音楽 POP/ROCK

ザ・ザ 『マインド・ボム』

2012.10.23
ザ・ザ
『マインド・ボム』
1989年作品


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 インド系英国人作家のサルマン・ラシュディが先頃(2012年9月)出版した『Joseph Anton:A Memoir』は、1989年2月に著書『悪魔の詩』の中でイスラム教を冒涜したとして当時のイランの最高指導者ホメイニ師から死刑宣告を受け、隠遁生活を送っていた時期の回想記だ。イスラム教社会とキリスト教社会/欧米的価値観の衝突と言えば、最近では9・11を機に顕在化したとみなされているのだろうが、30代後半以上の人たちは、その『悪魔の詩』事件で最初に認識したんじゃないかと思う。加えてUKロックのファンならば、ザ・ザ=マット・ジョンソンの1980年代後期の作品における主要なインスピレーションだったことも、記憶しているかもしれない。

 そう、この死刑宣告の1週間後にザ・ザは、3rdアルバム『マインド・ボム』(1989年)からの先行シングルとして「アルマゲドン・デイズ」と題された曲を発売するはずだった。マットは2ndアルバム『インフェクテッド』(1986年)ですでに、同年起きたアメリカ軍によるリビア爆撃を受けて(英国軍も関与した爆撃の際に民間人の死者が出たとされ、アメリカは国際的非難を浴びる)、ふたつの宗教/価値観の対立構造やアメリカに追随する英国政府の政策の歪みを、題材にピックアップ。その後もリビアの工作員がスコットランド上空でパンナム航空機を爆破したりと暴力の応酬が続いている中、『マインド・ボム』でさらに踏み込んだ考察を試みた彼は、「アルマゲドン・デイズ」で〈イスラムは蜂起し/クリスチャンは闘いの準備を進める/世界は息も絶え絶え〉と歌い、双方が神の名の下に衝突する終末戦争を描写。ラジオでのOAは始まっていたものの、さすがにラシュディ氏の事件の余波でレーベルは二の足を踏み、急遽シングルを差し替えるのである。(もっとも、代替曲の「ザ・ビートゥン・ジェネレーション」も、そんな世界情勢を踏まえて政治に無関心な若者たちに捧げた、辛辣なメッセージ・ソングだったけど......)

 続いて5月に登場した『マインド・ボム』は、冒頭からイスラムの祈祷を引用し、まさに「アルマゲドン・デイズ」が予告した通りのアルバムだった。そもそもザ・ザはずっとマットのソロ・ユニットとして機能していたわけだが、ここに至ってドラムに元ABCのデヴィッド・パーマー、ギターには元ザ・スミスのジョニー・マーを迎えてバンドへと進化。本作では、バンドならではのダイナミズムにそれまでの作品で極めたプロダクションの妙を融合させ(共同プロデューサーにはインダストリアル系のロリ・モシマンとウォーン・リヴシーを起用)、時代の気分を不穏なサウンドスケープに写し取り、宗教とスピリチュアリティをメイン・テーマに据えている。人心を支配して不条理な行動に駆り立てる宗教、そんな宗教を利用する権力者、人間が内に抱える善の力と悪の力の駆け引き......。9・11を経て多くのアーティストが同様の問いかけをしてきたとはいえ、マットほど多角的に踏み込んだ人はいないし、それが、1991年の湾岸戦争から〈イノセンス・オブ・ムスリム〉事件に至るまで、本作が20年以上にわたって歴史と不気味にシンクロし続けている所以だ。

 それでいて興味深いことに、アルバムの終盤は、中東から、息苦しく感じるほどに閉ざされた親密な空間へと舞台を移し、ひと組の男女の間で展開してゆく。例えば、シネイド・オコナーとのデュエットで別れの情景を描く「キングダム・オブ・レイン」。運命によって結ばれた関係を歌う「グラヴィテイト・トゥ・ミー」。語り手が自分の行き過ぎた所有欲に葛藤する「オーガスト&セプテンバー」。どれも、政治や宗教を扱う時と同等に透徹した視線とテンションをもって、マットはラヴとセクシュアリティを掘り下げる。そしてラストの『ビヨンド・ラヴ』では、全てを超越した場所、「人間の苦しみを感じないですむ場所」へ「僕」を連れて行って欲しいと、愛する人に救済を求めて締め括るのだ。時事的な趣が強い作品でありながら、エンディングはあくまでヒューマンでエモーショナル。答えの見えない問いかけの先にあるそんな着地点が、本作を余計にタイムレスにしているような気がする。
(新谷洋子)


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ザ・ザ 『マインド・ボム』
『マインド・ボム』収録曲
01. グッド・モーニング・ビューティフル/02. アルマゲドン・デイズ/03. バイオレンス・オブ・トゥルース/04. キングダム・オブ・レイン/05. ビートゥン・ジェネレーション/06. オーガスト&セプテンバー/07. グラヴィテイト・トゥ・ミー/08. ビヨンド・ラヴ

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