音楽 POP/ROCK

ジュリアン・コープ 『セイント・ジュリアン』

2016.03.27
ジュリアン・コープ
『セイント・ジュリアン』
1987年作品


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 昔はみんなマセていたのか、単に時代が違うのか、集団的な気の迷いだったのか? 洋楽アイドルとか洋楽ポップスターという言葉を聞くと、今ならワン・ダイレクションやジャスティン・ビーバーの名前が思い浮かぶのだろうが、1980年代後半の我々洋楽ファンの女子にとって、問答無用のアイドルのひとりがジュリアン・コープだった。音楽雑誌だけでなく、ティーン向けの海外の雑誌でも彼の姿をしょっちゅう目にしていたというのは、その後の展開を考えると驚くべき話だ。何しろ1990年代に入ってからのジュリアンは、ケルト文化に根差した古代宗教や自然信仰への造詣を深めて、音楽性はどんどんプログレッシヴかつコンセプチュアルに進化。2012年には70分以上続くアンビエント・ドローン作品『Woden』なんてのも発表していたし、英国音楽界きっての異端児のひとりに数えられ、完全にメインストリームの外側で生きている人なのだから。

 生まれ故郷はウェールズ、イングランド中部の町タムワースで育ち、リヴァプールで過ごした大学時代に音楽活動をスタートした彼。1978年に結成したティアドロップ・エクスプローズはご存知、エコー&ザ・バニーメンとザ・マイティ・ワー!と並ぶリヴァプール発のポストパンクを代表するバンドとなり、サイケデリック色の強いサウンドを押し出した2枚のアルバムーー1980年の『キリマンジャロ』と1981年の『ワイルダー』ーーを通じて評価を高め、名曲「リワード」で全英トップ10ヒットも記録している。しかしサード・アルバム制作中に、方向性の相違でメンバーは衝突。1982年秋にさっさと脱退したジュリアンは、タムワースに戻って傷をなめながらソロでレコーディングを始め、1984年に『ワールド・シャット・ユア・マウス』と『フライド』の2作品を相次いで送り出した。

 両作品は、バンド時代のサイケ路線を引き継ぐ愛すべきアルバムだったものの、時代はすでにシンセポップ全盛期に移行しつつあり、セールスは苦戦。所属レーベルに契約を打ち切られた彼は、移籍して気分も新たにし、驚くべき変身を遂げて1987年にサード『セイント・ジュリアン』(全英チャート最高11位)でカムバックを果たす。そう、ポップスター〈聖ジュリアン〉として。『フライド』のジャケットでは亀の甲羅をかぶって裸でうずくまっていたものだが、ボサボサだった髪を短く整え、全身レザーを身に付けた1987年ヴァージョンの彼は、まるで別人だった。

 音も然りで、トレードマークのサイケデリックな靄を拭い、鍵盤を控えめにして無駄をそぎ落とし、イギー・ポップやアリス・クーパーが鳴らしたガレージロックにインスピレーションを求めたジュリアンは、キャッチーでコンパクトで即効性の高い曲を作ることに専念。プロデューサーは、過去2作品では長年の音楽仲間のスティーヴ・ロヴェルが務めていたが、本作で組んだのはウォーン・リヴセイとエド・ステイシウム。当時、前者はザ・ザとのコラボ、後者はラモーンズとのコラボで頭角を現していた、共にクリーンでシンプルな音を得意とする人たちだ。バックバンドのメンツも大幅に入れ替えて、以後10年近く彼を支えることになるドナルド・ロス・スキナー(ギター)、元ザ・ウォーターボーイズのクリス・ウィッティン(ドラムス)、ジェイムズ・エラー(ベース/ティアドロップ〜の『ワイルダー』にも参加していた)をラインナップ。まずはツアーでケミストリーを練り、その勢いを維持して、タイトなバンド・サウンド主役のロックンロール・アルバムを完成させたのである。

 歌詞の表現も内省的でアブストラクトに傾いていた『フライド』から一転、シンプルになり、中でもアップビートな3曲のシングルの輝きは今も褪せていない。オープニング曲「トランポリン」と、本人が「負け犬のアンセム」と呼ぶ「ワールド・シャット・ユア・マウス」(ソロ名義で唯一の全英トップ20ヒットを記録)と、「イヴズ・ヴォルケーノ」は、ジュリアンのキャリアで最もキャッチーな3曲でもある。

 ただ、ここから聴こえるのは直球のロックンロールだけじゃない。例えば、ジャケットで十字架上のキリストを模したポーズをとる彼は、冒頭で触れた古代宗教や自然信仰への関心につながる、組織的宗教への違和感をすでに覗かせていた。神と会話している表題曲もそうだし、ラストの「ア・クラック・イン・ザ・クラウズ」でも、キリスト教の神を拒絶して「俺の罪の許しは乞わない/憎悪を抱いて来世に行く」と歌う。8分に及ぶ尺も凝ったアレンジも例外的なこの曲は、嵐の音を背景にギターとシンセとストリングスを盛った、ザ・ドアーズの「ジ・エンド」と「ライダーズ・オン・ザ・ストーム」をミックスしたかのような壮大なフィナーレ。サウンドも例外的。また、ティアドロップ〜時代に書いたという「スクリーミング・シークレッツ」は、さすが昔を思わせるサイケなキラメキをまとっていて、これまた、本作においてはちょっと異色だ。

 そんな風に過去とも未来ともリンクが垣間見えるこのアルバムは、ジュリアンにとって最大のヒットを記録。ステージでの彼もイギーみたいなワイルドなカリスマ性を身に付けて、踏み段付きのやたら高い特注マイクスタンドをよじ登って歌う姿は、本当にカッコよかった。長い目で見れば、本来の道を外れた迷走の時期だったのかもしれない。或いは、開き直ってキャラを演じ、敷居を低くする実験だったのかもしれない。「やればできるんだよ、こういうのも」みたいな。実際このポップスター期はごく短くて、次の『マイ・ネーション・アンダーグラウンド』では商業志向が過ぎて行き詰まり、それからは再びサイケデリアに深くのめりこんでゆく。だからこそ、この一瞬のポップのきらめきはよりいっそう貴重で、眩しいと思うのだ。
(新谷洋子)


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JULIAN COPE
『セイント・ジュリアン』収録曲
01. トランポリン/02. ショット・ダウン/03. イヴズ・ヴォルケーノ/04. スペースホッパー/05. プラネット・ライド/06. ワールド・シャット・ユア・マウス/07. セイント・ジュリアン/08. パルサー/09. スクリーミング・シークレッツ/10. ア・クラック・イン・ザ・クラウズ

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