音楽 POP/ROCK

『砂漠のフェスティヴァル』

2021.07.22
『砂漠のフェスティヴァル』
2003年作品

Festival In The Desert j1
 2度目のフェスのない夏を迎えて、ぬかるみにハマったまま雨に打たれたり、トイレ待ちの行列に延々と並ぶことさえ懐かしく感じられる今日この頃、久しぶりにライヴ・アルバム『砂漠のフェスティヴァル(Festival In The Desert)』(2003年)を取り出して、フェス・ロスを癒し、逃避願望を満たしている。正確にはフランス語表記で、フェスティヴァル・オ・デゼールという名のこのイベント、マラウイ湖畔で開催されているレイク・オブ・スターズ・フェスティヴァルと並んで、筆者が死ぬ前に一度行ってみたいなと思っているマジカルな音楽の祭典だ。じつはコロナ禍ではない別の理由で長らく中止されているのだが、その事情はまたあとで触れることとしよう。

 会場はマリのトンブクトゥ近郊の集落エサカネ。2001年に始まった同フェスは、その成り立ちからして興味深い。マリ北部を含む西〜北アフリカの砂漠地帯の住人と言えば、各地を転々としながら暮らすトゥアレグだ。中でもサハラ砂漠以南のマリやニジェール一帯で生活する人々は数百年来、トンブクトゥに毎年集まって情報交換をしたり、コミュニティ間の諍いを解決したり、音楽や舞踊を楽しむために盛大な祭りを開くという伝統があった。これをスケールアップさせたのがフェスティヴァル・オ・デゼールなのである。当時は内戦が終わって間もない頃で、地域の復興策を模索していたトゥアレグの団体が、地元のミュージシャンと交流のあるフランスのミクスチュア・バンド=ロ・ジョの協力のもとに企画。ユネスコや欧州各国の政府機関の後援も受けて、毎年1月の3日間だけ砂漠の中にステージが設営され、周辺国のみならず世界中からアーティストとオーディエンスが集まるようになった。さすがに砂漠の真ん中だからアクセスは容易じゃなさそうだが、トゥアレグの人々はラクダに乗って、数日間かけてゆるゆるとやって来るのだという。そう訊いただけで、ワクワクしないでいられようか!

 そんな唯一無二のフェスの第3回(2003年1月6日〜8日)の模様が、37組の出演者の中から20組のパフォーマンスを1曲ずつ収めた本作に、ぎゅっと凝縮されている。大半を占めるのはトゥアレグのアーティストで、彼らの定番スタイルと言えば、ずばり〈砂漠のブルース〉。この時もステージに立ったトンブクトゥ出身のシンガー兼ギタリスト、アリ・ファルカ・トゥーレが世界に知らしめた、トゥアレグの音楽とデルタ・ブルースの接点をあぶり出すギター・ミュージックだ。とはいえアプローチは一様ではなく、そのアリ・ファルカは変幻自在のしなやかなプレイで魅せ、彼の弟子にあたるアフェル・ボクームのギターは美しいパターンを切れ目なく描き出し、当時世界進出したばかりだったティナリウェンはヒプノティックかつパーカッシヴなグルーヴを刻み、女性グループのタルティットは歌声とビートをトランシーにミックスする。もちろんエレキが使われるようになったのはここ半世紀ちょっとで、かつては伝統的な一弦楽器イムザドを誰もが奏でていたわけだが、どこかノスタルジックで親しみやすい音に耳を傾けていると、数百年前も同じ砂漠の景色の中で同じメロディ、同じリズムが鳴っていたんだろうなと想いを馳せずにいられない。また同じマリ人でも、例えば西部ワスル地方固有の女性ヴォーカルの受け継ぐウム・サンガレの音楽性は、明らかに異なる唱法やコードに則っていたりと、マリの音楽の多様さを思い知らされる。

 他方、この年は前述したロ・ジョやアメリカのナバホ族のバンド=ブラックファイアが海外から招かれていたが、何と言っても話題を集めたのはロバート・プラントの参加だ。当時の彼はブルースやフォークに傾倒すると共に、アフリカ各地の伝統音楽への造詣が深いギタリスト、ジャスティン・アダムスとコラボを行なっていた。ここでもジャスティンを伴って、アメリカの古典的ブルースの曲を幾つかマッシュアップした「Win My Train Fare Home」を演奏。独自の視点で、欧米とアフリカの音楽的交差点を浮き彫りにしている。ほかにも、近年日本でも高い人気を誇るイタリア人のポスト・クラシカル系コンポーザー兼ピアニスト、ルドヴィコ・エイナウディとマリ人のコラ奏者バラケ・シソコの共演も秀逸。ふたりはこの半年後にリリースされるコラボ・アルバム『ディアリオ・マリ』のプレヴューと呼ぶべき、美しい二重奏を披露している。

 このようにして地元の文化を世界に伝え、人々に雇用の機会を提供してもいたフェスティヴァル・オ・デゼールは、残念ながら2012年に始まったマリ北部での軍事紛争の影響で、2013年以降休止したままだ。先に触れたようにこの地域での紛争は初めてではなく、トゥアレグは幾度か自治・独立を求めて蜂起しており、彼らにとってウムやバラケは、内戦中ならば敵方にあたる。それだけに、音楽を介して異なる民族が一堂に会するという点でも、このフェスは重要な役割を担っていた。何しろ今回はトゥアレグ対マリ政府という単純な構図ではなく、イスラム原理主義組織なども介入し、さらに折からの干ばつが状況をさらに深刻化させていて、混迷の一途を辿っている。よって再開の目処は全く立っていないのだが、この間にマリのソンゴイ・ブルースやニジェールのエムドゥ・モクターのような新しいトゥアレグのスターも登場し、音楽は立ち止まってはいない。次に砂漠にステージが建つ時には、きっと大御所たちに交じって、彼らの雄姿を目にすることになるのだろう。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『砂漠のフェスティヴァル』Festival In The Desert(CD)
『砂漠のフェスティヴァル』収録曲
1. Takamba Super Onze「Super 11」/2. Afel Bocoum「Buri Baalal」/3. Tartit「Tihar Bayatin」/4. Robert Plant & Justin Adams「Win My Train Fare Home」/5. Sedoum Ehl Aïda「Ya Moulana」/6. Lo'Jo + Django「Jah Kas Cool Boy」/7. Oumou Sangaré「Wayena」/8. Ali Farka Touré「Karaw」/9. Tinariwen「Aldachan Manin」/10. Adama Yalomba「Politique」/11. Tidawt「Ariyalan」/12. Ludovico Einaudi & Ballaké Sissoko「Chameaux」/13. Kel Tin Lokiene「Ihama」/14. Kwal & Foy-Foy「Le Juge Ment」/15. Tindé「Wana」/16. Aïcha Bint Chighaly「Koultouleili-Khalett Là」/17. Igbayen「Oubilalian」/18. Baba Salah「Fady Yeïna」/19. Blackfire「What Do You See」/20. Django「Laisse-Moi Dire」

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