ネリー・ファータド 『ルース』
2024.08.21
ネリー・ファータド
『ルース』2006年作品
Y2K時代のポップ・ミュージックと聞くと、半ば条件反射的に、ブリトニーにクリスティーナ、ビヨンセ、P!NK、シャキーラ、アシャンティ、ファーギー、ジェニファー、アリシア......と、ファーストネームだけで通用する(或いは実際にファーストネームだけで活動していた)女性アーティストたちの顔が次々思い浮かぶのだが、どうもつい忘れてしまうのが、ネリー・ファータドの存在である。それは彼女がカナダ人だからなのか? それとも、当時のアーティストの定型――華美もしくは露出度高めのファッションに身を包んでいて、サウンドはR&Bベース、やはりファーストネームだけで通用する大物プロデューサーたち(マックス・マーティン、ロドニー・ジャーキンス、トリッキー・スチュワート&ザ・ドリーム、ザ・ネプチューンズなどなど)にバックアップされ、曲には時折ラッパーをフィーチャーしたりも――とは相容れない活動をしていたからか?
実際、インディロックを愛して育ったネリーは多勢に与することに抵抗があったともいい、少なくとも最初の2枚のアルバムでは、トレンドへの興味を感じさせなかった。そういう意味では、同時期に頭角を現した同じカナダ人で、他と一線を画すロック路線を突き進んでいたアヴリル・ラヴィーンと似ているのかもしれない。20歳だった2000年に発表したファースト『ネリー・ファータド!』と2003年のセカンド『フォークロア』は、同郷のプロデューサー・ユニット=トラック&フィールド(日本でもそこそこ人気があったフィロソファー・キングスの元メンバー、ジェラルド・イートンとブライアン・ウェストから成る)と制作。ポルトガルからの移民を両親に持つためにポルトガル語とスペイン語も話し、17歳の時からトロントのマルチカルチュラルなコミュニティを拠点に音楽活動をしてきたことから音楽嗜好も多様で、フォークやポップやヒップホップやジャズのほか、ファドやブラジリアン音楽を始めラテン文化圏の音楽の影響をアルバムに落とし込み(セカンドにはカエターノ・ヴェローゾ御大をゲストに迎えていた)、生楽器を多用して、カラフルでアーシーな感触の曲の数々を歌ってきた。艶やかで、時にラップに近いリズミカル&フレキシブルな歌声で。
それがこのサード・アルバム『ルース』に至って、大物プロデューサー(ファーストからのシングル「Turn Off The Light」でリミックスを手掛けたことがあるティンバランド)と組み、まさにR&Bをベースにしたセクシー極まりない音楽を作って、一気に方向転換。我々をビックリさせたネリーは当時26歳、リリースに際したインタヴューを幾つか読み返すと、2003年に娘を産み、育て、かつ娘の父親(最初の2枚のアルバムに参加したDJのリル・ジャズことジャスパー・ガフニア)との別れを体験したことで、それまであった気負いやこだわりがなくなり、自分を解放できたとも話している。他方で、子ども時代に好きだったクイーン・ラティファやMCライトやソルト・ン・ペパなど、男性たちと逞しく渡り合う1980〜90年代の女性ラッパーたちのスピリットにもインスパイアされた彼女は、ここにきて逆に若返って、自由で恐れを知らない、かつプレイフルなパーソナリティを前面に押し出し、ひとりの大人として女性性を謳歌するスリリングなアルバムを完成させたわけだ。雑談したり笑い声を立てたりしている多数のインタールードにも loose(ゆるい)なモードが表れているし、ストーリーテリングを重視していた過去2作品のアプローチから一転、フィーリング重視のシンプルな歌詞に変わったことも特筆すべき点だろう。
もっとも、ティンバランドはファースト・チョイスではなく、当初コラボしていたファレル・ウィリアムズ(ザ・ネプチューンズ)が、ネリーが書いていた曲を聞いて「ティンバランドとやったほうがいい」と助言。試しに1曲作ってみるつもりが、結果的に、ほぼ全曲をティンバランドと彼の片腕ネイト・ヒルズとレコーディングすることになったという。当時のティンバランドはすでに超売れっ子のヒップホップ/R&Bのプロデューサーだったが、『ルース』でのネリーとの関係は、〈大物プロデューサーとヒットが欲しい新人シンガー〉みたいな受け身なものではない。あくまで対等な関係であり、ネリーがハマっていた1980年代ポップや、ふたりがたまたま同時に聞きあさっていたというヘヴィなロックバンド(システム・オブ・ア・ダウンやデス・フロム・アバヴ1979)から得たアイデアを、オハコのチキチキ・ビートに代表されるティンバランドのファンキーなプロダクションに落とし込んだ。ゆえに、冒頭の「Afraid」では不穏な音色のギターが鳴り響き、「Do It」は初期のマドンナを想起させるし、「Maneater」にはホール&オーツの同名の曲へのオマージュを込められていて、「Wait For You」にはいかにもティンバランドらしい中東音楽風のサンプルを使用。スペイン語詞の「No Hay Igual」と「Te Busque」にはラテン・テイストも引き続き取り入れている。当時まだニッチだったレゲトンの要素を消化した前者に対し、バラード仕立ての後者ではコロンビア出身のスーパースター、フアネスとデュエット。フアネスとは2002年に大ヒットした彼のシングル「Fotografia」で共演済みで、昨年もデュエット曲「Gala y Dalí」をリリースしており、もちろん相性の良さがあってこそ20年コラボを続けているのだろうが、ふたりの歌声が混ざると得も言われぬノスタルジアがかき立てられ、本当に気持ちがいい。
そんなわけで、ネリーが自身のマルチカルチュラルでエクレクティックなスタイルをティンバランドの手を借りて進化させた『ルース』は、同様に、ジャスティン・ティンバーレイクが彼と4つに組んで作り上げて本作の3カ月後に発表するセカンド『フューチャー・セックス/ラヴ・サウンズ』共々、双子の名盤と位置付けられるべきなんだろう。これら2作品はどちらも全米ナンバーワンに輝き(ネリーの故郷カナダのチャートでも1位に)、ネリーは2曲、ジャスティンは3曲のシングルをやはり全米チャートの頂点に送り込み、翌年にはティンバランドのアルバム『ティンバランド・プレゼンツ:ショック・ヴァリュー』からのシングル「Give It To Me」にふたりは揃ってヴォーカルを提供。こちらも全米ナンバーワンを記録している。
つまり、この時期のネリーはまさに無敵のポップスターだったのだが、その後の動きはちょっと意外だった。本作で世界で1千万枚というキャリア最大のセールスを達成しながらも、所属していた大手レーベルを離れて、独自のレーベルNelstarを設立。中南米の音楽にインスピレーション源を絞った次のアルバム『Mi Plan』(2009年)は全編スペイン語で、ラテン・チャートで大ヒットを博し、本格的に言語・文化圏を横断して活動域を広げたわけだが、2010年前後と言えば世代交代の時期。レディー・ガガやアデルら、これまたファーストネームだけで通用するパワフルな女性たちがシーンにどっと流れ込んだ。そのせいか、2012年に5作目の『The Spirit Indestructible』でR&B/ポップ路線に回帰した時には居場所がなくなっていた感があったし、2017年の6作目『The Ride』ではインディロック畑のジョン・コングルトンをプロデューサーに起用し、エレクトロ・ファンクで実験したものの、彼女の声の魅力を活かし切れていないように個人的には思った。
それからさらに2人の子どもが相次いで生まれ、子育てを優先していたネリーは、2024年9月末に7年ぶりのアルバム『7』で音楽界にカムバックする予定だ。シングルを聞く限り、本作に通ずるプレイフルネスと解放感が伝わってくるし、彼女にとって新たなピークになるのではないかと大いに期待している。
(新谷洋子)
【関連サイト】
nellyfurtado.com
『ルース』収録曲
01. Afraid/02. Maneater/03. Promiscuous/04. Glow/05. Showtime/06. No Hay Igual/07. Te Busque/08. Say It Right/09. Do It/10. In God's Hands/11. Wait for You/12. Somebady To Love/13. All Good Things (Come To An End)
01. Afraid/02. Maneater/03. Promiscuous/04. Glow/05. Showtime/06. No Hay Igual/07. Te Busque/08. Say It Right/09. Do It/10. In God's Hands/11. Wait for You/12. Somebady To Love/13. All Good Things (Come To An End)
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