音楽 POP/ROCK

ゴーゴーズ 『ビューティ・アンド・ザ・ビート』

2022.09.25
ゴーゴーズ
『ビューティ・アンド・ザ・ビート』
1981年作品


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 今回ご紹介するゴーゴーズのデビュー作『ビューティ・アンド・ザ・ビート』(1981年)は、ひとつの記録を保持している。メンバーが全員女性のバンドが、全収録曲を自ら綴って、自ら演奏して、全米ナンバーワンを獲得した史上初のアルバムだという記録だ。史上初であるだけでなく「唯一の」とする資料もあるし、さらにざっくりと〈The most successful all female rock band of all time〉と彼女たちを評する記事を見かけることもある。中には、細かい括りを設けて〈史上初!〉と打ち出すことに意味があるのかと問う人もいるのだろう。が、1970年代までの女性バンドはシャッグスなどを例外にして、往々にして男性プロデューサー/マネージャーが背後で指図をしていたり、曲は外部から提供してもらうケースが珍しくなかった上に、チャート上位に姿を見せることなどまずいなかった(今でもメインストリームで活躍するのはハイムかチックスくらいかも?)。よって、単に1位になっただけでなく6週間そのポジションをキープし、200万枚のセールスを記録して、100%女性が作ったロックンロールが売れるのだと証明したゴーゴーズの功績の大きさは計り知れず、どちらにせよ画期的なことだ。

 その結成は1978年に遡り、翌年には、のちにソロ・アーティストとしても成功するベリンダ・カーライル(ヴォーカル)、シャーロット・キャフィー(ギター/キーボード)、ジェーン・ウィードリン(リズム・ギター)、キャシー・バレンタイン(ベース)、ジーナ・ショック(ドラムス)のラインナップが固まり、LAのパンク・シーンで活動を始める。LAパンクと言えば、例えばジャームスはローナ・ドゥーム、Xはエクシーン・セルヴェンカといった女性メンバーを擁するバンドが珍しくなかったし、マーサ・デイヴィス率いるモーテルズもいたし、英国も然りだが、パンクが女性にロックへの門戸を全開にしたという事実は侮れない。ゴーゴーズの場合はマネージャーも女性だったそうで、ザ・ランナウェイズにとってのキム・フォウリーみたいな黒幕はおらず、シャーロットとジェーンのギタリスト・コンビを中心にバンド内で曲を綴り、当初から5人で何でもこなすDIY主義にこだわっていたようだ。そして程なくしてI.R.S.レコーズ(ザ・ポリスのマネージャーで、スチュワート・コープランドの兄にあたるマイルズが主宰したレーベル)と契約。リチャード・ゴッテラー(ブロンディー、ジョーン・アーマトレイディング)をプロデューサーに迎えて本作をレコーディングしたのである。

 が、完成したのは果たしてパンク・アルバムなのか? 全編をぶち抜いている颯爽としたエネルギーはまぎれもなくパンクに根差しているし、「Skidmarks on My Heart」のようにルーツを雄弁に語る曲もあるのだが、正確には、メロディックなニューウェイヴ・ポップ集ーー或いは、いわゆるポップパンクの原型を提示する先駆的アルバムに仕上がっている。なんでも、かつてブリル・ビルディングでソングライターとして活躍したリチャードはゴーゴーズの曲自体のクオリティを高く評価し、テンポを少し落としてでもその良さを引き出して、丁寧に聴かせることにこだわったのだとか。試しに、ふたつのヴァージョンがあるシングル曲「We Got the Beat」を聴き比べれば、リチャードが果たした役割が明解に浮かび上がる。というのも彼女たちはI.R.S.と契約する前に、英国のスティッフ・レコーズ(イアン・デューリーやエルヴィス・コステロが所属)からこの曲をデビュー・シングルとして発表。スティッフ所属のマッドネスに招かれて全英ツアーの前座を務めたのがきっかけだった。テンポはさほど変わらないものの遥かに粗削りなそちらのヴァージョンは、ザ・スリッツやX・レイ・スペックスの曲と並べても違和感のない、完璧なパンク。その後新たに録音したシャイニーなヴァージョンがアルバムに収録され、それが地元ではキャリア最大のヒット・シングルになる(最高2位)。当初はリチャードのプロダクションに不満を抱いていたメンバーも、ヒットが生まれ、アルバムが売れ始めると納得したそうだ。

 それにポップに寄ったからといって、彼女たちの音楽的パーソナリティは失われなかった。シャーロットのギターに如実に現れているサーフ・ロックの影響だったり、1950〜60年代のガール・ポップ・グループたちから譲り受けた声のハーモニーだったり、曲をパワフルに駆動するジーナとキャシーのリズム隊のケミストリーだったり......。ほかにも、〈go-go〉という言葉を織り込んだバンドのテーマソングみたいな「We Got the Beat」こそサウンドと歌詞がぴたり一致しているが、両者(作曲はシャーロット、作詞はジェーンが主に担当)の間にギャップがある曲が多いのも、ゴーゴーズの特徴のひとつ。ハッピーな曲に乗せて嫉妬の苦しみを歌う「How Much More」然り、〈街に繰り出して楽しもう〉と訴えながら曲調は悲し気な「Tonite」然りで、自分より愛車に夢中なボーイフレンドの身勝手を嘆く「Skidmarks on May Heart」は、車にまつわるユーモラスなメタファーを満載して、思い切りアップビートに仕上げている。キャシーがザ・テクストーンズというバンドに在籍していた時に作った曲「Can't Stop the World」にしても、〈ハートも意欲も車も〉壊れてしまっている主人公が、疾走するギターに背中を押されて、〈世界は止まってなんかくれないんだから!〉と涙を拭いて拳を突き上げている感じが、切なくも逞しい。

 また、若者たちが夢を携えて集まるLAのグラマラスな魅力を描く「This Town」がやけにメランコリックなのは、曲の後半になって、その夢に破れた人たちの絶望感や喪失感に視線をシフトさせているからに相違ない。成功者だけでなく落伍者たちの町でもあるホームタウンの現実を、実にドライに捉えている名曲のひとつだ。そして名曲と言えばやっぱり、オープニングを飾る「Our Lips Are Sealed」だろう。ザ・スペシャルズのテリー・ホールが共作者としてジェーンの名前と共にクレジットされているが、短期間交際したふたりの関係を題材に、テリーがジェーンに送った歌詞のアイデアも用いて綴った曲だ。人々は自分たちについて勝手にゴシップに花を咲かせているけど、真実を知っているのは当事者だけーーと。テリーもファン・ボーイ・スリー時代の1983年にこの曲を歌っており、互いに〈ふたりの秘密にしておこう〉と誓い合うという、非常にユニークな展開を見せたことはご存知の通りだ。

 以来現在に至るまでジェーンもテリーもその誓いを守っているわけだが、ゴーゴーズのほうは、1982年のセカンド『Vacation』と84年のサード『Talk Show』を経て、85年に一旦解散。90年以降くっついたり離れたりを繰り返しつつ、今も本作のメンバーで活動を続けており、近年は彼女たちの曲を用いたミュージカル『Head Over Heels』がブロードウェイで上演されたり、ドキュメンタリー映画『The Go-Go's』が2020年に公開されるなどして、再評価の声が高まっている。そして昨年、ティナ・ターナー、キャロル・キング、トッド・ラングレン、ジェイ・Z、フー・ファイターズと共に、晴れてロックの殿堂入りを果たした5人。プレゼンターを務めたのは、以前から大ファンであることを公言していた、同じLA出身の俳優ドリュー・バリモアだ。生まれて初めて買ったアルバムが『Beauty and the Beat』だという彼女は、ステージでやおらバスタオルを取り出して体に巻き付け、もう1枚を頭に巻き、顔にパックを塗りたくってジャケットのコスプレを披露し、「長い間ボーイズしか呼ばれなかったパーティーに乱入したガールズ」とゴーゴーズを讃えていた。彼女たちを紹介するのに、これ以上に分かりやすい表現はないと思う。
(新谷洋子)


【関連サイト】
GO-GO'S OFFICIAL
『Beauty Before the Beat』収録曲
01. Our Lips Are Sealed/02. How Much More/03. Tonite/04. Lust To Love/05. This Town/06. We Got The Beat/07. Fading Fast/08. Automatic/09. You Can't Walk In Your Sleep(If You Can't Sleep)/10. Skidmarks On Your Heart/11. Can't Stop The World

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