音楽 POP/ROCK

フェイスレス 『レヴェランス』

2023.01.24
フェイスレス
『レヴェランス』
1996年作品


faithless reverence j1
 テリー・ホールにプライマル・スクリームのマーティン・ダフィ、アソシエイツのアラン・ランキン、モデスト・マウスのジェレマイア・グリーン、そしてこの原稿を書き始める数時間前にはジェフ・ベックと、相次いでミュージシャンの訃報が届いたこの年末年始。さすがに誰かを追悼する原稿にしたいと思って、筆者が唯一会ったことがある人――2022年12月23日に65歳で亡くなったマキシ・ジャズがラッパー兼シンガーとして在籍したバンド、フェイスレスのファースト『レヴェランス』(1996年/全英チャート最高26位)を選んだ。まあ会ったと言っても、2004年にシスター・ブリスのインタヴューをした際にたまたま見かけて、ちらっとこちらに笑顔を向けてくれたというだけなのだが。

 現在も活動中のフェイスレス(マキシは2016年に脱退している)はそもそも非常にユニークな成り立ちのバンドだ。写真には写っていないしツアーにも同行せず、楽器も弾かないというリーダーのロロ・アームストロングは、コンセプトを練り、様々な決断を下すマスターマインド。実際に曲を作るのは、ダンス/エレクトロニカ界では未だ希少な女性プロデューサー/DJであるシスター・ブリスことアヤラ・ベントヴィムだ。1990年代の英国を賑わせたあの界隈のアーティストの中で、ケミカル・ブラザーズやベースメント・ジャックスより筆者がフェイスレスに惹かれたのも、彼女の存在に因るところが大きい。そしてもうひとつの理由が、ほかでもなくマキシだった。そう、フェイスレスはザ・プロディジーと並んで、これまた当時のシーンでは珍しく、カリスマティックなフロントマンを擁するグループだったのである。ゆえに、ゲストが入れ替わり立ち代わり独自のナレティブを提供するのではなく、恋愛を扱うのであれ社会問題を扱うのであれフェイスレスの曲は、ソウルフルな声を持つこの仏教徒のジャマイカン・ブリティッシュの思想や価値観にゆるく貫かれ、揺るがないアイデンティティを備えていたと思う。

 本名マクスウェル・フレイザー、1957年にジャマイカからの移民の両親のもとにロンドンで生まれ、1980年代から音楽活動を行なう傍らで海賊ラジオ局のDJを務めていたマキシは、共通の知人を介して出会ったロロ及びブリスと1995年にフェイスレスを結成。つまり、当時すでに30代後半だった。ほかのふたりも決して若くはなくそれぞれに経験豊富だったためか、結成と同時にレコーディングに着手し、年内にシングル・デビュー。翌年4月に本作を発表している。しかしリリース当時はちっとも売れず、前述したブリスとのインタヴューによると、あくまでスタジオ・プロジェクトのつもりで始めたものの、レーベルに請われてアルバムの宣伝のためにステージに立つようになったという。そこで本領を発揮したのが、長身かつスタイリッシュで、どこか教師というか司祭(正確には僧侶か?)みたいな威厳のあるマキシだ。シスター・ブリスは「マキシのリズミックで楽器みたいな声は音として捉えることもできるから、言語を超えて伝わる部分がすごくたくさんあると思う」とも話していたが、国内外をツアーし始めたフェイスレスはライヴアクトとして評判を高め、そうこうしているうちにシングル「Insomnia」がクラブ・シーンで人気を博し、全英チャートを3位まで上昇。ヨーロッパ各地でナンバーワンに輝き、最終的にアルバムも世界で150万枚のセールスを記録することになる。

 『レヴェランス』が当初売れなかったという話は、無理もないと言うと失礼な話だが、納得できないわけではない。フェイスレスのアルバムはそもそも、すでに触れたように派手にゲストを配するタイプではなく、アンビエント〜ダブ〜トリップホップ〜ハウス〜トランス......とかなり広いスタイルを包含し、殊に本作は生楽器を多用したダウンテンポの曲が多かった。何しろ、〈My name is Maxi Jazz and I ain't no joke(俺はホンモノ)〉とマキシが口火を切る冒頭のタイトルトラックは、いきなり8分に及ぶ、ミニマルなレゲエ・ベースの曲。地球と人類、或いは神や信仰といったテーマを1本の流れにじっくりと編んでゆく、彼の人生のマニフェストのような大作だった。以下マキシを中心に、ロロの妹でまだブレイク前のダイド、1999年までバンドに在籍したジェイミー・キャット、ソロ活動も行なっていたポーリーン・テイラー、男女4人のシンガーが様々な組み合わせでヴォーカルを担当。マキシの音楽的ルーツであるレゲエ/ダブやソウル、ブルース、或いはR&Bに根差した歌主体の曲が大半を占め、「Angeline」の家族を捨てた女性、「Dirty Old Man」の社会の底辺で暮らす男、「Baseball Cap」のストリートでタフに育った少年などなど、都市の影の部分に身を置く様々なキャラクターに、聴き手はアルバムを通して出会う。

 そんなスローな流れの中に燦然と聳え立つ2本の柱が、現在に至るまでクラバーとDJたちに愛され続けている、「Insomnia」と「Salva Mea」の2大フロア・アンセムだ。前者のトラックを制作した頃、自らDJとしても活動するシスター・ブリスは昼夜逆転の生活で不眠症(=insomnia)を患っていたそうで、マキシはこれを受けて眠れない男の苦しみをラップし、願わくば夜通し踊り続けていたい若者たちの心を捉えたのである。他方、〈Save Me〉を意味するラテン語をタイトルに冠した後者は、11分近い尺をフルに活用してテンポやテクスチュアをダイナミックに変えながら進行し、長い旅の果てに出発点と同じモチーフへと帰ってくる壮大な1曲。始まって4分近く経ってから聴こえてくるマキシの声は、「自分がフラストレーションを感じることについて語って欲しい」とのロロの依頼を受けて、表からは誰にも見えない葛藤と向き合う。その語り口は淡々としているが、代わりにビートとシンセの激流が彼の内なる怒りや苦しみを発散し、カタルシスへと導くのだった。

 このあともマキシが参加したアルバムはさらに5枚登場し、『God is a DJ』や『We Come 1』ほか、ダンス・ミュージックの解放感×リリックの内省のコンビネーションに根差した、フェイスレスならではのフロア・アンセムが続々誕生。彼の死を受けて、きっと世界中のクラブでこれらの曲が夜な夜な鳴っているに違いない。中でも『Insomnia』は、リリースから実に28年を経てBeatport(DJたちがクラブでかける曲を購入できるウェブストア)のチャートのトップ10圏内に浮上したと報じられている。〈午前3時半、俺は眠れない〉と嘆いていた男が永遠の眠りについた。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Faithless
Faithless 『REVERENCE』(CD)
『レヴェランス』収録曲
01. REVERENCE/02. DON'T LEAVE/03. SALVA MEA/04. IF LOVIN' YOU IS WRONG/05. ANGELINE/06. INSOMNIA/07. DIRTY OL' MAN/08. FLOWERSTAND MAN/09. BASEBALL CAP/10. DRIFTING AWAY

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