音楽 POP/ROCK

ゴリラズ 『ゴリラズ』

2017.05.18
ゴリラズ
『ゴリラズ』
2001年作品


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 ブリットポップを象徴するカップルだったブラーのデーモン・アルバーンとエラスティカのジャスティーン・フリッシュマン。ふたりの破局がブラーの名盤『13』(1999年)のカタリストのひとつとなり、「テンダー」や「ノー・ディスタント・レフト・トゥ・ラン」といった名曲を生んだことはご承知の通りだが、間接的とはいえ、このカップルの別れがもたらした副産物がもうひとつある。そう、ゴリラズである。
 独り身になったデーモンは当時、同様に長年のパートナーと別れたばかりのコミック作家ジェイミー・ヒューレットと、ロンドン西部で同居生活をスタート。映画化もされた『タンク・ガール』で知られ、グラフィック・デザイナーとしても広く活躍していたジェイミーとデーモンは、90年に出会った時は全くソリが合わなかったという。でも同じ境遇にあったことが距離を縮め、多くの時間を一緒に過ごしているうちにひとつの妄想を膨らませる。ジェイミーがヴィジュアル制作を、デーモンが音楽制作を担当し、アニメ・キャラをメンバーに見立てたヴァーチャル・バンドをローンチしようという奇想天外なアイデアを。

 それが大きな実を結び、ここまで続くことになるとは本人たちも予想していなかっただろうが、軽い思いつきどころか、メンバーの編成からして細やかに考え抜かれていた。英国人のリーダー=マードック・ニカルス(ベース)、同じ英国出身のフロントマン2D、アフロ・アメリカンのラッセル(ドラムス)、10歳のジャパニーズ・ガールのヌードル(ギター)と国籍・人種・男女をミックスし、各人の人柄や生い立ち、結成に至る経緯などなど、詳細なストーリーをヴィジュアルと共に用意。音楽性にしても、ブラーでは出来ないヒップホップを独自のアプローチで取り入れて実験するという、明確な趣旨があった。そこでファースト・アルバムを制作するにあたり、ハンサム・ボーイ・モデリング・スクールやデルトロン3030といったユニットで活動する、カリフォルニア出身のDJ/プロデューサーのダン"ジ・オートメイター"ナカムラを共同プロデューサーに起用。主にジャマイカでレコーディングし、2001年春に発表したのが本作『ゴリラズ』(全英チャート最高3位・全米同14位)だった。

 その全体像は、ヒップホップ、ダブ、パンク/ポストパンク・ロックを柱に、世界各地からのゲストやサンプル音源を交えて鳴らす、マルチ・カルチュラル・ポップーーとでも総括できるのだろうか。覆面をかぶることで一気にフットワークを軽くしたデーモンは、ギターだけでなくメロディカもメイン・インストゥルメントに据え、彼らしいメランコリックなメロディを、従来とは全く異なる文脈で聴かせる。リリシストとしてもキャラを介することで距離が生まれ、曲の構成と同調する反復的な歌詞の表現はごく曖昧だ。パーソナルな意味を持つのか明言する必要がないことも、彼には魅力だったのかもしれない。
 中でも、冒頭に配置した「リハッシュ」と「5/4」は、ブラーとゴリラズの橋渡しをするギターロックに近い曲なのだが、レイドバックなビートにメロディカを絡めた先行シングル「クリント・イーストウッド」と「トゥモロウ・カムズ・トゥデイ」こそ、ヒップホップとダブの中間にある、本作が打ち出したゴリラズのシグネチャー・サウンドと言える。前者に参加したデル・ザ・ファンキー・ホモサピエン(ラップ)とプロデューサーのキッド・コアラ(スクラッチ)は共にデルトロン3030のメンバーだ。「ニュー・ジニアス(ブラザー)」ではヒップホップ×ダブをブルースで味付けし、デーモンはかつて聴かせたことがないファルセットで歌う。この曲に限らずハイトーン・ボイスを多用する彼は、ヴォーカリストとしても自由気まま。

 そんな前半の曲は比較的ダークなトーンに包まれているが、後半には多様なサウンドが盛り込まれ、ヒップホップの黎明期にオマージュを捧げる「ロック・ザ・ハウス」と、チボ・マットの羽鳥美保とトーキング・ヘッズ/トム・トム・クラブのティナ・ウェイマスをゲスト・シンガーに迎えた「1900−20」ではファンキーさを極め、「ラテン・シモーネ」ではヒップホップ×ダブにキューバの伝統音楽をミックス。スペイン語で威厳溢れる歌声を披露するのは、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで一躍知名度を上げたキューバの大御所シンガー、イブラヒム・フェレールである。イブラヒムとのコラボは、幼い頃から西欧と北米圏外の音楽も聴いて育ったデーモンにとって、一種のルーツ確認であり、その後の彼がどんどん世界各地に活動域を広げるきっかけにもなった。
 それからさらにダブに振り切れた「スターシャイン」と「スロウ・カントリー」で、キューバに連なるカリブの島々とそこから渡ってきた移民が多く住むロンドン西部を結び、イングランドを横切る幹線道路に因んだ「M1 A1」(ホラー映画『死霊のえじき』からセリフと音楽をサンプリング)のラウドなロックで、アルバムは英国に戻ってフィナーレを迎える。

 ちなみに以上の15曲、アルバムのブックレットには「All tracks written & performed by GORILLAZ(2D/Murdoc/Russel/Noodle)」とクレジットされている点に注目したい。当時はインタヴューでも主にキャラが語る形をとって(それゆえに暴言も散々吐いたものだ)、デーモンとジェイミーはあくまで「コラボレーター」として取材に応じ、ライヴでは4人の映像をスクリーンに投影して、デーモンを含むバンドが裏で演奏。可能な限りヴァーチャルをリアルとして提示していた。結果的にゴリラズが大成功を収めた理由にしても(本作は世界で700万枚のセールスを記録)、時代を先取りしたミクスチュア志向のサウンドの面白さはもちろん、ヴィジュアルが与えたインパクトも計り知れない。アニメ文化が独自の発展を遂げていた日本と違って、欧米ではまさに、『ザ・シンプソンズ』や『サウス・パーク』といったヒューマニティを雄弁に語るアニメ品が広く支持を得て、市民権を得たばかり。そういう意味でタイミングは絶妙だった。そして、2001年にはまだ平面的だった4人の姿は、2017年に登場した5枚目のアルバム『ヒューマンズ』に至って一部3D化し、ナマでインタヴューを受けるまでになった。単にエキサイティングな音楽を作るだけでなく、時代に寄り添うメッセージも送り出すようになった。〈ゴリラズ〉から〈ヒューマンズ〉へ、驚くべき進化が可能だったのは、本作で彼らが一切制限の無い状態でスタートを切ったからにほかならない。
(新谷洋子)


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Gorillaz

『ゴリラズ』収録曲
01. リハッシュ/02. 5/4/03. トゥモロウ・カムズ・トゥデイ/04. ニュー・ジニアス(ブラザー)/05. クリント・イーストウッド/06. マン・リサーチ(クラッパー)/07. パンク/08. サウンド・チェック(グラヴィティ)/09. ダブル・ベース/10. ロック・ザ・ハウス/11. 19-2000/12. ラテン・シモーネ/13. スターシャイン/14. スロウ・カントリー/15. M1 A1

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