パブリック・エナミー 『パブリック・エナミー II』
2011.02.12
パブリック・エナミー
『パブリック・エナミー II』
1988年作品
ストリートの子供たちは、親や教師、教会の牧師たちの言うことよりもラッパーたちの言うことを聞くーーそう言われた時代が確かにあった。ライム(ラップの歌詞)がメッセージの伝達手段になり得たあの頃。メディアが伝えることのないゲットーが抱える問題を浮き彫りにすることこそ、自分たちの使命なんだといわんばかりのラッパーたちの確固たる姿勢。パブリック・エナミー(以下PE)がヒップ・ホップ・シーンに登場したのは、まさにそんな時代だった。
チャック・D率いるPEは、KRSワン率いるブギ・ダウン・プロダクションズと双璧を成すメッセージ派のラップ・ユニットだった。カネ、クスリ、銃を三種の神器とするウェスト・コーストのギャングスタ・ラップがまだ幅を利かせる前、主にイースト・コースト周辺のラッパーたちは、シリアスなメッセージを送り出すことに自分たちの存在価値を見出していたように思える。PEもまたその例外ではなく、時には過激とも受け止められかねないメッセージをライムの中に積極的に盛り込んでいた。彼らの代表作として名高い2ndアルバム『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back(俺たちを黙らせたいなら何百万人という人間を連れてこい)』('88/R&Bアルバム・チャートNo.1、全米アルバム・チャート No.42)からの最大ヒット曲「Don't Believe The Hype」(R&BチャートNo.18)のタイトルは、"デタラメだらけのメディアを信用するな"という意味。同曲に込められたメッセージを要約すると、"TVや新聞はゲットーで実際に起こっていることを報道しない。白人に都合のいいニュースばかりがタレ流しにされている"というもので、この曲がヒットしていた頃、チャック・Dは次のように公言していた。曰く"ラップ・ミュージックはブラック版CNNである"ーー今も忘れられない、自信に満ち溢れた言葉である。
PEがデフ・ジャムから『Yo! Bum Rush The Show』('87)で鮮烈なデビューを飾った当初、世間の人々は、彼らとどう向き合うべきか戸惑ったはずである。ライム作りの要だったプロフェッサー・グリフ('89年に紙上インタビューでの"反ユダヤ発言"が引き金となって脱退させられ、ソロ活動を経て'97年にグループに復帰)が中心となって結成されたPEの中のもうひとつのユニット:S1W(Security of the first World)の出で立ちは軍隊そのものだったし、そうかと思えば、道化師と見紛うようなフレイヴァー・フレイヴ(首から大きな時計をぶら下げた金歯の男)もいる。メッセージに真剣に耳を傾けてもらうためには、強烈な印象を相手に与えることが先決だ。そんなハッタリと計算が皆無だったとは言い難いが、PEがライムを通じて訴えようとしたことは真剣そのものだった。見ようによっては、彼らのライヴは異様な光景だったかも知れない。軍隊の訓練を彷彿とさせる S1Wの一糸乱れぬ動き、低音ヴォイスのチャック・Dと素っ頓狂な声と振る舞いのフレイヴァー・フレイヴとの掛け合い、黙々とターンテーブルを操るDJのターミネーターX...。それらが相まって、PEというヒップ・ホップの新たな可能性ーーチャック・Dの言葉を借りるなら、ブラック版CNNを体現し得たーーを秘めたユニットがストリートの人々の心をガッチリと捉えたのである。
2ndアルバムには、「Don't Believe The Hype」以外にもPEならではのメッセージ・ソングが収録されている。シングル・カットもされた「Bring The Noise」は、ヒップ・ホップ・カルチャーが誕生した頃、世間の人々がラップを"ジャンク(=クズ)・ミュージック"もしくは"騒音"呼ばわりしたことに対するアジテーションだし、「Night Of The Living Baseheads」はゲットーに蔓延するドラッグ常用へのシビアな警鐘だった。「Party For Your Right To Fight」に至っては、当時のレーベルメイトだったビースティ・ボーイズのヒット曲「(You Gotta) Fight For Your Right (To Party!)」('87/全米No.7)へのアンサー・ソングであると同時に、PEがメッセージの伝達手段としてのラップ・ミュージックの可能性を心底信じていたことの証左でもある。ビースティーズよ、お前らが"大騒ぎする権利を勝ち取るために闘え!"とラップするなら、俺たちは"権力(PEが言う権力とは即ち既存の権力=白人社会)と闘う権利を勝ち取るために大騒ぎしろ"と訴える、と。ブラック版CNNを標榜していたPEに、もはや恐れるものなど何もなかった。実際、当時の彼らには、向かうところ敵なし、といった破竹の勢いが備わっていたものである。が、PEの敵は意外なところに潜んでいた。それはーー人々がラップにメッセージ伝達など望まなくなるような時代の到来である。
ネット上で新作を発表したり、たまにライヴ活動を行ったりと、今もPEはユニットとして存在している。しかしながら、現在のヒップ・ホップ・シーンに、彼らの居場所を見つけ出すのは容易ではない。PEの失速とラップがビジネスとして成立した時期が重なっていると思うのは、穿ち過ぎだろうか。いや、PEに限らず、メッセージ・ラップを得意とした彼らと同世代のラッパーたちにとって、今のヒップ・ホップ・シーンで横行する金儲け主義は、見ていて決して快いものではないはずだ。だからと言って、彼らには商業主義に乗っかったラップはできないだろう。事実、メッセージ派のラッパーで、sell-out(アルバムを売るために、自身の意思に反して今どきの音やライムに迎合すること)した者はほとんどいない。そのことが、せめてもの救いと言えば救いなのだが...。
ラッパーたちが暴き出す真実や問題提起に、ストリート・キッズが、時には大人たちまでもが真剣に耳を傾けていた時代。そしてPEを始めとするメッセージ・ラッパーたちが本当に世の中を変えてくれると信じられていたあの頃、ラップは間違いなくメッセージを伝達する最良の手段だった。PEの2ndアルバムに込められた数々の鋭いメッセージは、今もゲットーの人々の心に必ずや響くと信じたい。それがブラック版CNNであればこそ。
『パブリック・エナミー II』
1988年作品
ストリートの子供たちは、親や教師、教会の牧師たちの言うことよりもラッパーたちの言うことを聞くーーそう言われた時代が確かにあった。ライム(ラップの歌詞)がメッセージの伝達手段になり得たあの頃。メディアが伝えることのないゲットーが抱える問題を浮き彫りにすることこそ、自分たちの使命なんだといわんばかりのラッパーたちの確固たる姿勢。パブリック・エナミー(以下PE)がヒップ・ホップ・シーンに登場したのは、まさにそんな時代だった。
チャック・D率いるPEは、KRSワン率いるブギ・ダウン・プロダクションズと双璧を成すメッセージ派のラップ・ユニットだった。カネ、クスリ、銃を三種の神器とするウェスト・コーストのギャングスタ・ラップがまだ幅を利かせる前、主にイースト・コースト周辺のラッパーたちは、シリアスなメッセージを送り出すことに自分たちの存在価値を見出していたように思える。PEもまたその例外ではなく、時には過激とも受け止められかねないメッセージをライムの中に積極的に盛り込んでいた。彼らの代表作として名高い2ndアルバム『It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back(俺たちを黙らせたいなら何百万人という人間を連れてこい)』('88/R&Bアルバム・チャートNo.1、全米アルバム・チャート No.42)からの最大ヒット曲「Don't Believe The Hype」(R&BチャートNo.18)のタイトルは、"デタラメだらけのメディアを信用するな"という意味。同曲に込められたメッセージを要約すると、"TVや新聞はゲットーで実際に起こっていることを報道しない。白人に都合のいいニュースばかりがタレ流しにされている"というもので、この曲がヒットしていた頃、チャック・Dは次のように公言していた。曰く"ラップ・ミュージックはブラック版CNNである"ーー今も忘れられない、自信に満ち溢れた言葉である。
PEがデフ・ジャムから『Yo! Bum Rush The Show』('87)で鮮烈なデビューを飾った当初、世間の人々は、彼らとどう向き合うべきか戸惑ったはずである。ライム作りの要だったプロフェッサー・グリフ('89年に紙上インタビューでの"反ユダヤ発言"が引き金となって脱退させられ、ソロ活動を経て'97年にグループに復帰)が中心となって結成されたPEの中のもうひとつのユニット:S1W(Security of the first World)の出で立ちは軍隊そのものだったし、そうかと思えば、道化師と見紛うようなフレイヴァー・フレイヴ(首から大きな時計をぶら下げた金歯の男)もいる。メッセージに真剣に耳を傾けてもらうためには、強烈な印象を相手に与えることが先決だ。そんなハッタリと計算が皆無だったとは言い難いが、PEがライムを通じて訴えようとしたことは真剣そのものだった。見ようによっては、彼らのライヴは異様な光景だったかも知れない。軍隊の訓練を彷彿とさせる S1Wの一糸乱れぬ動き、低音ヴォイスのチャック・Dと素っ頓狂な声と振る舞いのフレイヴァー・フレイヴとの掛け合い、黙々とターンテーブルを操るDJのターミネーターX...。それらが相まって、PEというヒップ・ホップの新たな可能性ーーチャック・Dの言葉を借りるなら、ブラック版CNNを体現し得たーーを秘めたユニットがストリートの人々の心をガッチリと捉えたのである。
2ndアルバムには、「Don't Believe The Hype」以外にもPEならではのメッセージ・ソングが収録されている。シングル・カットもされた「Bring The Noise」は、ヒップ・ホップ・カルチャーが誕生した頃、世間の人々がラップを"ジャンク(=クズ)・ミュージック"もしくは"騒音"呼ばわりしたことに対するアジテーションだし、「Night Of The Living Baseheads」はゲットーに蔓延するドラッグ常用へのシビアな警鐘だった。「Party For Your Right To Fight」に至っては、当時のレーベルメイトだったビースティ・ボーイズのヒット曲「(You Gotta) Fight For Your Right (To Party!)」('87/全米No.7)へのアンサー・ソングであると同時に、PEがメッセージの伝達手段としてのラップ・ミュージックの可能性を心底信じていたことの証左でもある。ビースティーズよ、お前らが"大騒ぎする権利を勝ち取るために闘え!"とラップするなら、俺たちは"権力(PEが言う権力とは即ち既存の権力=白人社会)と闘う権利を勝ち取るために大騒ぎしろ"と訴える、と。ブラック版CNNを標榜していたPEに、もはや恐れるものなど何もなかった。実際、当時の彼らには、向かうところ敵なし、といった破竹の勢いが備わっていたものである。が、PEの敵は意外なところに潜んでいた。それはーー人々がラップにメッセージ伝達など望まなくなるような時代の到来である。
ネット上で新作を発表したり、たまにライヴ活動を行ったりと、今もPEはユニットとして存在している。しかしながら、現在のヒップ・ホップ・シーンに、彼らの居場所を見つけ出すのは容易ではない。PEの失速とラップがビジネスとして成立した時期が重なっていると思うのは、穿ち過ぎだろうか。いや、PEに限らず、メッセージ・ラップを得意とした彼らと同世代のラッパーたちにとって、今のヒップ・ホップ・シーンで横行する金儲け主義は、見ていて決して快いものではないはずだ。だからと言って、彼らには商業主義に乗っかったラップはできないだろう。事実、メッセージ派のラッパーで、sell-out(アルバムを売るために、自身の意思に反して今どきの音やライムに迎合すること)した者はほとんどいない。そのことが、せめてもの救いと言えば救いなのだが...。
ラッパーたちが暴き出す真実や問題提起に、ストリート・キッズが、時には大人たちまでもが真剣に耳を傾けていた時代。そしてPEを始めとするメッセージ・ラッパーたちが本当に世の中を変えてくれると信じられていたあの頃、ラップは間違いなくメッセージを伝達する最良の手段だった。PEの2ndアルバムに込められた数々の鋭いメッセージは、今もゲットーの人々の心に必ずや響くと信じたい。それがブラック版CNNであればこそ。
(泉山真奈美)
『パブリック・エネミーII』収録曲
01. カウントダウン・トゥ・アーマゲドン/02. ブリング・ザ・ノイズ/03. ドント・ビリーヴ・ザ・ハイプ/04. コールド・ランピン・ウィズ・フレイヴァー/05. ターミネーターX・トゥ・ジ・エッジ・オブ・パニック/06. マインド・テロリスト/07. ラウダー・ザン・ア・ボム/08. キャン・ウィ・ゲット・ア・ウィットネス?/09. ショウ・エム・ホワッチャ・ガット/10. チャンネル・ゼロ/11. ナイト・オブ・ザ・リヴィング・ベースヘッズ/12. ブラック・スティール・ジ・アワー・オブ・カオス/13. セキュリティ・オブ・ザ・ファースト・ワールド/14. レベル・ウィズアウト・オブ・ア・ポーズ/15. プロフェッツ・オブ・レイジ/16. パーティ・フォー・ユア・ライト・トゥ・ファイト
01. カウントダウン・トゥ・アーマゲドン/02. ブリング・ザ・ノイズ/03. ドント・ビリーヴ・ザ・ハイプ/04. コールド・ランピン・ウィズ・フレイヴァー/05. ターミネーターX・トゥ・ジ・エッジ・オブ・パニック/06. マインド・テロリスト/07. ラウダー・ザン・ア・ボム/08. キャン・ウィ・ゲット・ア・ウィットネス?/09. ショウ・エム・ホワッチャ・ガット/10. チャンネル・ゼロ/11. ナイト・オブ・ザ・リヴィング・ベースヘッズ/12. ブラック・スティール・ジ・アワー・オブ・カオス/13. セキュリティ・オブ・ザ・ファースト・ワールド/14. レベル・ウィズアウト・オブ・ア・ポーズ/15. プロフェッツ・オブ・レイジ/16. パーティ・フォー・ユア・ライト・トゥ・ファイト
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