ザ・ウォーターボーイズ 『ディス・イズ・ザ・シー』
2014.08.21
ザ・ウォーターボーイズ
『ディス・イズ・ザ・シー』
1985年作品
スコットランドのエディンバラ生まれ、1970年代後半から様々な形態で活動したのちにザ・ウォーターボーイズ名義で作品をリリースし始めたマイク。最初の2枚(1983年の『The Waterboys』と1984年の『A Pagan Place』)はソロで制作し、初めてバンド形態でレコーディングしたのが『This Is the Sea』だった。もっともラインナップは頻繁に替わっており、当時のコア・メンバーーーカール・ウォリンガー(キーボード/のちにワールド・パーティーを結成)、アンソニー・シッスルスウェウト(サックス、ベース)、ロディ・ロリマー(トランペット)、ケヴィン・ウィルキンソン(ドラムスなど)ーーは今や誰も残っていない。変わったのはメンバーだけでなく、次の『Fisherman's Blues』(1988年)以降はスコットランドとアイルランドのトラッド・フォークに傾倒して自身のケルティック・ルーツを掘り下げ、90年代に入るとより直球のロックを志向するなど、音楽性も幾度も変わっている。そしてどの時代にもいいアルバムがあるのだが、初期の名盤が『This Is the Sea』であることは間違いなく、計8曲のフジ・ロックのセットには本作からもう1曲、「The Pan Within」も含まれていたものだ。
その1980年代前半の彼らの作風は、『A Pagan Place』の収録曲に因んで〈Big Music〉と総称されていた。つまり、とにかくビッグでシネマティック。中でも本作は、マイクが若い頃に聴いたあらゆる音楽(ディランやボウイからヴァン・モリソン、ザ・クラッシュに至るまで)を反映させ、独学で身に付けたレコーディング技術を駆使して完成させたもので、荘厳なスケール感は圧巻だった。ポストパンク的な鋭角なギター、メロディックなサックス、リズミカルなピアノ、そして流麗なフィドル......。マルチ・トラッキングの限りを尽くして構築した、自己流のウォール・オブ・サウンドが聴き手に与えるクラクラするような感覚は、例えば、満天の星空を眺めた時、或いは、高い山の頂きを麓から眺めた時のそれに近い。
そんなスケール感に寄与する要素として、自然界の事象をメタファーに用いたスピリチャルな歌詞も挙げておくべきだろう。ここでいう「スピリチャル」はクリスチャンという意味合いではなく、ごく普遍的なもので、ギリシャ神話からネイティヴ・アメリカンに至るまで様々なカルチャーからモチーフを引用。偉大なことを成し遂げた先人たちに敬意を捧げる「The Whole of the Moon」然り、魂の不変性を歌う「Spirit」然り、自分の内に潜む牧神パーンを呼び覚まそうと訴える「The Pan Within」然り、人生の意義を探究し、知識と叡智を求めて彷徨う若者の旅日記のような趣が、本作にはある。また、エディンバラ大学で英文学を学び、ロバート・バーンズやウィリアム・ブレイク、W・B・イェイツ(2011年の最新作『An Appointment with Mr.Yeats』ではイェイツの詩を歌詞に使用した)といった詩人からも多大な影響を受けたマイクが好む、古風な表現や詠唱に似たヴォーカル・スタイルにも、サウンドを背負えるだけの重みがあった。
だから彼は、恋愛も社会問題もやはりポエティックに描く。前者にあたる「Trumpet」は愛をめぐる雄弁なメタファーで埋め尽くし、後者にあたる「Old England」では、心はすさみ過去の栄光にすがる老人に英国を譬えて、サッチャー政権下で荒廃する社会を嘆くーーといった具合に。そしてグランド・フィナーレと呼ぶに相応しいラストの表題曲で、我々はマイクと一緒に人生の川を下り、徐々にクレッシェンドする12弦ギターの幽玄な響きに乗って河口に辿り着き、海に流れ込む。果たしてこの「海」は自由を意味するのか、一種の真実なのか? いかようにも解釈は可能だが、〈Behold the sea(海を見よ)〉とこれまた古風な言い回しでアルバムを括る彼は、自分より遥かに大きな存在に圧倒されて静かな高揚感に浸っている。
そんな『This Is the Sea』は好セールスを記録し、一気に知名度を上げたザ・ウォーターボーイズはU2に続くバンドとも評され、このあとも〈Big Music〉路線を踏襲していたら大きな成功を収めただろうと言われたものだ。それだけのスター性とカリスマ性を、マイクも備えていた。でも彼はテレビ番組でパフォーマンスをすることすら拒み、ロックスターダムに背を向けて、間もなくアイルランドのダブリンに移住。トラッドの世界に飛び込んだ。2000年に筆者がインタヴューした時には、「『This Is the Sea』で俺は若かりし自分の〈ロック・ドリーム〉を完遂し、もうやるべきことは残っていなくて、次の章を開くしかなかった」とも話していたけど、以来ずっと音楽の神が導くままに活動を続けてきたマイクは、55歳になった今も相変わらずカッコ良くて、どこから見ても紛れもないロックスターだった......。
【関連サイト】
The Waterboys
『ディス・イズ・ザ・シー』
1985年作品
さる2014年7月末のフジ・ロック・フェスティバル2日目の昼下がり、デビューから31年を経て初めて、ザ・ウォーターボーイズが日本でライヴを敢行した。厳密にはフロントマンのマイク・スコットが1995年にソロで来日済みで、まあザ・ウォーターボーイズ=マイクみたいなものなのだが、一大事であることに変わりなし! 途方もない暑さの中、人数は限られていたものの、年季の入った熱いファンがステージ前に集まった。そこに現れたマイクがオープニング曲に選んだのは、なんといきなり「The Whole of the Moon」。そう、サード・アルバム『This Is the Sea』(1985年発表/邦題は『自由への航海』と『ディス・イズ・ザ・シー』の2種ある)からのシングル曲で、彼らにとって初のUKトップ30ヒットとなった(1991年、ベスト盤発表を機に再発された際には最高3位に)問答無用の名曲かつ代表曲である。
スコットランドのエディンバラ生まれ、1970年代後半から様々な形態で活動したのちにザ・ウォーターボーイズ名義で作品をリリースし始めたマイク。最初の2枚(1983年の『The Waterboys』と1984年の『A Pagan Place』)はソロで制作し、初めてバンド形態でレコーディングしたのが『This Is the Sea』だった。もっともラインナップは頻繁に替わっており、当時のコア・メンバーーーカール・ウォリンガー(キーボード/のちにワールド・パーティーを結成)、アンソニー・シッスルスウェウト(サックス、ベース)、ロディ・ロリマー(トランペット)、ケヴィン・ウィルキンソン(ドラムスなど)ーーは今や誰も残っていない。変わったのはメンバーだけでなく、次の『Fisherman's Blues』(1988年)以降はスコットランドとアイルランドのトラッド・フォークに傾倒して自身のケルティック・ルーツを掘り下げ、90年代に入るとより直球のロックを志向するなど、音楽性も幾度も変わっている。そしてどの時代にもいいアルバムがあるのだが、初期の名盤が『This Is the Sea』であることは間違いなく、計8曲のフジ・ロックのセットには本作からもう1曲、「The Pan Within」も含まれていたものだ。
その1980年代前半の彼らの作風は、『A Pagan Place』の収録曲に因んで〈Big Music〉と総称されていた。つまり、とにかくビッグでシネマティック。中でも本作は、マイクが若い頃に聴いたあらゆる音楽(ディランやボウイからヴァン・モリソン、ザ・クラッシュに至るまで)を反映させ、独学で身に付けたレコーディング技術を駆使して完成させたもので、荘厳なスケール感は圧巻だった。ポストパンク的な鋭角なギター、メロディックなサックス、リズミカルなピアノ、そして流麗なフィドル......。マルチ・トラッキングの限りを尽くして構築した、自己流のウォール・オブ・サウンドが聴き手に与えるクラクラするような感覚は、例えば、満天の星空を眺めた時、或いは、高い山の頂きを麓から眺めた時のそれに近い。
そんなスケール感に寄与する要素として、自然界の事象をメタファーに用いたスピリチャルな歌詞も挙げておくべきだろう。ここでいう「スピリチャル」はクリスチャンという意味合いではなく、ごく普遍的なもので、ギリシャ神話からネイティヴ・アメリカンに至るまで様々なカルチャーからモチーフを引用。偉大なことを成し遂げた先人たちに敬意を捧げる「The Whole of the Moon」然り、魂の不変性を歌う「Spirit」然り、自分の内に潜む牧神パーンを呼び覚まそうと訴える「The Pan Within」然り、人生の意義を探究し、知識と叡智を求めて彷徨う若者の旅日記のような趣が、本作にはある。また、エディンバラ大学で英文学を学び、ロバート・バーンズやウィリアム・ブレイク、W・B・イェイツ(2011年の最新作『An Appointment with Mr.Yeats』ではイェイツの詩を歌詞に使用した)といった詩人からも多大な影響を受けたマイクが好む、古風な表現や詠唱に似たヴォーカル・スタイルにも、サウンドを背負えるだけの重みがあった。
だから彼は、恋愛も社会問題もやはりポエティックに描く。前者にあたる「Trumpet」は愛をめぐる雄弁なメタファーで埋め尽くし、後者にあたる「Old England」では、心はすさみ過去の栄光にすがる老人に英国を譬えて、サッチャー政権下で荒廃する社会を嘆くーーといった具合に。そしてグランド・フィナーレと呼ぶに相応しいラストの表題曲で、我々はマイクと一緒に人生の川を下り、徐々にクレッシェンドする12弦ギターの幽玄な響きに乗って河口に辿り着き、海に流れ込む。果たしてこの「海」は自由を意味するのか、一種の真実なのか? いかようにも解釈は可能だが、〈Behold the sea(海を見よ)〉とこれまた古風な言い回しでアルバムを括る彼は、自分より遥かに大きな存在に圧倒されて静かな高揚感に浸っている。
そんな『This Is the Sea』は好セールスを記録し、一気に知名度を上げたザ・ウォーターボーイズはU2に続くバンドとも評され、このあとも〈Big Music〉路線を踏襲していたら大きな成功を収めただろうと言われたものだ。それだけのスター性とカリスマ性を、マイクも備えていた。でも彼はテレビ番組でパフォーマンスをすることすら拒み、ロックスターダムに背を向けて、間もなくアイルランドのダブリンに移住。トラッドの世界に飛び込んだ。2000年に筆者がインタヴューした時には、「『This Is the Sea』で俺は若かりし自分の〈ロック・ドリーム〉を完遂し、もうやるべきことは残っていなくて、次の章を開くしかなかった」とも話していたけど、以来ずっと音楽の神が導くままに活動を続けてきたマイクは、55歳になった今も相変わらずカッコ良くて、どこから見ても紛れもないロックスターだった......。
(新谷洋子)
【関連サイト】
The Waterboys
『ディス・イズ・ザ・シー』収録曲
01. Don't Bang The Drum/02. The Whole of the Moon/03. Spirit/04. The Pan Within/05. Medicine Bow/06. Old England/07. Be My Enemy/08. Trumpets/09. This Is the Sea
01. Don't Bang The Drum/02. The Whole of the Moon/03. Spirit/04. The Pan Within/05. Medicine Bow/06. Old England/07. Be My Enemy/08. Trumpets/09. This Is the Sea
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