音楽 POP/ROCK

エルトン・ジョン 『黄昏のレンガ路』

2019.06.24
エルトン・ジョン
『黄昏のレンガ路』
1973年作品


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 "Follow the yellow brick road!"――映画『オズの魔法使』(1939年公開)の中でジュディ・ガーランド演じるドロシーは、そう叫ぶマンチキンたちに急き立てられて、オズの都エメラルド・シティへと続く黄色いレンガ路を進む。魔法使いの力を借りて家に帰るために。でもやっと辿り着いてみると、実は魔法使いに特別なパワーはなく、エメラルドの輝きは虚構で、自分が最初から家に帰る力を備えていたことを知る――。エルトン・ジョンが1973年に発表したアルバムは、誰もが知るこの物語に因んで『黄昏のレンガ路(Goodbye Yellow Brick Road)』(全英・全米チャート最高1位)と命名された。ここで言うレンガ路とは、富や名声へと続くスター街道を指すのだろう。実際当時の彼は、飛ぶ鳥を落とす勢いでヒットを連発していた。作詞家のバーニー・トーピンとコンビを組み、雇われソングライターを経て、1968年にソロ名義でデビュー。最初は鳴かず飛ばずだったものの、1970年夏に行なったアメリカ初公演の評判に押されて同年秋にシングル「ユア・ソング」が大ヒットし、音楽界の頂点に昇り詰めるのだ。

 追い風に乗ったエルトン&バーニーの楽曲生産力は尋常じゃなかった。何しろ本作で早くも7枚目を数え、しかも計17曲入りの2枚組。バーニーが2週間半で書き上げた歌詞に、エルトンは3日で曲を付けたといい、セカンド『僕の歌は君の歌』(1970年)以降コラボを続けていたガス・ダッジョンをプロデューサーに迎え、たった2週間でレコーディングを完了させている。結果的には、3千万枚というキャリア最高のセールスを記録。アルバムとしての完成度や一貫性においては『キャプテン・ファンタスティック』(1975年)などのほうが勝るのだろうが、この時期の作品で活躍したデイヴィ・ジョンストンの華のあるギターをフィーチャーし、豪華なアレンジを施した本作の過剰で壮大なスケール感に匹敵するアルバムは、ほかにない。エルトンが自分にとっての『ホワイト・アルバム(『ザ・ビートルズ』)』と位置付けていることにも納得が行くし、何をやっても許される環境に置かれていたからこそ、誕生した作品なのだと思う。

 そもそもエルトンの音楽性は、幼い頃からピアノを学んだ人ならではのクラシックの素養、ブルースやソウルなどアメリカのルーツ音楽への愛情、英国のミュージック・ホール(19世紀から20世紀初めにかけて人気を誇った歌やコメディを交えた大衆的なショウ)の伝統を受け継ぐシアトリカルな趣向が入り混じった、非常にユニークなミクスチュア。メロディこそキャッチーで万人の耳を捉えるが、結構クセがある。それを踏まえても、本作が網羅しているスタイルの広さは圧巻だ。自身の葬儀を想像して作曲したというプログレ調の組曲「葬送〜血まみれの恋はおしまい(メドレー)」に始まり、R&B(「ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)」)、グラムロック(「土曜の夜は僕の生きがい」)、カントリー(「歌うカウボーイ、ロイ・ロジャース」)、レトロなロックンロール(「ツイストは踊れない」)、はたまたレゲエ(「碧の海ジャマイカにおいで」)......。そして随所にサンプルを織り込んで臨場感を演出し、架空のキャラたちが登場するストーリーを曲ごとに伝えている。カモメの鳴き声と波の音を添えて、ヨーロッパの港町を舞台に船乗りと娼婦の古典的な物語を描く「スィート・ペインテッド・レディ」から、禁酒法時代のアメリカが舞台のギャングスター劇「ダニー・ベイリーのバラード(ケンタッキーの英雄の死)」に至るまで、次々に全く異なる時代と場所に聴き手を放り込み、80分のアルバムを聴き終える頃には頭がクラクラするくらいだ。

 もちろん17曲も収録されていれば、中にはピンと来ない曲もないわけではなく、たまに見受けられるアナクロな女性観は2019年の世の中に奇異に響かないわけじゃない。と同時に、今だからこそいっそう感慨深く響く曲もある。その理由はほかでもなく、2019年8月に本邦公開されるエルトンの自伝ミュージカル映画『ロケットマン』だ。1970年代前半にフォーカスした『ロケットマン』は、成功をエンジョイする一方で、自分を愛することができない彼が派手なコスチュームをまとってペルソナを演じ、スターダムのダークサイドに落ちていく様子をまざまざと突きつける。そんな姿と重なる曲が本作には少なくない。

 例えば「風の中の火のように(孤独な歌手、ノーマ・ジーン)」は、ダイアナ妃の死を受けて1990年代に再録し、音楽史上最高のシングル売り上げを叩き出したお馴染みのバラードだが、邦題が示唆する通り、元々のインスピレーション源はマリリン・モンロー。自分らしく生きることを許されなかった女性の悲劇的人生を辿っており、「ベニーとジェッツ〜」は『ジギー・スターダスト』ミーツ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』といったところか? 観客のアプローズをサンプリングし、アンドロイドの女性シンガーが率いる架空のバンドをファンの視点から描いて、偶像崇拝の空虚さを仄めかす。

 そして表題曲も然りで、グラマラスな生活を送ってきた主人公は、自分が大切なものを見失いつつあると危機感を抱き、シンプルな幸せを求めて故郷の農場に帰る決心をする。黄色いレンガ路に背を向けて。ロンドン郊外で育ったエルトンに対し、イングランド東部リンカンシャー出身で、農場で働いた経験もあるバーニーらしい設定だ(実際彼は1970年代半ばに牧場を購入した)。しかし彼が綴る歌詞には往々にしてエルトンの体験や想いも反映され、これらの曲は当時の二人が置かれていた非日常的状況を物語ると共に、不穏な先行きを予告しているように聴こえる。

 そう、このあとのエルトンはドラッグやアルコールへの依存を深め、1990年になってリハビリ施設に入所。『ロケットマン』では彼とバーニーが表題曲をデュエットし、破滅的に生きるエルトンに向かってバーニーが「君は人生を無駄にしている」と警告し、エルトンが自分の過ちを悟る、重要なシーンを彩っている。彼は田舎に引っ込んで農業に勤しんだりはしなかったし、その後も30年にわたってスーパースターとして我々をエンターテインしてきたわけだが、酒もドラッグも断って、二度と躓くことはなかった。黄色いレンガ路に背を向けたというより、新たにキラキラのラインストーンの舗石を敷いて、自分に合った道を拓いたのだ。
(新谷洋子)


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ELTON JOHN

『黄昏のレンガ路』収録曲
1. 葬送〜血まみれの恋はおしまい(メドレー)/2. 風の中の火のように(孤独な歌手、ノーマ・ジーン)/3. ベニーとジェッツ(やつらの演奏は最高)/4. グッバイ・イエロー・ブリック・ロード/5. こんな歌にタイトルはいらない/6. グレイ・シール/7. 碧の海ジャマイカにおいで/8. 僕もあの映画をみている/9. スィート・ペインテッド・レディ/10. ダニー・ベイリーのバラード(ケンタッキーの英雄の死)/11. ダーティ・リトル・ガール/12. 女の子、みんなアリスに首ったけ/13. ツイストは踊れない/14. 土曜の夜は僕の生きがい/15. 歌うカウボーイ、ロイ・ロジャース/16. こんな僕こそ病気の典型/17. ハーモニー

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