コックニー・レベル 『美しき野獣の群れ』
2011.11.02
コックニー・レベル
『美しき野獣の群れ』
1973年作品
コックニー・レベルの中心人物、スティーヴ・ハーリー(ヴォーカル)は元ジャーナリストという、少々変わった経歴の持ち主だ。彼はフォークバンドのギタリストとしての活動を経た後、ジョン・クロッカー(ヴァイオリン、マンドリン、ギター)、ポール・ジェフリーズ(ベース)、スチュワート・エリオット(ドラム)、ミルトン・リーム・ジェームズ(キーボード)と共に1972年にコックニー・レベルを結成。数回のライヴで評判となり、同年の内に早くもEMIと契約を結んで1stシングル「悲しみのセバスチャン」をリリース。この曲は本国のイギリスではセールスがパッとしなかったものの、オランダやベルギーでヒットした。そして、1973年にリリースした1stアルバムが、『美しき野獣の群れ』であった。
コックニー・レベルが登場した頃のイギリスのシーンは、丁度グラムロックブームの末期にあたる。コックニー・レベルはグラムロックのバンドの一つとして売り出されたようだが、多くの人が違和感を持ったことだろう。彼らの華やかなルックスはたしかにグラムロック的ではある。しかし、『美しき野獣の群れ』で示されているサウンドの趣きは、かなり独特なのだ。決定的な差異は、鳴っているサウンドに表れている。ギターが鳴る箇所も少しはあるのだが、実質、本作は「ギターレスのバンドのアルバム」と言っても過言ではない。エレキギター的なパンチの利いたサウンドはキーボードが担い、アコースティックギター的な柔らかさはマンドリンが奏でている。そして、さらに彼らの特色を決定付けているのはヴァイオリンだ。先述の「真夏の秘め事」の他、「クレイジー・レイヴァー」「嘆きのピエロ」「美しき悪徳」でもヴァイオリンが存在感を発揮している。
また、オーケストラも加わって壮大なサウンドを響かせる曲もある。「悲しみのセバスチャン」は、まさしくその醍醐味の塊だ。哀しげなピアノから密やかに幕開けるこの曲は、少しずつ狂おしい感情を昂ぶらせてゆく。やがてオーケストラや合唱団のコーラスも響き渡り、鎮魂歌のような色合いを帯び始める。そして、胸が張り裂ける様をそのまま音響化したかのような悲痛なクライマックスへと突き抜けるのだ。スティーヴ・ハーリーの歌声が、まるで舞台役者のように感情を迸らせ、悲劇を一心に物語る「悲しみのセバスチャン」は、「曲」というよりも「演劇の一幕」と言った方が、より正確な表現なのかもしれない。
オーケストラや合唱団を導入したシアトリカルなアプローチは、1stアルバム中だと「死の旅」の終盤でも体感出来る。この種のドラマチックな作風はコックニー・レベルの真骨頂だと言って良いだろう。しかし、それだけでは語り尽くせない多様さがあるのが、彼らの奥深さなのだ。例えば「俳優ミューリエル」は、何と表現すれば良いのだろう? スチールパンのような音色が鳴っているこの曲は、ラテン的なムードすら漂わせている。かと思えば「ロレッタはプレイガール」の柔らかなメロディは、ポップスの極みだ。「嘆きのピエロ」の激しいセンチメンタリズムはフォーク。「ルーシーのことば」は、ロックの王道とも言うべき力強いリフを主軸としている......などなど。乱暴な言い方をするならば、コックニー・レベルはごった煮スープ、闇鍋のようなバンド。しかし、そのいかがわしさの向こう側から、一貫して深い詩情、抒情性を鮮やかに香らせる。なんとも摩訶不思議なバンドなのだ。
1stアルバムをリリース後のコックニー・レベルは、「ジュディ・ティーン」や「ミスター・ソフト」がイギリスでも大ヒット。1974年にリリースした2ndアルバム『さかしま』で人気を決定付けた。しかし、その直後に大幅なメンバーチェンジが行われ、「スティーヴ・ハーリー&コックニー・レベル」を名乗るようになった。さらに後には「スティーヴ・ハーリー」になったり、「ザ・スティーヴ・ハーリー・バンド」になったり、最近ではまた「スティーヴ・ハーリー&コックニー・レベル」に戻っていたり......名義が何度も変化しているが、元々コックニー・レベルの実体はスティーヴ・ハーリーのソロプロジェクトのようなものなので、バンドは長年に亘って存続してきたと言っても良いのだろう。
店名を落ち着きなく変える水商売の店のような活動ぶりだが、素晴らしい作品は数多い。1stアルバム『美しき野獣の群れ』と2ndアルバム『さかしま』は文句なしの名盤。しかし、それ以外にも唸らされっ放しだ。特に70年代リリースされた3rdアルバム『THE BEST YEARS OF OUR LIVES』、4thアルバム『TIMELESS FLIGHT』、5thアルバム『LOVE'S A PRIMA DONNA』は、どれも甲乙付けがたい。70年代の代表曲が網羅されたライヴアルバム『FACE TO FACE』は、入門編としてお薦めしたい。とはいえ......僕は3rd以降の国内盤を見かけたことが一度もないのだ。1stと2ndの国内盤も、何度か廃盤になっている。ロック愛好家の間では勿論よく知られているが、日本では今一つ地味な存在のままのコックニー・レベル。その魅力が多くの人々の間に浸透するためにも、ぜひ様々な国内盤が容易に入手出来るようになって欲しい。
【関連サイト】
スティーヴ・ハーリー
『美しき野獣の群れ』
1973年作品
気に入った曲を適当に放り込んだカセットテープを、大学の頃に友人と時々交換していた。そんな中で出会ったのが、コックニー・レベルの「真夏の秘め事」だった。第一印象は、「変な曲!」。それに尽きる。リズム隊がベース&ドラムであるスタイルは一応「ロック」の王道フォーマットに則っていたが、鳴っている音の全体像は全く聴いたことのない類のものであった。マンドリンと思しき軽やかな弦楽器が爪弾かれ、ヴァイオリンの狂おしい旋律が合流。ピアノ、ベース、ドラムも加わった伴奏が始まり、少し滑稽なくらいに芝居がかった歌が響き渡る。何処か見世物小屋的ないかがわしいムードが満載の曲であった。しかし、どうにもこうにも惹き込まれずにはいられなかったのだ。
コックニー・レベルの中心人物、スティーヴ・ハーリー(ヴォーカル)は元ジャーナリストという、少々変わった経歴の持ち主だ。彼はフォークバンドのギタリストとしての活動を経た後、ジョン・クロッカー(ヴァイオリン、マンドリン、ギター)、ポール・ジェフリーズ(ベース)、スチュワート・エリオット(ドラム)、ミルトン・リーム・ジェームズ(キーボード)と共に1972年にコックニー・レベルを結成。数回のライヴで評判となり、同年の内に早くもEMIと契約を結んで1stシングル「悲しみのセバスチャン」をリリース。この曲は本国のイギリスではセールスがパッとしなかったものの、オランダやベルギーでヒットした。そして、1973年にリリースした1stアルバムが、『美しき野獣の群れ』であった。
コックニー・レベルが登場した頃のイギリスのシーンは、丁度グラムロックブームの末期にあたる。コックニー・レベルはグラムロックのバンドの一つとして売り出されたようだが、多くの人が違和感を持ったことだろう。彼らの華やかなルックスはたしかにグラムロック的ではある。しかし、『美しき野獣の群れ』で示されているサウンドの趣きは、かなり独特なのだ。決定的な差異は、鳴っているサウンドに表れている。ギターが鳴る箇所も少しはあるのだが、実質、本作は「ギターレスのバンドのアルバム」と言っても過言ではない。エレキギター的なパンチの利いたサウンドはキーボードが担い、アコースティックギター的な柔らかさはマンドリンが奏でている。そして、さらに彼らの特色を決定付けているのはヴァイオリンだ。先述の「真夏の秘め事」の他、「クレイジー・レイヴァー」「嘆きのピエロ」「美しき悪徳」でもヴァイオリンが存在感を発揮している。
また、オーケストラも加わって壮大なサウンドを響かせる曲もある。「悲しみのセバスチャン」は、まさしくその醍醐味の塊だ。哀しげなピアノから密やかに幕開けるこの曲は、少しずつ狂おしい感情を昂ぶらせてゆく。やがてオーケストラや合唱団のコーラスも響き渡り、鎮魂歌のような色合いを帯び始める。そして、胸が張り裂ける様をそのまま音響化したかのような悲痛なクライマックスへと突き抜けるのだ。スティーヴ・ハーリーの歌声が、まるで舞台役者のように感情を迸らせ、悲劇を一心に物語る「悲しみのセバスチャン」は、「曲」というよりも「演劇の一幕」と言った方が、より正確な表現なのかもしれない。
オーケストラや合唱団を導入したシアトリカルなアプローチは、1stアルバム中だと「死の旅」の終盤でも体感出来る。この種のドラマチックな作風はコックニー・レベルの真骨頂だと言って良いだろう。しかし、それだけでは語り尽くせない多様さがあるのが、彼らの奥深さなのだ。例えば「俳優ミューリエル」は、何と表現すれば良いのだろう? スチールパンのような音色が鳴っているこの曲は、ラテン的なムードすら漂わせている。かと思えば「ロレッタはプレイガール」の柔らかなメロディは、ポップスの極みだ。「嘆きのピエロ」の激しいセンチメンタリズムはフォーク。「ルーシーのことば」は、ロックの王道とも言うべき力強いリフを主軸としている......などなど。乱暴な言い方をするならば、コックニー・レベルはごった煮スープ、闇鍋のようなバンド。しかし、そのいかがわしさの向こう側から、一貫して深い詩情、抒情性を鮮やかに香らせる。なんとも摩訶不思議なバンドなのだ。
1stアルバムをリリース後のコックニー・レベルは、「ジュディ・ティーン」や「ミスター・ソフト」がイギリスでも大ヒット。1974年にリリースした2ndアルバム『さかしま』で人気を決定付けた。しかし、その直後に大幅なメンバーチェンジが行われ、「スティーヴ・ハーリー&コックニー・レベル」を名乗るようになった。さらに後には「スティーヴ・ハーリー」になったり、「ザ・スティーヴ・ハーリー・バンド」になったり、最近ではまた「スティーヴ・ハーリー&コックニー・レベル」に戻っていたり......名義が何度も変化しているが、元々コックニー・レベルの実体はスティーヴ・ハーリーのソロプロジェクトのようなものなので、バンドは長年に亘って存続してきたと言っても良いのだろう。
店名を落ち着きなく変える水商売の店のような活動ぶりだが、素晴らしい作品は数多い。1stアルバム『美しき野獣の群れ』と2ndアルバム『さかしま』は文句なしの名盤。しかし、それ以外にも唸らされっ放しだ。特に70年代リリースされた3rdアルバム『THE BEST YEARS OF OUR LIVES』、4thアルバム『TIMELESS FLIGHT』、5thアルバム『LOVE'S A PRIMA DONNA』は、どれも甲乙付けがたい。70年代の代表曲が網羅されたライヴアルバム『FACE TO FACE』は、入門編としてお薦めしたい。とはいえ......僕は3rd以降の国内盤を見かけたことが一度もないのだ。1stと2ndの国内盤も、何度か廃盤になっている。ロック愛好家の間では勿論よく知られているが、日本では今一つ地味な存在のままのコックニー・レベル。その魅力が多くの人々の間に浸透するためにも、ぜひ様々な国内盤が容易に入手出来るようになって欲しい。
(田中大)
【関連サイト】
スティーヴ・ハーリー
『美しき野獣の群れ』収録曲
01. 真夏の秘め事/02. ルーシーのことば/03. ロレッタはプレイガール/04. クレイジー・レイヴァー/05. 悲しみのセバスチャン/06. 嘆きのピエロ/07. 美しき悪徳/08. 俳優ミューリエル/09. カメレオン/10. 死の旅
01. 真夏の秘め事/02. ルーシーのことば/03. ロレッタはプレイガール/04. クレイジー・レイヴァー/05. 悲しみのセバスチャン/06. 嘆きのピエロ/07. 美しき悪徳/08. 俳優ミューリエル/09. カメレオン/10. 死の旅
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