音楽 POP/ROCK

トロイ・シヴァン 『ブルー・ネイバーフッド』

2023.11.25
トロイ・シヴァン
『ブルー・ネイバーフッド』
2015年作品


Blue Neighbourhood a1
 10年近い年月が経っているのだから当然なのかもしれないが、「隔世の感だな」というのは、先頃リリースされたばかりの『Something to Give Each Other』と『Blue Neighbourhood』ーーつまり、トロイ・シヴァンの最新作と本デビュー作を聴き比べての感想だ。思い切りダンスポップ色を強めたサード『Something to Give Each Other』で、しなやかな4つ打ちビートに乗せて自由と享楽を謳歌している彼は28歳。ミュージシャンとして大きな成功を収め、かつ、これまでに恋をし、恋に破れたりという体験を繰り返してタフになり、自分を縛っていたこだわりやしがらみから解放された2023年版のセルフ・ポートレイトは、魅惑的極まりない。が、『Blue Neighbourhood』(2015年/全豪チャート最高6位)のトロイーー曲作りやレコーディングを行なったのは18〜19歳くらいの時だーーは全く違っていた。R&Bやポスト・ダブステップの影響を汲んだクールなプロダクションはうっすらと翳りを帯び、ソフトで憂いに満ちた声ーーこれもまた新作ではファルセットを取り入れたりヴォコーダーをかけることでセンシュアルさを引き出しているーーと溶け合っていて、まだ子供と大人の狭間にいた彼は自分のアイデンティティや居場所を巡るクエスチョンをたくさん抱え、この時期にしか捉えられない美しさと儚さが2015年版のセルフ・ポートレイトにはあった。

 もっとも当時のトロイは、アルバムを発表することこそ初めてだったもののショウビズ界での経験は豊富で、地元オーストラリアで歌のコンテストなどに出場し、人前で歌い始めたのは小学生の頃だ。ほかにも子役で幾つかの映画に出演すると共に、自身のYouTubeチャンネルを12歳にして開設。カヴァー曲を歌ったり自分の日常について喋ったりする映像で大人気を博し、YouTuberとして世界中にフォロワーを増やしていく。そして、同様に動画投稿で注目を浴びたジャスティン・ビーバーもそうだったように、すでに大勢のファンがいる状態で大手レーベルと契約。2014年に正式なデビューを果たして、親友でもあるリーランドことブレット・マクローリン(エリー・ゴールディング、BTS)や、オーストラリア人プロデューサーのアレックス・ホープ(カーリー・レイ・ジェプセン、ルエル)といったコラボレーターたちと作り上げた『Blue Neighbourhood』を翌年早速世に問うたのだった。

 その内容(本作には幾つかの異なるヴァージョンが存在するが、ここではオリジナルのオーストラリア盤の10曲に準じている)をご紹介する前に触れておかなければならないのは、この時点で彼がすでにカムアウトしていたこと。これまたYouTubeを介して、18歳の時に同性愛者であることを世界に向けて公表している。こんなに若くしてカムアウトするケースは珍しかった頃だ。従って本作でトロイが想いを寄せている〈君〉は全て男性であり、〈ブルーな場所〉とタイトルに冠した地元オーストラリアのパースの郊外を舞台に、世界の中心から遠く離れた眠たげな町の日常と、自身の激しい葛藤や秘めた情熱を対比させるかのようにして、アルバムは進行していく。何しろ1曲目からしてずばり「Wild」と題され、禁断の恋に溺れる不安とスリルを歌っており、オーストラリアとアメリカで大ヒットを博した「Youth」や「for him.」もピュアで屈託のないラヴソングだったかと思うと、「Lost Boy」での彼はタイトル通りに、自分が何を欲しているのか分からなくて混乱している。〈僕は道に迷っているけど/まだ誰にも見つけられたくはないんだ〉と。そして、自分のセクシュアリティに気付いてからそれを受け入れるまでのプロセスを辿る「Heaven」(今やテイラー・スウィフトとのコラボで業界きっての売れっ子になったジャック・アントノフが共作・プロデュースを担当)では、〈僕は神に拒絶されてしまう存在なのだろうか〉と逡巡した末に、〈自分の一部を失うくらいなら/僕は天国になど行きたくない〉と、毅然とした答えを導き出すのだ。

 その一方で、音楽界で成功する夢を膨らませて、そろそろ故郷を窮屈に感じ始めていたトロイの心境に迫るのが「Fools」。「Cool」や「Ease」ではまさにその夢の実現に向けて動き出した彼が、レコーディングで訪れたLAでの経験を題材にしているのだが、本場のショウビズ界でもまた居心地の悪さを覚えてホームシックに苛まれている。こんな風に、ふたつの異なる世界の間で揺れている姿を捉えているところも本作の重要な一面であり、ラストの「Suburbia」もやはり、遠く離れた場所から故郷を複雑な気持ちで眺めている1曲だ。親しい人たちに〈ラジオで僕の曲を聴いたかい? 音を大きくしてくれた?〉と呼び掛けて、環境の変化に伴って子ども時代が遠のいていくのを実感しながらも、自分の内に息づく〈suburbia(郊外で暮らす人たち特有の世界観や感覚など)〉を確認している。

 その後パースを離れてLAで暮らし始め、新しい恋の経過を中心にLAでの体験をセカンド『Bloom』(2018年)に記録したトロイだが、ホームシックを克服できなかったのか(或いは2020年発表のEP『In A Dream』に題材を提供した失恋の影響か?)、結局3年前にオーストラリアに戻り、今度はメルボルンに拠点を置いて『Something to Give Each Other』を制作した。グローバルなスーパースターになった彼の帰郷を母国は歓迎し、先頃オーストラリアのグラミーに相当するARIA賞で初の最優秀アーティスト賞(ARIAでは2021年から男女の区別を撤廃)を獲得したことが記憶に新しい。『Bloom』も悪くない作品だったけど、なぜだかオーストラリアで彼が作った対照的な2枚のアルバムには、何かスペシャルなものがあるように思う。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『ブルー・ネイバーフッド』収録曲
1. WILD/2. FOOLS/3. EASE (Feat. Broods)/4. TALK ME DOWN/5. COOL/6. HEAVEN (Feat. Betty Who)/7. YOUTH/8. LOST BOY/9. For Him. (Feat. Allday)/10. SUBURBIA

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