.21
ブラック・サバス
『パラノイド』
1970年作品


black sabbath j1
 本稿がアップされる頃には停戦に至っているよう切に願ってはいるが、ここ数週間、頭の中でグルグル流れ続けているのが、ブラック・サバスの「ウォー・ピッグズ」である。地響きのようなイントロに続いて空襲警報が鳴り響き、〈戦争のブタども〉、つまり人心を操って、破壊の限りを尽くす権力者を糾弾する、8分に及ぶ地獄絵だ。この曲を収めたアルバム『パラノイド(Paranoid)』(1970年/全英チャート最高1位)は、実はほかにも随所で戦争に言及している。それどころか、ほぼ全編戦争と破滅を歌うアポカリプティックなアルバムであり、こうも不吉に歪んだ音が鳴っているのは当然の成り行き。なるべくしてヘヴィ・メタルのプロトタイプになったと言うべきなのかもしれない。

 そもそも本作が作られた1970年は、格別にキナ臭い年だった。冷戦はもちろんのこと、ヴェトナム戦争の最中で、ナイジェリアのビアフラ戦争は年初に終わったばかり。第三次中東戦争を経て各地で紛争が続いていて、北アイルランド紛争も始まっていた。しかも4人のメンバー――オジー・オズボーン、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラー、ビル・ウォード――は、第二次世界大戦が終わってまだ3〜4年しか経っていない頃に生まれている。一大工業都市である彼らの故郷バーミンガムは、英国でも最も激しい空襲を受けた都市のひとつで、子供時代にはまだまだ廃墟のような地区が残っていたそうだ。

 こうした環境に少なからぬ影響を受けて育っただろう4人は、『パラノイド』発表の半年前の1970年2月に、ファースト・アルバム『黒い安息日(Black Sabbath)』でデビューしたばかりだった。が、同作のヒットを受けてレーベルに促され、インスト曲「ラット・サラダ」を含む計8曲を、スピーディーにレコーディング。『黒い安息日』に色濃く表れていた黒魔術/オカルト色を引き継ぎながら、言うなれば、生身の人間の世界に近付く橋渡しをしたのが「ウォー・ピッグズ」だ。オジーの声に、まるで〈アーメン〉と唱えるかのようにギターが応じるコール&レスポンスのスタイルも宗教的な趣を醸すこの曲、権力者を黒ミサの魔術師に準えて、戦争の悲惨さを時にグロテスクなイメージをちりばめて描出し、兵士になるのは貧しい人たちだけなのだと指摘する。ワーキングクラス出身で、もしもの時には自分たちが真っ先に戦地に送られると心得ていた4人の憤りは、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの名曲「Fortunate Son」に通底するものだ。

 聞けば、当初はアルバム・タイトルも〈ウォー・ピッグズ〉になる予定だったため、ジャケットには盾と剣を持つ男が写っているのだが、不穏なこの写真が決してミスマッチに見えないのは、前述したように、ほかの曲にも戦争と破壊の影がちらつくからにほかならない。「ハンド・オブ・ドゥーム」ではPTSDに苛まれてヘロインに依存するヴェトナム帰還兵たちを描き、「エレクトリック・フューネラル」では〈ロボットと化した奴隷たちのロボットと化した心が、核の墓場へと自らを導く〉と、核戦争後の廃墟を想像している。あまりにも有名なギターリフに彩られた「アイアン・マン」も、未来に旅して人類の破滅的な未来を目撃した男の物語。現代に戻る途中で磁気嵐にさらされて鋼鉄に変わってしまった彼は、人々に警告しようと試みるのだが、異様な姿形ゆえ蔑まれ疎外され、誰にも相手にされない。恐らく被差別者やアウトサイダーのメタファーでもあるのだろうが、どの曲も、行き着くところは破滅。アイアン・マンは自分を虐げた人々に復讐するべく自ら世界の終わりをもたらし、ヴェトナム帰還兵たちには死が待ち受け、「ウォー・ピッグズ」の最終ヴァースでは審判の日が訪れて、暗闇の中で世界は静止する――。

 他方、バンド史上唯一の全英トップ10シングルであるタイトルトラックはどうか? これはメイン・リリシストであるギーザーが、自らが抱える鬱を題材に綴った曲であり、生きる目的を見いだせずに追い詰められていくこの主人公も、最後には〈もう手遅れだ〉と自死を仄めかすのだ。

 そんな光のないアルバムの中で、数少ない逃避の隙間を提供しているのが、「プラネット・キャラバン」と「フェアリーズ・ウェア・ブーツ」である。前者は、ロータリースピーカーを用いたオジーのドリーミーな声が、地球を眼下に眺めながら宇宙を旅する恋人たちのロマンティックなストーリーを語り聞かせる、ジャジーなギターに縁取られたサイケデリック・バラード。リリシストとしてのギーザーの守備範囲の広さを見せつける1曲だ。そしてオジーが作詞を手掛けた後者は、ミステリアスというか、ぶっちゃけ意味不明と言うべきか? 実に奇妙なこのエピローグは、〈ドラッグばかりやって妄想に耽ってるんだろう〉と医者に諫められるコミカルなオチで、空襲警報から限りなく遠く離れた場所に着地する。しかし後に残るのは、それだけではとても拭えない深い戦慄。そして50年の年月も、このアルバムの説得力を少しも損なってはいない。残念なことに。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『パラノイド』収録曲
01. ウォー・ピッグス/02. パラノイド/03. プラネット・キャラヴァン/04. アイアン・マン/05. エレクトリック・フューネラル/06. ハンド・オブ・ドゥーム/07. ラット・サラダ/08. フェアリーズ・ウェア・ブーツ

月別インデックス