ザ・ハウスマーティンズ 『ロンドン 0 ハル 4』
2023.07.20
ザ・ハウスマーティンズ
『ロンドン 0 ハル 4』
ザ・ハウスマーティンズ(1983〜1988年)、ザ・ビューティフル・サウス(1988〜2007年)、ソロ(2001〜2012年)、女性シンガーのジャッキー・アボットとのデュオ(2014年〜)......といった具合に活動形態を変えながら、40年にわたるキャリアを築き上げてきたポール・ヒートン。その出発点にあたるザ・ハウスマーティンズのファースト『ロンドン 0 ハル 4(London 0 Hull 4)』(1986年/全英チャート最高3位)の話をするにあたって、彼のパーソナリティを物語るひとつのエピソードに触れておきたい。それが報じられたのは2020年秋。34年の歴史を持つ英国の音楽誌『Q』がパンデミックの煽りを受けて休刊に追い込まれたことを知ったポールは、仕事を失ったスタッフを気遣って、「長年のサポートに感謝したい」と寄付を申し出たという。金額は明かされていないが、約40人のスタッフに行き渡ったというからには、相当大きな額だったはず。英国ではパンデミック下のヒーローとして賞賛を浴び、筆者も『Q』の愛読者のひとりとして、音楽メディアで仕事をしている人間のひとりとして、彼のハートの大きさに深く感銘を受けたものだが、考えてみると、この一件に表れているある種の義憤に裏打ちされたエンパシーこそが、時に辛辣だったり時にユーモラスだったりその時々のモードは違えど、ポールの曲の多くが共有する重要なクオリティなのかもしれない。パブで目にしたホモソーシャル社会の縮図を、差別される女性に心を寄せて揶揄する本作のオープニング曲「Happy Hour」然り(当時の全英チャートではこんな曲がトップ3入りを果たしていた!)、搾取されるばかりの労働者の目線で綴った「Me And the Farmer」然り、1998年の時点ですでにボディ・ポジティヴ論を打ち出していたザ・ビューティフル・サウスの「Perfect 10」然り、昨年発表した全英ナンバーワン・アルバム『N.K-POP』でジャッキーと歌った、子どもを亡くした親の気持ちを代弁する「Still」然り。何しろ『ロンドン 0 ハル 4』の内ジャケに刻まれていた彼のモットーは、〈Take Jesus - Take Marx - Take Hope(=キリストを選び、マルクスを選び、希望を選ぶ)〉。つまり、隣人を愛し富を分かち合うことで希望を見出そうとしていたポールの立ち位置は、40年経った今もほとんどブレていないんだろう。
ブレないと言えば、彼がこよなく愛するサッカーのスコアを模した本作のタイトルは、揺るがないアイデンティティ意識にも言及していた。現在はマンチェスターで暮らすポールの生まれ故郷は、リヴァプールに近い町ブロムバラ。子供時代はシェフィールドで過ごした彼がイングランド北東部のハルに移り住んでスタン・カリモア(ギター)、ノーマン・クック(ベース/のちのファットボーイ・スリムだ)、デイヴ・ヘミングウェイ(ドラムス)とザ・ハウスマーティンズを結成したのは21歳くらいの時だが、「4対0でハルがロンドンに圧勝!」と宣言することで、生粋のノーザナーとしての誇りと、権力の中心であり資本主義の牙城たるロンドンへの対抗意識をはっきりと打ち出している。
そしてノーザンであるがゆえにデビュー当時のザ・ハウスマーティンズは、ザ・スミスにしばしば比較されもした。確かに、ポールとモリッシーの声質は似ていなくもないし、どちらも稀代のメロディ・メイカーであり、ビリリとテンション漲るジャングリーなギターロックがデフォルト。歌詞に溢れるウィット、反君主制を始めとする思想、モノカラー仕立てのジャケットのヴィジュアル志向......と、共通項は色々挙げられる。でも、ソウルとゴスペルから受けた影響の濃さはザ・ハウスマーティンズを他のバンドからくっきりと差別化していたし、前述したポールのエンパシーも、モリッシーの内向きな厭世志向とは対照的だと言えなくもない。
よって本作で彼が綴った歌詞に通底するのは、「世界をいい方向に変えたい、それは果たしてできるのか? 何がそれを妨げているのか?」という問いかけであり、連帯を呼び掛けるオプティミスティックな眼差しだ。前半のハイライトである「Flag Day」は、チャリティ活動をしてささやかなお金を集めても、根源にある問題を解決できないと指摘しつつ、さりげなく王室批判も仕込んだ(「パンパンに膨らんだ財布を持ってる女王に募金箱を突きつけてみろ」)バラード。前年開催されたばかりのライヴ・エイドのことも、恐らく頭にあったのだろう。アップビートな曲調とは裏腹に悶々と苦しんでいる「Anxious」を筆頭に、格差や社会の分断を取り上げた曲も多く、「Over There」では〈ひとつ〉であるものをわざわざ〈ふたつ〉にする権力の思惑に言及し、「Sitting on a Fence」はタイトル通り、ふたつの勢力を隔てるフェンスの上で、どっちつかずの態度で高みの見物を決め込む人たちを批判。そして「Think for a Minute」は政治に関心を持とうとしない人々にその愚かさを優しく諭し、「Freedom」では政権与党(1986年当時は保守党)の片棒を担ぐメディアに苦言を呈する。
こうして改めて聞いてみると、より生活感のある作風に移行したザ・ビューティフル・サウス時代以降のアルバムに比べて、ポリティカルなアジテーションにかなりの行数を割いているのは、若さや時代性とも関係しているのだろう。そんな中で例外的に、トーンを変えて大人びた表情を見せている「Lean On Me」は、ピアノだけの伴奏で熱唱するザ・ハウスマーティンズ流ゴスペル。のちに彼らが全英チャートの頂点に送り込む、「Caravan Of Love」(オリジナルはアイズレー・ジャスパー・アイズレー)のアカペラ・カヴァーを予告する1曲だ。同名のビル・ウィザーズの名曲のカヴァーではなく書き下ろしなのだが、メッセージは同じ。キリスト者の自分を前面に押し出して、「辛い時は僕に寄り掛かるといい、君が背負っている荷を一緒に支えよう」と語りかけるここでのポールは、まさに『Q』誌のスタッフに援助の手を差し伸べた彼に重なる。
そんなポールが「隣人を愛し富を分かち合う」ことで希望を見出そうと試みたのは、もちろん今回が初めてではない。例えば、アーティストたちが楽曲の著作権を売却して巨額の利益を得るようになったのはここ2年くらいのトレンドだと記憶しているが、彼は2017年に自身のバック・カタログを〈国有化〉して印税を公益に転化しようという、前代未聞のスキームを発案。「『Happy Hour』や『Perfect 10』がラジオでかかるたびにお金が国に入って僕らの生活の質を向上できるんじゃないか」と考えて、真剣に可能性を探ったという。政府に拒まれて当時は実現に至らなかったものの、今も密かにそのチャンスを窺っているのではないかと思う。
【関連サイト】
Paul Heaton OFFICIAL WEBSITE
The Housemartins 『London 0 Hull 4』
『ロンドン 0 ハル 4』
1986年作品
ザ・ハウスマーティンズ(1983〜1988年)、ザ・ビューティフル・サウス(1988〜2007年)、ソロ(2001〜2012年)、女性シンガーのジャッキー・アボットとのデュオ(2014年〜)......といった具合に活動形態を変えながら、40年にわたるキャリアを築き上げてきたポール・ヒートン。その出発点にあたるザ・ハウスマーティンズのファースト『ロンドン 0 ハル 4(London 0 Hull 4)』(1986年/全英チャート最高3位)の話をするにあたって、彼のパーソナリティを物語るひとつのエピソードに触れておきたい。それが報じられたのは2020年秋。34年の歴史を持つ英国の音楽誌『Q』がパンデミックの煽りを受けて休刊に追い込まれたことを知ったポールは、仕事を失ったスタッフを気遣って、「長年のサポートに感謝したい」と寄付を申し出たという。金額は明かされていないが、約40人のスタッフに行き渡ったというからには、相当大きな額だったはず。英国ではパンデミック下のヒーローとして賞賛を浴び、筆者も『Q』の愛読者のひとりとして、音楽メディアで仕事をしている人間のひとりとして、彼のハートの大きさに深く感銘を受けたものだが、考えてみると、この一件に表れているある種の義憤に裏打ちされたエンパシーこそが、時に辛辣だったり時にユーモラスだったりその時々のモードは違えど、ポールの曲の多くが共有する重要なクオリティなのかもしれない。パブで目にしたホモソーシャル社会の縮図を、差別される女性に心を寄せて揶揄する本作のオープニング曲「Happy Hour」然り(当時の全英チャートではこんな曲がトップ3入りを果たしていた!)、搾取されるばかりの労働者の目線で綴った「Me And the Farmer」然り、1998年の時点ですでにボディ・ポジティヴ論を打ち出していたザ・ビューティフル・サウスの「Perfect 10」然り、昨年発表した全英ナンバーワン・アルバム『N.K-POP』でジャッキーと歌った、子どもを亡くした親の気持ちを代弁する「Still」然り。何しろ『ロンドン 0 ハル 4』の内ジャケに刻まれていた彼のモットーは、〈Take Jesus - Take Marx - Take Hope(=キリストを選び、マルクスを選び、希望を選ぶ)〉。つまり、隣人を愛し富を分かち合うことで希望を見出そうとしていたポールの立ち位置は、40年経った今もほとんどブレていないんだろう。
ブレないと言えば、彼がこよなく愛するサッカーのスコアを模した本作のタイトルは、揺るがないアイデンティティ意識にも言及していた。現在はマンチェスターで暮らすポールの生まれ故郷は、リヴァプールに近い町ブロムバラ。子供時代はシェフィールドで過ごした彼がイングランド北東部のハルに移り住んでスタン・カリモア(ギター)、ノーマン・クック(ベース/のちのファットボーイ・スリムだ)、デイヴ・ヘミングウェイ(ドラムス)とザ・ハウスマーティンズを結成したのは21歳くらいの時だが、「4対0でハルがロンドンに圧勝!」と宣言することで、生粋のノーザナーとしての誇りと、権力の中心であり資本主義の牙城たるロンドンへの対抗意識をはっきりと打ち出している。
そしてノーザンであるがゆえにデビュー当時のザ・ハウスマーティンズは、ザ・スミスにしばしば比較されもした。確かに、ポールとモリッシーの声質は似ていなくもないし、どちらも稀代のメロディ・メイカーであり、ビリリとテンション漲るジャングリーなギターロックがデフォルト。歌詞に溢れるウィット、反君主制を始めとする思想、モノカラー仕立てのジャケットのヴィジュアル志向......と、共通項は色々挙げられる。でも、ソウルとゴスペルから受けた影響の濃さはザ・ハウスマーティンズを他のバンドからくっきりと差別化していたし、前述したポールのエンパシーも、モリッシーの内向きな厭世志向とは対照的だと言えなくもない。
よって本作で彼が綴った歌詞に通底するのは、「世界をいい方向に変えたい、それは果たしてできるのか? 何がそれを妨げているのか?」という問いかけであり、連帯を呼び掛けるオプティミスティックな眼差しだ。前半のハイライトである「Flag Day」は、チャリティ活動をしてささやかなお金を集めても、根源にある問題を解決できないと指摘しつつ、さりげなく王室批判も仕込んだ(「パンパンに膨らんだ財布を持ってる女王に募金箱を突きつけてみろ」)バラード。前年開催されたばかりのライヴ・エイドのことも、恐らく頭にあったのだろう。アップビートな曲調とは裏腹に悶々と苦しんでいる「Anxious」を筆頭に、格差や社会の分断を取り上げた曲も多く、「Over There」では〈ひとつ〉であるものをわざわざ〈ふたつ〉にする権力の思惑に言及し、「Sitting on a Fence」はタイトル通り、ふたつの勢力を隔てるフェンスの上で、どっちつかずの態度で高みの見物を決め込む人たちを批判。そして「Think for a Minute」は政治に関心を持とうとしない人々にその愚かさを優しく諭し、「Freedom」では政権与党(1986年当時は保守党)の片棒を担ぐメディアに苦言を呈する。
こうして改めて聞いてみると、より生活感のある作風に移行したザ・ビューティフル・サウス時代以降のアルバムに比べて、ポリティカルなアジテーションにかなりの行数を割いているのは、若さや時代性とも関係しているのだろう。そんな中で例外的に、トーンを変えて大人びた表情を見せている「Lean On Me」は、ピアノだけの伴奏で熱唱するザ・ハウスマーティンズ流ゴスペル。のちに彼らが全英チャートの頂点に送り込む、「Caravan Of Love」(オリジナルはアイズレー・ジャスパー・アイズレー)のアカペラ・カヴァーを予告する1曲だ。同名のビル・ウィザーズの名曲のカヴァーではなく書き下ろしなのだが、メッセージは同じ。キリスト者の自分を前面に押し出して、「辛い時は僕に寄り掛かるといい、君が背負っている荷を一緒に支えよう」と語りかけるここでのポールは、まさに『Q』誌のスタッフに援助の手を差し伸べた彼に重なる。
そんなポールが「隣人を愛し富を分かち合う」ことで希望を見出そうと試みたのは、もちろん今回が初めてではない。例えば、アーティストたちが楽曲の著作権を売却して巨額の利益を得るようになったのはここ2年くらいのトレンドだと記憶しているが、彼は2017年に自身のバック・カタログを〈国有化〉して印税を公益に転化しようという、前代未聞のスキームを発案。「『Happy Hour』や『Perfect 10』がラジオでかかるたびにお金が国に入って僕らの生活の質を向上できるんじゃないか」と考えて、真剣に可能性を探ったという。政府に拒まれて当時は実現に至らなかったものの、今も密かにそのチャンスを窺っているのではないかと思う。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Paul Heaton OFFICIAL WEBSITE
The Housemartins 『London 0 Hull 4』
『ロンドン 0 ハル 4』収録曲
01. Happy Hour/02. Get Up Off Our Knees/03. Flag Day/04. Anxious/05. Reverends Revenge/06. Sitting on a Fence/07. Sheep/08. Over There/09. Think for a Minute/10. We're Not Deep/11. Lean on Me/12. Freedom
01. Happy Hour/02. Get Up Off Our Knees/03. Flag Day/04. Anxious/05. Reverends Revenge/06. Sitting on a Fence/07. Sheep/08. Over There/09. Think for a Minute/10. We're Not Deep/11. Lean on Me/12. Freedom
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