音楽 POP/ROCK

ABC 『ルック・オブ・ラヴ』

2012.02.03
ABC
『ルック・オブ・ラヴ』
1982年発表

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 『ルック・オブ・ラヴ』、原題〈The Lexicon of Love〉――愛の辞典。ニュー・ロマンティックと括られた連中が送り出した数多の作品の中でも、群を抜いてロマンティックだった傑作コンセプト・アルバムは、ずばりそのように命名されていた。ジャケットではジェームス・ボンドよろしくスーツに身を包んだ男が、片手に女性を抱きかかえ、もう片方の手には銃を握ってポーズを決めている。裏側を見るとそれが張りぼての舞台セットであることが分かるのだが、本作はまさに映画のように構築された美しい虚構であり、歌い手は役者であり、それでいて、収められているのは恋愛を巡るパーソナル極まりない曲の数々であり、そんなアルバムにぴたりと合致するヴィジュアルとタイトルだ。そう、英国の4人組バンド(当時のラインナップは、ジャケットの〈主演男優〉であるヴォーカルのマーティン・フライ、ドラムスのデヴィッド・パーマー、サックスのスティーヴン・シングルトン、ギターのマーク・ホワイト)、ABCが1982年に全英チャートの頂点に送り込んだデビュー作にして、多くのメディアが史上最高のブリティッシュ・アルバムの1枚に選んだアルバムのことである。80年代リバイバルで近年改めて評価され、2009年にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでBBCオーケストラを従えてアルバム全編を演奏したことも、大きな話題になったものだ。

 そもそも彼らの故郷であるイングランド北部のシェフィールドといえば、キャバレー・ヴォルテールを筆頭にヘヴン17やヒューマン・リーグを輩出したシンセ・ポップ発祥の地。鉄鋼業が主産業であり、不況でさびれていた工場地帯の風景がハードなマシーン・ミュージックをポスト・パンク期の若者たちに作らせたとも言われている。が、ゴールドのラメ・スーツをトレードマークにしていたABCは例外だった。グラムロック直系の美意識と、パンクの「なんでもあり」なDIY主義を受け継ぎ、かつブラック・ミュージックに心酔していた彼らは(ABCは1987年のシングル「ホエン・スモーキー・シングス」でスモーキー・ロビンソンにオマージュを捧げている)、ディスコ・ファンクのリズムとソウルフルな歌心を携え、シアトリカルな様式美とインテリジェンスに貫かれたポップ・ミュージックを志向。それはいわゆる〈ブルー・アイド・ソウル〉と形容することもできるんだろう。そのヴィジョンを実現させるべく、彼らはトレヴァー・ホーンにプロデュースを依頼。のちにZTTレーベルを設立し、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやプロパガンダからグレイス・ジョーンズまでとコラボして、壮麗なオーケストレーションと緻密なプログラミングで80年代のアートポップを磨き上げたトレヴァーにとって、本作はバグルズとイエスのメンバーを経てプロデューサーに転向後、最初に手掛けたアルバムだった。彼は自身のプロダクション・ワークに欠かせない存在となってゆくアレンジャーやミュージシャンを集めて、豪奢なホーンとストリングス、ダンサブルなドラムビート、華麗なピアノなどなどをふんだんにあしらって、『ルック・オブ・ラヴ』のシンフォニックなサウンドを作り上げたのである。

 けれど、トレヴァーの錬金術もさることながら、本作の魅力は楽曲そのもののクオリティにある。マーティンが綴ったのは、単に甘ったるいラヴソングでは全くなかった。彼は実体験を元に、自分の心を弄んだ身勝手な女性との絶望的な駆け引き、そして破局を、甘さと苦さのふたつの極の間を揺らぎながら10の曲に描写。大学で英文学を学び、バンド活動を始める前は音楽ジャーナリストの仕事をしていたとあって、言葉を自在にひねって洒脱でウィット溢れる表現をこれでもかと紡ぎ出しながら――。中でも飛び切りロマンティックな大ヒット・シングル「ルック・オブ・ラヴ」のイントロが聴こえてくるのは、ようやく中盤になってから。アナログなら、B面の1曲目だ。ここからトーンは少し変わってゆく。「なぜ僕を愛してくれないのか?」と慟哭する、テンションに満ちた前半の憤りに代わって、後半を支配するのは、より冷静な距離感とセンチメンタリティ。歌詞から察するに、破局を経てしばし時間を置いて女性と和解したマーティンは(実際、くだんの女性は「ルック・オブ・ラヴ」に声を提供している)、ビター・スウィートな体験を経てなお真の愛の存在を信じて、〈the look of love(愛の眼差し、一瞥)〉を探し続ける......。つまり、ブレイクアップ・アルバムであると同時に、本作はラヴの賛歌でもあるのだ。

 トレヴァーの完全無欠なプロダクションとマーティンのドラマティックなヴォーカル・スタイルも相俟って、往々にして大仰に聴こえるため、若い世代はちょっと違和感を覚えるのかもしれない。でもラメの内側のエモーションは、生傷のようにリアル。どうせ虚構で包むのであれば過剰に、徹底的にやってしまえ!という潔さは、彼らの世代が共有するパンク・スピリットにほかならず、非日常な逃避手段としてのポップ・ミュージックの理想的な在り方なんだと思う。ちなみに、本作に伴うツアーを通じてステージで着用したラメ・ジャケットを、最終公演地だった東京の某ホテルのトイレにマーティンが流した(!)というのも、有名な話。翌年お目見えしたセカンド『ビューティー・スタッブ』ではガラッと方向転換を遂げており、潔くて芝居がかった(厳密には「コミカル」か?)幕引きも、本作にお似合いだったんじゃないだろうか。
(新谷洋子)

【関連サイト】
ABC
ABC(CD)
『ルック・オブ・ラブ』 収録曲
01. ショウミー/02. ポイズン・アロウ/03. メニー・ハッピー・リターンズ/04. 涙まだまだ/05. バレンタイン・デイ/06. ルック・オブ・ラヴ(パート1)/07. デイト・スタンプ/08. 我が心のすべてを/09. 4エバー2ギャザー/10. ルック・オブ・ラヴ(パート4)

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