音楽 POP/ROCK

ザ・ポーグス 『ラム酒、愛 そして鞭の響き』

2018.02.26
ザ・ポーグス
『ラム酒、愛 そして鞭の響き』
1985年作品


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 先頃報じられたザ・フォールのマーク・E・スミスの死は、ポストパンク期のロックに親しんだ世代にとって大きな衝撃だったが、危ない危ないと言われつつ(!)2017年のクリスマスに無事還暦を迎えたのが、マークと同じ1957年生まれのザ・ポーグスのシェイン・マガウアンだ。数年前から車椅子生活を送っているものの、2018年1月15日にアイルランドはダブリンの国立コンサート・ホールで開かれた誕生日コンサートに姿を見せ、ヒギンズ大統領からアイルランド文化への貢献を讃える功労賞が贈られたという。コンサートと言っても歌ったのはシェインではなく、彼を慕う豪華アーティストたち。歴代のザ・ポーグスのメンバーに、ニック・ケイヴ、ジョニー・デップ、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピー、セックス・ピストルズのグレン・マトロック、ブロンディのクレム・バーク、地元からグレン・ハンサード、イメルダ・メイ、シャロン・シャノン、さらに予定になかったシネイド・オコナーとU2のボノが飛び入りし、今やアイリッシュ・トラッドの一部と化したシェインの曲の数々を披露したそうだ(地元の新聞『Irish Times』紙は「今ここで爆弾事件が起きたらアイルランド音楽界は壊滅する」と評していた)。

 このニュースを読んで、ザ・ポーグスの最高傑作とされるセカンド『ラム酒、愛 そして鞭の響き(Rum Sodomy & The Lash)』(1985年/全英チャート最高13位)を久々に聴き直してみたのだが、改めてシェインの巧みなストーリーテリング術を、彼が綴った曲と選んだ曲の社会的・歴史的な重みを、言葉と声に映し出された弱者への憐みや人間愛を思い知らされて、愕然としている。それは恐らく、まだ差別を受けながら生きていた、在英アイリッシュというアウトサイダーだからこその共感に根差しているのだろう。

 そう、現在はダブリン在住だが、アイルランド人の両親のもとに英国で生まれたシェインは、両親の地元で過ごした幼少期の数年を除いてイングランド南部で育ち、ロンドンのパンクシーンでバンドを渡り歩いた末にザ・ポーグスを結成した。同じアイルランド系英国人或いはアイルランド人を中心にしたメンバーと、パンク×アイルランド伝統音楽という画期的なミクスチュアを試みるべく。そして1984年に、マッドネスやイアン・デューリーが所属する名門インディレーベルStiff Recordsからアルバム『赤い薔薇を僕に(Red Roses For Me)』でデビュー。そのファーストと同様に、シェインの書き下ろし曲とトラッド/カバー曲半々で構成された本作は、7人のメンバー+3人のサポート・ミュージシャンでレコーディングし(ティン・ホイッスル、アコーディオン、ドラムス、ギター、ベース、バンジョー、フィドル、イリアン・パイプというフル・アイリッシュ編成だ)、プロデュースもアイルランド系のエルヴィス・コステロが担当している。

 そんな『ラム酒、愛 そして鞭の響き』はジャケットからしてユニークで、テオドール・ジェリコー作の『メデューズ号の筏』を引用。人物の顔をメンバーのそれと差し替えたものだ。またタイトルの出自は、英国の海軍を論じるウィンストン・チャーチルの言葉とされている。〈sodomy〉は本来〈男色〉を意味し、「海軍の伝統なんて酔っ払って男色行為に及ぶことだけだろう」と揶揄したとかしないとか。つまり〈海戦〉ネタでジャケットとタイトルはつながれ、とにかくおおよそ上品ではなく、キナ臭い内容を予告していた。

 実際、本作の主題を総括するならば、死、バイオレンス、酒、望郷の念と言ったところか? 冒頭の「回想のロンドン(The Sick Bed of Cuchulainn)」からして、瀕死の男が人生を回想するレクイエム。彼をケルト神話の英雄クー・フーリンに準えて、梅毒にかかったとか、パブで暴れてぶん殴られたといった武勇伝を聞かせる、泣き笑いの1曲だ。同じく酒と死を巡る「サリー・マクレナン」はご存知、アイルランドのスタウトビールに因んで命名されたザ・ポーグスの代表曲のひとつ。成功を夢見るひとりのミュージシャンが故郷に錦を飾るものの、帰郷したと思ったら、呑み潰れてそのまま天国へーー。ドリンキング・ソングでさえ一筋縄ではいかないのだ。

 戦争にまつわる曲も多い。どこに葬られているかも定かじゃない兵士の身の上を嘆くオリジナル曲「ビリーズ・ボーン」然り、妻子ある英国人兵士に誘惑され、妊娠した挙句に捨てられる女性を描くアイリッシュ・トラッド「ザ・ジェントルマン・ソルジャー」然り。「ブラウン・アイの男」では、戦争体験のある年老いた男性が、パブで若者に身の上話をしている。ブラウン・アイを持つ恋人を想って命からがら戦争から帰ってきたというのに、恋人は自分を待ってくれなかった――という話を。そこには凄惨な戦場のありさまが描かれているが、「ザ・バンド・プレイド・ワルティング・マチルダ」が突きつけるのも死体累々の情景だ。オーストラリア人シンガー・ソングライター、エリック・ボーグルが、彼の生まれ故郷スコットランドのトラッドのスタイルに則って綴ったこの曲は、第一次世界大戦中のガリポリの闘いにインスパイアされたもの。ガリポリで足を失った兵士を主人公に、忘れられた戦争のヒーローたちを描き、彼らの犠牲はなんだったのかと問う反戦歌である。

 犠牲と言えば、「ナヴィゲイター」(シェインのパンクバンド時代からの仲間フィリップ・ガストンの作品)では、英国やアメリカで大がかりなインフラ工事に従事したアイルランド人移民に捧げられている。過酷な条件下で事故死した者も少なくなかったそうで、彼らの安い労働力を搾取して懐を膨らませる企業家を糾弾。逆にザ・ポーグスがシンパシーを寄せるのは、アメリカ生まれのフォークソング「怪盗ジェシー・ジェイムス」の主人公で、西部開拓時代に金持ちから盗んで貧乏人を助けたというアウトローだ。ちなみに、ここまで歌詞の話に終始したが、本作はバンド・ケミストリーにおいても秀逸で、この「怪盗ジェシー・ジェイムス」ではジェム・ファイナーが弾くバンジョーを 前面に押し出すなど、曲ごとに各メンバーの演奏力をショウケースしている。

 そんな中でも最も重い曲を挙げるならば、シェインが書いた「オールド・メイン・ドラッグ」だろう。舞台は、男娼たちが集まったロンドンのピカデリー広場周辺。16歳でロンドンへ出てきて身を落とした主人公が、警官の暴力やドラッグの影響で衰弱し、死を予感しながら故郷を夢見ている、チャールズ・ディケンズの世界さながらの壮絶な物語だ。エンディングでジェイムズ・ファーンリーが押し続けるアコーディオンのキーは、心臓が止まったことを知らせる心電計の警告音のよう。身震いせずにいられない瞬間だが、古くは19世紀から受け継がれてきた曲を歌う一方で、自分が生きる20世紀後半のロンドンの現実にも目を向けるシェインの訴えは明解だ。どの時代にも、差別を受け、犠牲を強いられ、省みられることのない人たちが必ずどこかにいるのだと、彼は諭している。
(新谷洋子)


【関連サイト】
THE POGUES
THE POGUES 「Rum Sodomy & The Lash」

『ラム酒、愛 そして鞭の響き』収録曲
01. 回想のロンドン/02. オールド・メイン・ドラッグ/03. キルケニーのワイルド・キャッツ/04. ガンマン・スチュワート/05. ブラウン・アイの男/06. サリー・マクレナン/07. ダーティ・オールド・タウン/08. 怪盗ジェシー・ジェイムス/09. ナヴィゲイター/10. ビリーズ・ボーン/11. ザ・ジェントルマン・ソルジャー/12. ザ・バンド・プレイド・ワルティング・マチルダ