音楽 POP/ROCK

バウハウス 『暗闇の天使』

2011.11.15
バウハウス
『暗闇の天使』
1980年作品

Bauhaus_J
 このジャケットを見て、あなたはどんな音を想像するだろうか。暗、深、毒、美、重、幻、尖、烈、夢......。実際に触れた彼らの音世界は、恐らくそのイメージのどれもを裏切らないと思う。ゴシック・ロック、いわゆる〈ゴス〉の創始者的なバンドとして、現在語られることの多いバウハウス。だが彼らがこの1stアルバム『暗闇の天使』をリリースした1980年当時、世の中にはまだ、ゴスというジャンル分けは存在していなかった。

 バウハウスが、英国中部の街・ノーサンプトンで結成されたのは1978年。パンク・ムーヴメントの嵐が一段落した頃である。パンクによって旧態依然とした定型ロックが破壊されたシーンには、パンクを発展させた、より実験的でアート色の強い若手バンドたちが、次々と誕生していた。革新性を共通項にしたそんなポスト・パンクの大きなうねりは、広い括りで〈ニュー・ウェイヴ〉と呼ばれるようになったが、その中で傑出した存在感を放っていたのが、PILと、そしてこのバウハウス。特にバウハウスは、ニュー・ウェイヴのダークサイドの象徴として、カルト的な支持を得ていた。
 彼らのバンド名は、近現代の建築・工業デザイン研究の先駆として伝説となっている、ドイツの芸術造形学校(1919年設立)に由来している。美術学生バンドらしい発想だが、物質と精神、知性と感性、技術と芸術とを一体化した、総合的なアートの完成を目指したその学校の理念に、彼らがスピリット面で共感したのは間違いない。

 漆黒の闇のごとく、聴く者を戦慄させるそのサウンド。そこから漂う背徳的な香り。彼らはその独自の美学を、単に音楽だけでなく、視覚的な要素、つまり、衣装やメイクアップ、演劇的(シアトリカル)な舞台演出やパフォーマンスにも、一貫して反映させていた。「色のついたライトは、クリスマス・ツリーだけでいい」と語っていた彼らは、ステージでは無色の照明のみを使用白めに塗った肌と、黒のアイラインを強調したメイク。ジャケットのデザインも、黒と白を基調にしたモノトーンを多用するなど、妥協を許さぬ完全主義的な徹底ぶり。このようなコンセプトは、後にポジティヴ・パンク〜ゴシックと呼ばれる、数多くのアーティストたちに影響を与えている。
 彼らのデビューは、1979年のシングル「ベラ・ルゴシ・イズ・デッド」(ベラ・ルゴシの死)。ベラ・ルゴシとは、ゴシック映画『魔人ドラキュラ』の吸血鬼役で有名となった俳優の名だ。そのジャケットには、ドイツ表現主義のホラー映画『カリガリ博士』(1919年)のスチール写真が用いられ、ヴォーカルのピーター・マーフィー自身、ヴァンパイア風の黒マントを身にまとったりしたことから、彼らのヴィジュアル・イメージは人々に強烈に焼きつけられた。その1stシングルが好評を得て、4ADと契約を果たした彼ら。4ADは耽美的な作品を多くリリースした、80年代のUKインディペンデントを代表するレーベルの1つである。次の2ndシングル「ダーク・エントリーズ」のジャケには、シュールレアリスム画家ポール・デルヴォーの絵画を使用。官能と死の匂いを結び付けるようなバウハウス音楽と、夢と幻想の世界を描いたデルヴォーの作風が、どれほどマッチしていたことか!

 3枚のシングルを発表後、満を持してリリースしたのが本アルバムだ。通常、音楽ビジネス的には、先行シングルというものはアルバムの見本的役割を果たし、アルバムの売り上げを助けるものであったのに、本作のオリジナル盤には敢えてシングルの曲は一切収録されなかった。
 当時バウハウスと並び、暗黒世界の精神性を音に置き換え、ゴシックの始祖的な存在とも目されているバンドにジョイ・ディヴィジョンがいたが、彼らがあくまで内省的で静謐なダークネスを追求していたのに対し、バウハウスの音にはそういった内に向かう陰鬱さはなかった。特にこの1作目においては、その攻撃性はあくまで外界に向かい、ナイフのように聴き手に容赦なく切りつけてくる。原始的なリズムを無機質なビートで打ち鳴らし、神経を刺激するギザギザしたノイズが炸裂する「イン・ザ・フラット・フィールド」は、彼らの代表曲の1つ。ダニエル・アッシュによるエフェクターを駆使した歪んだギターは、ピーターの歌とせめぎあうかのように、不協和音を生み出す。激しくしなやかな躍動感。狂気を孕んだ叫びから艶やかな深みへと、変幻自在なピーターの声。頽廃とエロティシズムとロマンティシズム。詩的で抽象的な文学性を帯びた歌詞。そのすべてが、不安を駆り立てるヒリヒリしたテンションの中で、絶妙な均衡を成しているのだ。
 彼らはまた、70年代グラムの要素もうまく取り入れていた。4thシングルでカヴァーしたT.レックスの「テレグラム・サム」は、本作のCD盤で聴ける。1982年にはデヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」の新解釈を行なったことも有名だ。

 1983年の解散まで、彼らの第一期活動期間はわずか5年弱だったが(1998年、2005〜08年に再結成)、その後シスターズ・オヴ・マーシー等によって確立された〈ゴス〉を通じ、バウハウスの遺産はヴィジュアル/音楽の両面で、後のマリリン・マンソン、日本では、オート・モッド、X JAPAN(特にhide)、BUCK-TICK、黒夢らの体内に継承されていった。彼らのオリジナル・アルバムの中では、アコギやサックス、ダンス・ビートを取り入れ、よりポップ感を増した2作目をベストに挙げる人もいるし、後期のより実験的で緻密でスケールの大きい作品も、非常に評価は高い。しかし最も生々しく荒々しく、剥き出しの緊張感が火花を散らすこのアルバムには、後のオルタナティヴ・ロックへ受け継がれる、黎明期のニュー・ウェイヴの魅力のほとんどが凝縮されている。またこれは、総合的な美学を表現する新時代ロックの扉を拓いた、記念碑的作品とも言えよう。
(今井スミ)


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『暗闇の天使』収録曲
01. ダブル・デア/02. イン・ザ・フラット・フィールド/03. ゴッド・イン・アン・アルコーブ/04. ダイブ/05. スパイ・イン・ザ・キャブ/06. スモール・トーク・スティンクス/07. セント・バイタス・ダンス/08. スティグマタ・マーター/09. ナーブス

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