クラフトワーク 『アウトバーン』
2011.07.24
クラフトワーク
『アウトバーン』
1974年作品
クラフトワークの原型は、1968年にドイツのデュッセルドルフでラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダーによって始動された。1970年にグループ名を「クラフトワーク」とし、同年に1stアルバム『KRAFTWERK』をリリース。電子音楽のパイオニアである彼らの本格的な第一歩はここから始まった。しかし、無数の電子音に慣れ親しんでいる現代人の耳には、「これが電子音楽なの?」と少々拍子抜けをする1枚でもある。なにしろこのアルバムには、まだシンセサイザーが導入されていない。電気的なエフェクトが施されたフルート、ヴァイオリン、オルガンなどを用いてレコーディングされているという点では、たしかに「電子音楽」なのだが、それでも未だ「へえ〜、なかなか面白いことやっているんだね」というくらいの実験音楽の枠内に止まっている印象だ。しかし、彼らは急速な進化を遂げていく。『KRAFTWERK2』(1971年)ではリズムマシンを導入。『RALF UND FLORIAN』(1973年)では初めてシンセサイザーが使用され、後のクラフトワークに通じる風味のマシンビートも現れ始める。そして、彼らが決定的に独自のスタイルを獲得したのが、『アウトバーン』(1974年)だ。
それ以降、クラフトワークは『放射能』(1975年)、『ヨーロッパ特急』(1977年)、『人間解体』(1978年)と、代表作を次々リリース。1980年頃には、クラフトワークの影響を受けた様々な電子音楽のアーティストがミュージック・シーンに登場するようにもなった。所謂、テクノポップブームだ。そして、非常に興味深いのは、彼らがヒップホップ・アーティストのサンプリングのネタとしても頻繁に取り上げられるようになっていった点だろう。代表例が、アフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」(1982年)。同曲はクラフトワークの「ヨーロッパ特急」をサンプリングしている。「電子音楽=無機質」と捉える人にとってはクラフトワークとヒップホップの繋がりは意外かもしれないが、彼らのサウンドによく耳を傾ければ合点がいくと思う。実はクラフトワークの曲は、とてもファンキーなのだ。たしかに鳴っているのは人工的な電子音であり、カッチリしたノリのマシンビートが刻まれるし、理知的な構築美を聴かせる。しかし、その根底には、リスナーの本能を根底から揺さぶるようなファンキーな熱量を沸々と滾らせている。数多くのヒップホップ・アーティストがクラフトワークを好むのも、そういう本質が導いた自然な結果と言えるだろう。
そして、理由は皆目見当がつかないのだが、クラフトワークはとんでもないジャンルからも愛されている。『片腕カンフー対空とぶギロチン』(1975年)というカンフー映画を、皆さんはご存知だろうか? クエンティン・タランティーノの『キル・ビル』(2003年)の元ネタの一つとしても有名なこの作品。『キル・ビル』で登場する殺し屋・ゴーゴー夕張(栗山千明)が用いるゴーゴーボールは、『片腕カンフー対空とぶギロチン』の悪役の殺人兵器・空飛ぶギロチンへのオマージュだ。数年前、深夜TVで放映されていた『片腕カンフー対空とぶギロチン』を観た僕は仰天した。「なんで『アウトバーン』の曲が使われているんだ!?」と。物語が進行するにつれて飛び出す「深夜そして姿なき足跡」「朝の散歩」「大彗星(鼓動)」。そして、主人公の片腕ドラゴンが悪役を見事に倒し、凱歌のように華々しく鳴り響いたのは「大彗星(軌道)」。なんと、『アウトバーン』の全5曲中、「アウトバーン」以外の4曲が使用されていた。無茶苦茶過ぎて呆れる外なかったが、クラフトワークが結構ハマっていたことも認めざるを得なかった。ただでさえ出鱈目なこの映画に、絶妙にインチキくさい風味を添えていたのだから。とはいえ、こんな選曲が、正式な使用許可の下で行われたとは思えない。当時のカンフー映画界は、様々な曲を大胆に無断使用していたと聞く。そういえば、マカロニウエスタンの曲が厚かましくも流れるのを聴いたことがある。余談だが......『片腕カンフー対空とぶギロチン』の劇中には、ノイ!の「Super 16」も使用されている。ノイ!はクラフトワークの初期作に参加していたクラウス・ディンガーとミヒャエル・ローターによるバンドだ。この映画の音楽担当スタッフは、クラフトワークの熱心なファンだったのかもしれない。
ドイツの話をしていたつもりが、いつの間にやら香港の話になってしまった。とにかく、クラフトワークの名作は尽きない。必然の音と響きのみで構築された名作の数々を、ぜひ多くの人に聴いて頂きたい。完璧な構築美を示す『放射能』。キャッチーなメロディの宝庫である『ヨーロッパ特急』『人間解体』は、特に必聴盤だ。そして、やはり『アウトバーン』。シンセサイザーの可能性を鮮やかに示し、電子音楽の礎を築いたという点で、紛れもなく音楽史に残る重要作品だ。
【関連サイト】
KRAFTWERK(CD)
『アウトバーン』
1974年作品
クラフトワークの原型は、1968年にドイツのデュッセルドルフでラルフ・ヒュッターとフローリアン・シュナイダーによって始動された。1970年にグループ名を「クラフトワーク」とし、同年に1stアルバム『KRAFTWERK』をリリース。電子音楽のパイオニアである彼らの本格的な第一歩はここから始まった。しかし、無数の電子音に慣れ親しんでいる現代人の耳には、「これが電子音楽なの?」と少々拍子抜けをする1枚でもある。なにしろこのアルバムには、まだシンセサイザーが導入されていない。電気的なエフェクトが施されたフルート、ヴァイオリン、オルガンなどを用いてレコーディングされているという点では、たしかに「電子音楽」なのだが、それでも未だ「へえ〜、なかなか面白いことやっているんだね」というくらいの実験音楽の枠内に止まっている印象だ。しかし、彼らは急速な進化を遂げていく。『KRAFTWERK2』(1971年)ではリズムマシンを導入。『RALF UND FLORIAN』(1973年)では初めてシンセサイザーが使用され、後のクラフトワークに通じる風味のマシンビートも現れ始める。そして、彼らが決定的に独自のスタイルを獲得したのが、『アウトバーン』(1974年)だ。
『アウトバーン』の1曲目「アウトバーン」は、自動車のエンジン起動音でスタートする。走り出す自動車、鳴らされるクラクション、電子処理されたヴォーカルが神託のように告げる言葉《アウトバーン》、艶めかしく躍動し始めるマシンビート、神々しい光を放ちながら広がるシンセサイザーの調べ......全てが整然と進行し、劇的な風を吹かせながらリスナーを曲の世界へと深く引き入れるこのオープニングは、怖いくらいに美しい。「アウトバーン」はLP盤の片面を丸々埋める時間である約22分。ポップミュージックとしては少々異例な長尺であるが、素晴らしいドラマ性の連続だ。巻き込まれれば巻き込まれるほど、体内で興奮が緩やかにエスカレートしていく。この曲を含むアルバム『アウトバーン』はイギリスやアメリカのチャートでも上位を記録し、「アウトバーン」を約3分に編集したEP盤もヒット。クラフトワークの名前を全世界へと広める力強い第一歩となった。
それ以降、クラフトワークは『放射能』(1975年)、『ヨーロッパ特急』(1977年)、『人間解体』(1978年)と、代表作を次々リリース。1980年頃には、クラフトワークの影響を受けた様々な電子音楽のアーティストがミュージック・シーンに登場するようにもなった。所謂、テクノポップブームだ。そして、非常に興味深いのは、彼らがヒップホップ・アーティストのサンプリングのネタとしても頻繁に取り上げられるようになっていった点だろう。代表例が、アフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」(1982年)。同曲はクラフトワークの「ヨーロッパ特急」をサンプリングしている。「電子音楽=無機質」と捉える人にとってはクラフトワークとヒップホップの繋がりは意外かもしれないが、彼らのサウンドによく耳を傾ければ合点がいくと思う。実はクラフトワークの曲は、とてもファンキーなのだ。たしかに鳴っているのは人工的な電子音であり、カッチリしたノリのマシンビートが刻まれるし、理知的な構築美を聴かせる。しかし、その根底には、リスナーの本能を根底から揺さぶるようなファンキーな熱量を沸々と滾らせている。数多くのヒップホップ・アーティストがクラフトワークを好むのも、そういう本質が導いた自然な結果と言えるだろう。
そして、理由は皆目見当がつかないのだが、クラフトワークはとんでもないジャンルからも愛されている。『片腕カンフー対空とぶギロチン』(1975年)というカンフー映画を、皆さんはご存知だろうか? クエンティン・タランティーノの『キル・ビル』(2003年)の元ネタの一つとしても有名なこの作品。『キル・ビル』で登場する殺し屋・ゴーゴー夕張(栗山千明)が用いるゴーゴーボールは、『片腕カンフー対空とぶギロチン』の悪役の殺人兵器・空飛ぶギロチンへのオマージュだ。数年前、深夜TVで放映されていた『片腕カンフー対空とぶギロチン』を観た僕は仰天した。「なんで『アウトバーン』の曲が使われているんだ!?」と。物語が進行するにつれて飛び出す「深夜そして姿なき足跡」「朝の散歩」「大彗星(鼓動)」。そして、主人公の片腕ドラゴンが悪役を見事に倒し、凱歌のように華々しく鳴り響いたのは「大彗星(軌道)」。なんと、『アウトバーン』の全5曲中、「アウトバーン」以外の4曲が使用されていた。無茶苦茶過ぎて呆れる外なかったが、クラフトワークが結構ハマっていたことも認めざるを得なかった。ただでさえ出鱈目なこの映画に、絶妙にインチキくさい風味を添えていたのだから。とはいえ、こんな選曲が、正式な使用許可の下で行われたとは思えない。当時のカンフー映画界は、様々な曲を大胆に無断使用していたと聞く。そういえば、マカロニウエスタンの曲が厚かましくも流れるのを聴いたことがある。余談だが......『片腕カンフー対空とぶギロチン』の劇中には、ノイ!の「Super 16」も使用されている。ノイ!はクラフトワークの初期作に参加していたクラウス・ディンガーとミヒャエル・ローターによるバンドだ。この映画の音楽担当スタッフは、クラフトワークの熱心なファンだったのかもしれない。
ドイツの話をしていたつもりが、いつの間にやら香港の話になってしまった。とにかく、クラフトワークの名作は尽きない。必然の音と響きのみで構築された名作の数々を、ぜひ多くの人に聴いて頂きたい。完璧な構築美を示す『放射能』。キャッチーなメロディの宝庫である『ヨーロッパ特急』『人間解体』は、特に必聴盤だ。そして、やはり『アウトバーン』。シンセサイザーの可能性を鮮やかに示し、電子音楽の礎を築いたという点で、紛れもなく音楽史に残る重要作品だ。
(田中大)
【関連サイト】
KRAFTWERK(CD)
『アウトバーン』収録曲
01. アウトバーン/02. 大彗星(鼓動)/03. 大彗星(軌道)/04. 深夜そして姿なき足跡/05. 朝の散歩
01. アウトバーン/02. 大彗星(鼓動)/03. 大彗星(軌道)/04. 深夜そして姿なき足跡/05. 朝の散歩
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