音楽 POP/ROCK

グウェン・ステファニー 『ラヴ.エンジェル.ミュージック.ベイビー.』

2021.12.22
グウェン・ステファニー
『ラヴ.エンジェル.ミュージック.ベイビー.』
2004年作品


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 ノー・ダウトのキャリア最大のヒット・シングル「ドント・スピーク」(1996年)は、シンガーのグウェン・ステファニーとベースのトニー・カナルというバンド内カップルの別れを題材にした、悲しいバラードである。なのに、ミュージック・ビデオに描かれていたのは面白いことに、別のブレイクアップ――バンドそのものの分断だった。長年の下積みを経てこの1枚前の前のシングル「ジャスト・ア・ガール」で成功を手にしたものの、メディアの注目を浴びるのはグウェンばかり。遅かれ早かれソロ・アーティストになるんじゃないかと噂されたりもしたことで、他のメンバー(トニー、ドラムのエイドリアン・ヤング、ギターのトム・デュモント)の不満が高まり、一致団結して民主的に活動してきた彼女たちの関係が試されたとされている。それを敢えてネタにして、自虐的なビデオを撮影したのだ。

 実際、高校時代に結成したバンドに深い思い入れを抱いていたグウェンは、ソロになることなど考えたことがなかったとのちに話しているが、ようやく2004年になって、自分の名前を冠した初めてのアルバム『ラヴ.エンジェル.ミュージック.ベイビー.(Love.Angel.Music.Baby.)』を作り上げることになる。それまでの8年間にノー・ダウトはさらに2枚の秀逸なアルバムをヒットさせ、ちょうどベスト・アルバムでひとつの区切りを付けたところ。もはや、バンド解散につながると不安視する声もなかった。男性陣はむしろ彼女をサポートし、トニーが自ら3曲の共作・プロデュースを担当したくらいで、バンドを取り巻く良好な状況もグウェンの背中を押したに違いない。でも、アルバムの冒頭を飾る先行シングル「ホワット・ユー・ウェイティング・フォー?」で彼女は、時間の流れの速さに愕然としながら、想定外だったソロ活動に乗り出したもっと切実な理由を説明している。自分はいつまでも若いわけじゃない、あとで後悔するよりも今しかできないことをやっておかねばという、30代半ばに差し掛かっていた女性らしい焦り、だ。

 よってグウェンは、若い頃から大好きだったミュージシャン、或いはトレンディな売れっ子プロデューサー、片っ端から気になるアーティストと組んで、面白そうなこと、ノー・ダウトではできないことを取り敢えず全部やってみた――みたいなアルバムを完成させた。ネリー・フーパーと作った「ホワット・ユー・ウェイティング・フォー?」ではニューウェイヴとファンクを、ドクター・ドレがプロデュースした「リッチ・ガール」ではダンスホールとディスコを、アウトキャストのアンドレ3000と共作した「バブル・ポップ・エレクトリック」ではプリンスとアダム・アントをミックスし、ファレル・ウィリアムスの手腕が光る「ホラバック・ガール」は、まるで「ウィ・ウィル・ロック・ユー」と「地獄へ道づれ」をマッシュアップしたかのよう。他方で、アイズレー・ブラザーズの「Between the Sheets」をサンプリングした「ラグジュリアス」は、R&B と言うよりも〈ブラコン〉と呼ぶべきレトロなスロージャムに仕上げ、「クラッシュ」ではマイアミ・ベースに挑戦。「ザ・リアル・シング」ではピーター・フックとバーナード・サムナーの参加を得てニュー・オーダーをオマージュするという具合に、キャラの濃い曲がしのぎを削っていて、あれだけクセのある歌声の持ち主だからこそ、辛うじて1枚に収まっていると言っても過言じゃない。

 そして、歌声と共に全編を束ねているもう1本の糸はやはり、彼女らしいロマンティックな歌詞だ。2002年に結婚したばかりとあってとにかく甘口の曲が多いのだが、それでいて、ほろ苦くてシリアスなエンディングを迎えるところがまた、非常に興味深い。何しろ「ロング・ウェイ・トゥ・ゴー」と題されたラストソングは、人種が違うカップルに向けられる偏見をテーマにした曲で、恐らく、インド系英国人であるトニーと交際していた時の体験に基づいているのだろう。アウトロにはマーティン・ルーサー・キング牧師のあの有名なスピーチを引用し、〈ラヴは色分けなどできない〉と訴えてアルバムを締め括る。少々意外なエンディングではあるものの、よくよく考えてみると、古今のブラック・ミュージックから英国のポストパンク音楽まで、様々な出自のサウンドを寄せ集めた本作には、まさしく異なるカルチャーが共存しているわけで、「ロング・ウェイ・トゥ・ゴー」のメッセージに、うまい具合につながっていると思うのだ。

 異なるカルチャーと言えば、このアルバムが誕生するプロセスにおいて少なからぬインパクトを与えたのは、ほかでもなく日本だった。日本のポップ・カルチャーの中でも特に原宿発のストリート・ファッションをこよなく愛し、人目など気にせず個性を競い合う若い女性たちから大いにエネルギーをもらったというグウェンは、「ホワット・ユー・ウェイティング・フォー?」に〈何を待ってるの? あなたならできるのに〉という日本語を織り込むなど、随所で日本に言及している。ジャム&ルイスがプロデュースした「原宿ガールズ」はタイトル通り、そんな女性たちを讃えるアンセムだ。

 それだけに留まらず当時の彼女は、ずばり〈原宿ガールズ〉と命名された4人の日系アメリカ人のダンサーを常に引き連れ、ビデオにもライヴ・パフォーマンスにもフィーチャーしていたのだが、世の中がいわゆるカルチュラル・アプロプリエーション(文化の盗用)に敏感になったここ数年、しばしば批判の対象になっている。白人女性がアジア系の女性を小道具のように利用していたのではないか――と。確かに時代は大きく変わり、原宿ガールズは2020年代にはそぐわないのだろう。ただ、5年前に最後に取材した時にも「私のソロ活動のベースには日本がある」と熱く語っていたグウェンの日本愛に偽りはないことを、強調しておきたい。
(新谷洋子)


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GWEN STEFANI(CD)
『ラヴ.エンジェル.ミュージック.ベイビー.』収録曲
01. ホワット・ユー・ウェイティング・フォー?/02. リッチ・ガール FEAT.イヴ/03. ホラバック・ガール/04. クール/05. バブル・ポップ・エレクトリック FEAT.ジョニー・ヴァルチャー/06. ラグジュリアス/07. 原宿ガールズ/08. クラッシュ/09. ザ・リアル・シング/10. シリアス/11. デンジャー・ゾーン/12. ロング・ウェイ・トゥ・ゴー

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