音楽 POP/ROCK

ザ・スペシャルズ 『スペシャルズ』

2015.05.28
ザ・スペシャルズ
『スペシャルズ』
1979年作品


the specials j1
 先日(2015年5月7日)行われた英国の総選挙は労働党の惨敗という意外な結果に終わり、18年ぶりの保守党単独政権が発足したわけだが、本ファーストを含むザ・スペシャルズの3枚のアルバムがこの選挙を目前にして再発されたのは、偶然ではなかったと思う。人種や国籍、宗教、経済的格差......様々な断層線に沿って裂け目が生まれている世の中に、「我々は果たして歴史から何かを学んだのか?」と彼らの曲は問いかけていたような気がするのだ。
 というのもザ・スペシャルズは30年以上も前、大不況を背景に異人種間の対立が深刻化する中で〈共存〉を大きなテーマに掲げて誕生したバンドだった。故郷であるイングランド中西部のコヴェントリーは西インド諸島や南アジアからの移民が多い、多様なカルチャーが混在する労働者階級の町。そこで10代半ばからバンド活動をしていたジェリー・ダマーズ(キーボード、ソングライティング)が1977年に結成したコヴェントリー・オートマティックスが、幾度かのメンバー交代を経てザ・スペシャルズへと進化。ジェリー、共にジャマイカ生まれのリンヴァル・ゴールディング(ギター)とネヴィル・ステイプルズ(トースト)、ジョン・ブラッドベリー(ドラムス)、テリー・ホール(ヴォーカル)、ホレス・パンター(ベース)、ロディ・レディエイション(ギター)の7人編成で活動を本格化させる。当時珍しい人種混合のバンドだった彼らは、ホワイト・キッズの音楽であるパンクロックと、ブラック・キッズの音楽であるスカやレゲエをミックス。ジェリーは同時にインディ・レーベルの2 Toneも設立し、マッドネスやザ・セレクターら志と音楽性とファッション志向(細身のスーツやポークパイハットが定番)を共有するバンドを集結させ、ポジティヴに社会を変えるムーヴメントを興そうと試みたのである。

 そんな彼らはザ・クラッシュのツアーで前座を務めるなどして知名度を上げ、1979年7月にレーベル第1弾リリースとなるデビュー・シングル「ギャングスターズ」で早速全英トップ10入り(最高6位)。自らもジャマイカの音楽にハマっていたエルヴィス・コステロをプロデューサーに迎えたこのファースト『スペシャルズ(原題 The Specials)』を、同年秋に送り出している。アイコニックなジャケットは、ブラック&ホワイトの2トーンで統一した2 Tone的美意識の極み。色を鮮明に対比させるべく、各メンバーの写真を切り抜いて白い背景にレイアウトし直したため、影が映っていないのだとか。そして、ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズがかつてそうしたように、自分たちのルーツに敬意を表すべくオリジナル・スカの曲を多数カバー。A面もB面もカバーに始まりカバーに終わっており、ダンディ・リヴィングストンの「ルーディたちへのメッセージ(原題 A Message to You Rudy)」でレイドバックに幕を開ける。

 が、このアルバムから見えるのはジャマイカの眩しい太陽ではなく、重い曇が垂れ込める英国の空だった。タイトなグルーヴはダンサブルだけど、言葉の端々に棘が潜み、テンションとフラストレーションの暗鬱な底流を感じさせた。何しろ1979年と言えば、失業率が上がり続ける中で保守党が総選挙に勝利し、サッチャーが首相になった年。労働者階級の人々の生活は困窮し、長年工業都市として繁栄したコヴェントリーもすっかり荒廃し、他方では極右政党が地方議会で議席を得るほど支持を集めていたという。レーベル哲学やメンバー構成にもポリティカルな主張を込めていたザ・スペシャルズは、地方都市で暮らす若者たちにとって等身大な言葉で、そういった社会の有様を本作に投影。逃避願望が生んだ同期のニュー・ロマンティックに対し、2 Tone一派は現実と正面から向き合ったのだ。
 だからアルバムは、今にも道を誤りそうな友人ルディを励ます「ルーディたちへのメッセージ」に続いて、「ドゥ・ザ・ドッグ」で一気にテンポとアグレッションを上げ、族に分かれて憎み合う愚かさを嗤い、「うまくやったら(原題 Doesn't Make it Alright)」も人種対立を嘆き、「何をするにも(原題 It's Up To You)」は「オレたちのムーヴメントに加わるか否かはお前次第」と選択肢を突きつける。また「ナイト・クラブ」は、昼間は寝て過ごして夜は泥酔する生活を送る失業者を描き、「コンクリート・ジャングル」の主人公は、異人種間の暴力的衝突が殊に多発したという物騒なコヴェントリーの町を怯えながら歩く若者。プリンス・バスターの「トゥ・ホット」でそんなヘヴィなA面を締め括ると、B面の1曲目にはトゥーツ&ザ・メイタルズの「モンキー・マン」を配置し、ジェリー自身の恋愛体験に根差しているのか、避妊推奨ソング(!)「トゥ・マッチ・トゥ・ヤング」を始め、結婚や家庭といったコンセプトに対する不信感を表したシニカルな曲が並ぶ。

 以上、14曲で45分とこの時代にしては長尺のアルバムなのだが、緩急のメリハリが効いた展開や、トーンの異なるふたつの声ーーウィッティーなブラック・ボイスと、常時キレかけているホワイト・ボイスーーの掛け合いも、前へ前へと曲を駆り立てて長さを感じさせない。しかもラストの「さて、どうする?(原題 You're Wondering Now)」(スカタライツが有名にした曲)は、結局立ち直れなかったルディを突き放しているようにも解釈可能な曲で、不思議な整合性がある。
 『スペシャルズ』は結果的に全英4位の好成績を残し、シングルのほうも「ギャングスターズ」に次いで「ルーディたちへのメッセージ」が10位、「トゥ・マッチ・トゥ・ヤング」で初めて1位に輝き、デビューから7枚連続でトップ10ヒットを記録。スピーディーにシーンを確立するのだが、例に漏れず人間関係のもつれで、セカンド『モア・スペシャルズ』(1980年)を経てあっけなくバンドは崩壊。ジェリーとジョンは新メンバーを交えて、ザ・スペシャルAKAとしてさらに理想を追い求めることになる(1984年には獄中にあった故ネルソン・マンデラ氏を讃える「Free Nelson Mandela」をヒットさせ、若い世代に同氏の名を広く知らしめたジェリーは、音楽界における反アパルトヘイト運動でも中心的役割に担ったものだ)。

 皮肉にも崩壊直前の1981年夏、彼らは時代を象徴する名曲のひとつ「ゴースト・タウン」で、再び全英1位を獲得している。若者たちのバイオレントな不満感が充満するゴーストタウンとして地元を描く、実に不穏な曲だ。最近になって筆者はたしかTVドラマを通して、コヴェントリーが第二次大戦中に英国内でも最も激しい空爆にさらされたことを知ったのだが、言わば2度廃墟と化した町の瓦礫の中から生まれたのがザ・スペシャルズの音楽なのだと考えると、色んな意味で納得できるんじゃないだろうか?
(新谷洋子)


【関連サイト】
THE SPECIALS
『スペシャルズ』収録曲
01. ルーディたちへのメッセージ/02. ドゥ・ザ・ドッグ/03. 何をするにも/04. ナイト・クラブ/05. うまくやったら/06. コンクリート・ジャングル/07. トゥ・ホット/08. モンキー・マン/09. 新しい時代/10. 虚ろな心/11. 愚かな結婚/12. トゥ・マッチ・トゥ・ヤング/13. かわいい悪魔/14. さて、どうする?

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