音楽 POP/ROCK

ザ・プリテンダーズ 『愛しのキッズ』

2014.07.31
ザ・プリテンダーズ
『愛しのキッズ』
1979年作品


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 「っつーか、男どもが、嫁がどうした子供がどうしたとかって言って、全然スケジュールを調整できなくて、待ってらんないし、しょーがないから独りでアルバム作ったってわけよ!」
 このところ、御年62歳にして初のソロ・アルバム『Stockholm』を先頃発表したクリッシー・ハインドのインタヴューを、海外のラジオ番組などで聴く機会が何度かあったのだが、「なぜ今?」という問いかけへの彼女の回答を要約すると、ざっとこんな感じになる(ちなみに、クリッシーには目下婿はいないが、大人の娘がふたりいる)。つまり、本当は6年新作を出していないプリテンダーズのアルバムを作りたかったのに、やむを得ず独りでレコーディングしたのだ、と。なぜってクリッシーはバンドをこよなく愛しているのである。実際、プリテンダーズのメンバーは幾度も交替しているし、間違いなく彼女が顔役なのだが、この人ほど男女差を感じさせずにバンドという〈群れ〉に馴染んでロックンロールを鳴らしていた女性はいなかったように思う。そういう意味では、筆者の世代のロックファンにとって革命的な存在だったし、未だこういう女性アーティストは極めて珍しい。

 そんなクリッシーは元々米国オハイオ州の出身だ。でもブリティッシュ・ロックに憧れて1973年に渡英。『NME』紙のライターを務めたりしながら音楽活動を始めて、様々なバンドでプレイしたのち、1978年にいずれも英国人のジェイムス・ハニーマン・スコット(ギター)、ピート・ファーンドン(ベース)、マーティン・チェンバース(ドラムス)とプリテンダーズを結成(ジェイムスとピートは1982年にドラッグ絡みの事故で亡くなっている)。翌年末には早くもバンド名を冠したファースト(邦題『愛しのキッズ』)が登場し、全英チャート1位を獲得したほかアメリカでも大ヒットを博した。プロデュースは、デビュー・シングルだったキンクスの1964年の曲「ストップ・ユア・ソビン」(これを機にクリッシーはレイ・デイヴィスと交際することに)のカバーのみニック・ロウに委ね、ほかはクリス・トーマス(ロキシー・ミュージックからパルプまでUKロックの代表的アーティストの作品を軒並み手掛けている)が担当。また、ジェイムスとピートが作ったインスト曲「スペース・インベーダー」を除いて大半の曲はクリッシーが綴ったものだ。

 彼女はパンク黎明期を通じてロンドンで活動していたから、プリテンダーズがパンクとニューウェイヴの影響を色濃く汲んでいることは言うまでもない。とはいえアメリカ人でもあるし、クリッシーを含めてメンバーは結成当時みんなすでに30代に手が届こうという経験豊富なミュージシャン。ローリング・ストーンズやストゥージズから60年代のガールズ・グループまでインスピレーション源は幅広く、技巧派のジェイムズの変化に富んだギターワークを核に、非常に多様でユニークなサウンドを志向していた。そう、パンクの連中よりも一方ではタフでアグレッシヴ、他方では圧倒的にフェミニンでセクシーでもあり、アメと鞭を使い分けた、その表裏一体ぶりにプリテンダーズの魅力がある。うち本作の前半はまさに、タフ&アグレッシヴなパンク/ニューウェイヴ路線だ。冒頭の「プレシャス」以下、スポークンワード風のヴォーカルで貫いた「フォーン・コール」「アップ・ザ・ネック」「ラブ・ボーイズ」と、いずれもセクシュアルな暗示に満ちた、今聴いても驚くくらいにダーティーな曲で挑発する。

 こうして欲望を剥き出しに、女性の視点からセクシュアリティを歌うクリッシーは、後半に入ると別の一面を見せる。たまらなく切ないメロディを前面に押し出して、テンポも同時にスローダウンしてゆくのだが、ちょうどその境に位置するのが「ストップ・ユア・ソビン」だ。原曲の魅力を壊すことなくガールズ・グループ的ハーモニーを取り入れた再解釈を施し、タイトル通りに「メソメソしてんじゃないよ!」と姐御感たっぷりに励ます。次の「愛しのキッズ」では弱気になっている恋人を大らかな包容力で慰めて、子守歌のようなバラード「涙のラバーズ」にも母性的な情の厚さがあふれている。途中、レゲエ調の「プライベート・ライフ」(先月ご紹介したグレース・ジョーンズのカバーが有名だ)では自分に泣きつくトンデモ男をはねつけてもいるのだが、この変化球が逆に、ほかの曲の優しさを強調。そして10曲目にしてようやく、初期プリテンダーズを代表する名曲で初のUKナンバーワン・シングルになった「恋のブラス・イン・ポケット」が聞こえてくる。やはりメロウ路線を踏襲する曲で、「I'm special」と上から目線で艶めかしく誘惑するクリッシーに誰が異論を唱えられようか? そう、ほかの女とは違うスペシャルな人なのだから。

 この「I'm special」宣言と並んで、筆者に大きなインパクトを与えた詞は、「涙のラバーズ」を締め括る「I'll never feel like a man in a man's world(私は絶対に男の世界にいる男のようには感じないでしょう)」だった。ロックンロールが男社会であることは承知しているけど、自分は男たちに同化したいわけじゃなくて、同化せずとも欲しいものは手に入れられるし、やりたいことはできるーー。ここにきて改めて、そんなクリッシー姐さんの金言として受け止めている。
(新谷洋子)


【関連サイト】
The Pretenders(CD)
『愛しのキッズ』収録曲
01. プレシャス/02. フォーン・コール/03. アップ・ザ・ネック/04. ラブ・ボーイズ/05. スペース・インベーダー/06. ザ・ウェイト/08. ストップ・ユア・ソビン/08. 愛しのキッズ/09. プライベート・ライフ/10. 恋のブラス・イン・ポケット/11. 涙のラバーズ/12. ミステリー

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