フリートウッド・マック 『噂』
2017.04.16
フリートウッド・マック
『噂』
1977年作品
バンド内恋愛は厄介だ。公私にわたるパートナーとして長年仲睦まじいカップルがいないわけじゃない。破局してもクリエイティヴな関係を維持するカップルもいる。でもABBAのように縁の切れ目がバンドの切れ目となり、カップルの破局と共に解散してしまうケースも多々ある。いずれにせよ、そういうドロドロした内情をさらす名曲・名盤は、我々ファンの下世話な興味をしばしばかき立ててきたものだ。中でも有名なのは、フリートウッド・マックの『噂(Rumours)』(1977年)だろう。第20回グラミー賞の最優秀アルバム賞を獲得し、史上8位に相当する4千万枚の売り上げを記録した不朽の名盤である。
ご存知の通りフリートウッド・マックは1967年に英国で結成され、ブルース・バンドとしてスタート。だがリーダーのピーター・グリーンが1970年に脱退し、以後ラインナップが目まぐるしく変わって、ドラマーのミック・フリートウッドの主導で試行錯誤を続けたのち、拠点をLAに移して、1975年にようやく理想的布陣に辿り着く。ミック、結成から間もなく加わったジョン・マクヴィー(ベース)、1970年頃からキーボード奏者兼シンガーを務める彼の妻クリスティーン・マクヴィー(キーボード)、アメリカ人のギタリスト兼シンガー=リンジー・バッキンガム、その恋人スティーヴィー・ニックス(ヴォーカル)。つまり、ミックと2組のカップルで再出発する(バンドに加入するにあたってスティーヴィーも一緒にメンバーになることが、リンジーが提示した条件だった)。
そしてバンド名を冠した10枚目のアルバム(1975年/邦題『ファンタスティック・マック』)でよりポップなサウンドを志向して、満を持してメインストリームに進出。大ヒットを博して順調に漕ぎ出すのだが、成功のプレッシャーに加えアルコールやドラッグもひと役買って、2組の関係に早くも亀裂が入る。ジョンのアルコール依存が原因で彼とクリスティーンは8年の結婚生活に終止符を打ち、リンジーと破局したスティーヴィーはミックと浮気したりと(ミックも当時離婚の危機にあった)、普通ならとてもアルバムを作れる状況ではなかったはず。しかし彼らは、男女バラバラに共同生活を送りながらレコーディングに着手。逆に泥沼状態をさらけ出し、スティーヴィー、リンジー、クリスティーンがそれぞれに曲を綴ってリード・ヴォーカルを担当し、自分の視点から、成功の犠牲になった恋愛関係を歌ったのである。そしてアルバムをずばり『噂』と命名。ちなみに原題は〈Rumors〉ではなく英国式に〈Rumours〉と綴られ、英国にあるルーツを印象付けている。
クリアなギターとピアノがリードし、アコースティックとエレクトロニックの間を行き来する暖かなサウンド、流麗なメロディとヴォーカル・ハーモニー......。本作から耳に届く音は、実に心地いい。だからこそ余計に言葉の切っ先の鋭さ、苦さは衝撃的だ。第一球を投げるのは、フィドルを模したギターでケルティック・フォークの匂いを与えた、リンジーの「セカンド・ハンド・ニュース」。「もう何も言うことはない/別の男が僕の席を奪ってしまった」と、開口一番状況を説明し、物事がややこしくなると君は逃げるんだねーーとスティーヴィーを責める。すると、全米ナンバーワン・シングルとなった「ドリームス」で彼女はすかさず、「自由が欲しいとあなたは言ったじゃない」と反論。この出だしの2曲が象徴する通り、男性は感情を昂らせて攻撃し、女性はポジティヴに受け止めるというパターンが浮かび上がる。アコギ片手に歌う「もう帰らない」では「あやまちは繰り返すまい」と傷付いた心を剥き出しにし、「オウン・ウェイ」では「君の好きにすればいい」と冷たく突き放すリンジーに対し、クリスティーンの「ドント・ストップ」は、終わったことを悔やむより明日に希望を持とうと訴え、新しい恋を受けて書いたと見られるラヴソングも提供。アルバムの折り返し点で仄かなあかりを灯す、ライヴ録音されたピアノ弾き語りのバラード「ソングバード」と、「ユー・メイク・ラヴィング・ファン」がそれだ。そしてスティーヴィーはカントリー調の「アイ・ドント・ウォント・トゥ・ノウ」で、「愛していると言うけどあなたは分かっていない」と優しく諭し、「ドリームス」の抑制の効いた曲調もまた、時が癒してそのうちに忘れさせてくれるーーというメッセージを、やんわりと届ける。
このような応酬が続く中、B面の冒頭に収めた「ザ・チェイン」だけは、5人全員がアイディアを持ち寄って形作った。ブルージーなのだが、スローダウンしたディスコみたいでもあり、あの印象深いベースラインから唐突に始まるアウトロといい、バラバラな要素を融合したことが窺え、まさに当時のバンドの内情のメタファーと呼べる曲だ。一度断たれた絆は元に戻せない、後戻りはできないと、クリスティーンとスティーヴィーとリンジーは声を重ねる。それでいて3つの声のハーモニーは前作にも増して美しく、多様なアレンジを取り入れた曲群を1本の糸でつないでいて、仕上がりには非の打ち所がない。恋愛関係の崩壊は音楽的関係を損なうどころか、バンドとしてのクリエイティヴィティは頂点を極めていたのだから皮肉な話だ。
しかもフリートウッド・マックはこのラインナップでさらに3枚のアルバムーー『牙(タスク)』(1979年)、『ミラージュ』(1982年)、『タンゴ・イン・ザ・ナイト』(1987年)ーーを発表。黄金期は10年以上続く。1990年代以降はまたメンバーが入れ替わり、一時は解散状態にあったものの、3年前から再び5人でツアーを行なっている。何しろ40年前だから当事者たちにとっては昔話でしかないのかもしれないが、タイムレスな音楽はいつまでも鮮烈なもの。本作を聴くといまだ、秘密をのぞき見しているようなスリルを感じてしまうのだ。
【関連サイト】
FLEETWOOD MAC
FLEETWOOD MAC 『RUMOURS』(CD)
『噂』
1977年作品
バンド内恋愛は厄介だ。公私にわたるパートナーとして長年仲睦まじいカップルがいないわけじゃない。破局してもクリエイティヴな関係を維持するカップルもいる。でもABBAのように縁の切れ目がバンドの切れ目となり、カップルの破局と共に解散してしまうケースも多々ある。いずれにせよ、そういうドロドロした内情をさらす名曲・名盤は、我々ファンの下世話な興味をしばしばかき立ててきたものだ。中でも有名なのは、フリートウッド・マックの『噂(Rumours)』(1977年)だろう。第20回グラミー賞の最優秀アルバム賞を獲得し、史上8位に相当する4千万枚の売り上げを記録した不朽の名盤である。
ご存知の通りフリートウッド・マックは1967年に英国で結成され、ブルース・バンドとしてスタート。だがリーダーのピーター・グリーンが1970年に脱退し、以後ラインナップが目まぐるしく変わって、ドラマーのミック・フリートウッドの主導で試行錯誤を続けたのち、拠点をLAに移して、1975年にようやく理想的布陣に辿り着く。ミック、結成から間もなく加わったジョン・マクヴィー(ベース)、1970年頃からキーボード奏者兼シンガーを務める彼の妻クリスティーン・マクヴィー(キーボード)、アメリカ人のギタリスト兼シンガー=リンジー・バッキンガム、その恋人スティーヴィー・ニックス(ヴォーカル)。つまり、ミックと2組のカップルで再出発する(バンドに加入するにあたってスティーヴィーも一緒にメンバーになることが、リンジーが提示した条件だった)。
そしてバンド名を冠した10枚目のアルバム(1975年/邦題『ファンタスティック・マック』)でよりポップなサウンドを志向して、満を持してメインストリームに進出。大ヒットを博して順調に漕ぎ出すのだが、成功のプレッシャーに加えアルコールやドラッグもひと役買って、2組の関係に早くも亀裂が入る。ジョンのアルコール依存が原因で彼とクリスティーンは8年の結婚生活に終止符を打ち、リンジーと破局したスティーヴィーはミックと浮気したりと(ミックも当時離婚の危機にあった)、普通ならとてもアルバムを作れる状況ではなかったはず。しかし彼らは、男女バラバラに共同生活を送りながらレコーディングに着手。逆に泥沼状態をさらけ出し、スティーヴィー、リンジー、クリスティーンがそれぞれに曲を綴ってリード・ヴォーカルを担当し、自分の視点から、成功の犠牲になった恋愛関係を歌ったのである。そしてアルバムをずばり『噂』と命名。ちなみに原題は〈Rumors〉ではなく英国式に〈Rumours〉と綴られ、英国にあるルーツを印象付けている。
クリアなギターとピアノがリードし、アコースティックとエレクトロニックの間を行き来する暖かなサウンド、流麗なメロディとヴォーカル・ハーモニー......。本作から耳に届く音は、実に心地いい。だからこそ余計に言葉の切っ先の鋭さ、苦さは衝撃的だ。第一球を投げるのは、フィドルを模したギターでケルティック・フォークの匂いを与えた、リンジーの「セカンド・ハンド・ニュース」。「もう何も言うことはない/別の男が僕の席を奪ってしまった」と、開口一番状況を説明し、物事がややこしくなると君は逃げるんだねーーとスティーヴィーを責める。すると、全米ナンバーワン・シングルとなった「ドリームス」で彼女はすかさず、「自由が欲しいとあなたは言ったじゃない」と反論。この出だしの2曲が象徴する通り、男性は感情を昂らせて攻撃し、女性はポジティヴに受け止めるというパターンが浮かび上がる。アコギ片手に歌う「もう帰らない」では「あやまちは繰り返すまい」と傷付いた心を剥き出しにし、「オウン・ウェイ」では「君の好きにすればいい」と冷たく突き放すリンジーに対し、クリスティーンの「ドント・ストップ」は、終わったことを悔やむより明日に希望を持とうと訴え、新しい恋を受けて書いたと見られるラヴソングも提供。アルバムの折り返し点で仄かなあかりを灯す、ライヴ録音されたピアノ弾き語りのバラード「ソングバード」と、「ユー・メイク・ラヴィング・ファン」がそれだ。そしてスティーヴィーはカントリー調の「アイ・ドント・ウォント・トゥ・ノウ」で、「愛していると言うけどあなたは分かっていない」と優しく諭し、「ドリームス」の抑制の効いた曲調もまた、時が癒してそのうちに忘れさせてくれるーーというメッセージを、やんわりと届ける。
このような応酬が続く中、B面の冒頭に収めた「ザ・チェイン」だけは、5人全員がアイディアを持ち寄って形作った。ブルージーなのだが、スローダウンしたディスコみたいでもあり、あの印象深いベースラインから唐突に始まるアウトロといい、バラバラな要素を融合したことが窺え、まさに当時のバンドの内情のメタファーと呼べる曲だ。一度断たれた絆は元に戻せない、後戻りはできないと、クリスティーンとスティーヴィーとリンジーは声を重ねる。それでいて3つの声のハーモニーは前作にも増して美しく、多様なアレンジを取り入れた曲群を1本の糸でつないでいて、仕上がりには非の打ち所がない。恋愛関係の崩壊は音楽的関係を損なうどころか、バンドとしてのクリエイティヴィティは頂点を極めていたのだから皮肉な話だ。
しかもフリートウッド・マックはこのラインナップでさらに3枚のアルバムーー『牙(タスク)』(1979年)、『ミラージュ』(1982年)、『タンゴ・イン・ザ・ナイト』(1987年)ーーを発表。黄金期は10年以上続く。1990年代以降はまたメンバーが入れ替わり、一時は解散状態にあったものの、3年前から再び5人でツアーを行なっている。何しろ40年前だから当事者たちにとっては昔話でしかないのかもしれないが、タイムレスな音楽はいつまでも鮮烈なもの。本作を聴くといまだ、秘密をのぞき見しているようなスリルを感じてしまうのだ。
(新谷洋子)
【関連サイト】
FLEETWOOD MAC
FLEETWOOD MAC 『RUMOURS』(CD)
『噂』収録曲
01. セカンド・ハンド・ニュース/02. ドリームス/03. もう帰らない/04. ドント・ストップ/05. オウン・ウェイ/06. ソングバード/07. ザ・チェイン/08. ユー・メイク・ラヴィング・ファン/09. アイ・ドント・ウォント・トゥ・ノウ/10. オー・ダディ/11. ゴールド・ダスト・ウーマン
01. セカンド・ハンド・ニュース/02. ドリームス/03. もう帰らない/04. ドント・ストップ/05. オウン・ウェイ/06. ソングバード/07. ザ・チェイン/08. ユー・メイク・ラヴィング・ファン/09. アイ・ドント・ウォント・トゥ・ノウ/10. オー・ダディ/11. ゴールド・ダスト・ウーマン
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