ザ・ストゥージズ 『ファン・ハウス』
2012.04.19
ザ・ストゥージズ
『ファン・ハウス』
1970年作品
1968年4月にライヴ・デビューしたザ・ストゥージズは、MC5と共に米国デトロイト・ロックの象徴であり、パンクのルーツ・バンドでもある。1969年のファースト『イギー・ポップ・アンド・ザ・ストゥージズ』は、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルがプロデュースし、アート風味とサイケデリック・テイストにまみれたアンバランスな音が最高だった。けどイギーは気に入らず、キングスメン時代に「ルイ・ルイ」でヒットを飛ばしたドン・ガルッチを起用して、まもなくレコーディングに突入。気合満々で1970年に発表したセカンド・アルバムが、世紀のマスターピース『ファン・ハウス』だ。
肉体と精神の限界に挑戦していたライヴのヴァイヴレーションを生のまま真空パック。数秒で場の空気を凍りつかせると同時にめらめら燃え上がらせる、恐ろしい音である。脳髄直撃でギンギンに鳴りまくる艶やかなファズ・ギターで感電させ、ビシッとタイトに引き締まったビートでめった打ちにし、頭の先から急所まで、毛穴もすべて、全身をファックする。イギーのボディのように一切の贅肉を削ぎ落としてワイルドな肝を凝縮したサウンドなのだ。
ダムドとG.B.H.が「アイ・フィール・オールライト」とタイトルを変えてカヴァーした「1970」のカッコよさは、むろん格別。ロンドン・パンクとハードコア・パンクを代表する2バンドが同じ曲をピックアップしているなんて、凄い事実である。ニック・ケイヴのバースデイ・パーティが取り上げた「ルーズ」、さらに「T.V.アイ」といった速い曲も、このアルバムのチャーム・ポイントだ。これらは間違いなくパンク・ロックの源流といえる。
けど『ファン・ハウス』が底なし沼みたいに奥深いのは、やっぱり前人未到の領域に突っ込んでいったロック・アルバムだからである。何かとパンク云々で語られがちなバンドだが、それだけではなかった。たとえば、しょっぱなの「ダウン・オン・ザ・ストリート」はジェイムス・ブラウンのエキスをイッキ飲みして精がついたような曲。じわじわ迫り来る妖気に包まれたスロー・ナンバー「ダート」は、ドアーズの世界にも通じるだろう。アルバム・タイトル曲は、地元(デトロイトはモータウン・サウンドのメッカ)のソウル・ミュージックのグルーヴ感に貫かれ、イギーの原点であるブルースのマグマがゆっくりと流れている。
ジョン・コルトレーンにインスパイアされてサックスを随所に挿入したことも、灼熱の仕上がりに一役買っている。そして見落とされがちなことだが、極めつけはラストの「L.A.ブルース」。これがまたフリー・ジャズのロック解釈と呼ぶべきフリーキー・チューンなのだ。灰野敬二率いる不失者やソニック・ユースなどのフリーフォームなロックの原型も見て取れる。丸く収めずに最期に向かって加速する破壊的な形で終わらせたことが、『ファン・ハウス』のアナーキーなコンセプトを象徴しているように思えてならない。ステージの最後で機材全部を木っ端微塵にし、観客の中に飛び込み、観客の頭の上を歩き、さらに己の肉体を傷つける自虐的なイギーのライヴ・パフォーマンスも想像させる。
むろん、アルバムの核は、リアル・カオスを体現した野放しヴォーカル。喉ちんこがオッ立って暴れ回っている。この頃のイギーは完全にテンパっていて、LSDなどの幻覚剤もやっていたそうだ。本人の弁によれば、当時は自分の知的で常識的な部分を排除するためにドラッグをやりまくっていたということだが、それも頷ける戦慄のヴォーカルである。精神のタイトロープの上を歩くデリケートな歌声から自爆寸前の阿鼻叫喚まで、誰にも止められぬ喜怒哀楽エナジーの乱舞が炸裂している。
何がやりたいんだかわかってないけどやんなきゃ暴発する、そんな衝動に駆られたヴォーカル。これがあるからこそイギーは真にパンク・ヴォーカルのパイオニアだったと言い切れる。既成の音楽にはなかった強引な歌い方だが、その飼い馴らされていないスタイルが、『ファン・ハウス』を通して肉迫してくる。まるでブルースをやりたかったけど黒人になれないことを知って逆噴射し、自暴自棄と化したヴォーカル・スタイルなのだ。
それでもってハードコア・ヴォーカルの始祖であることも、実は見逃せない重要な事実だったりする。従来の歌唱の常識を完膚なきまでにデストロイした怒号。それまで世の中にいわゆる大声で叫ぶシャウトはあっても、憎しみやら悲しみやら憤りやらを満々に溜め込んで一点に向けて猛スピードで吐き出すフラストレーション・スクリームは、あり得なかった。初めてここでイギーが産み落としたのだ。ちなみに『ファン・ハウス』の歌詞は他愛のないものともいえるが、「俺が!俺が!」というトーンが多く、自己との格闘を描いているので、そこもハードコア的といえそうである。
というわけで、ロック史、いや、音楽史に不朽の傷を深々と刻み込んだ『ファン・ハウス』だが、商業的には問題外だったようである。金もなくなり、ドラッグにまみれ、バンドを続ける意欲も失って解散。しばらくしてメンバーが変わってイギー・アンド・ザ・ストゥージズとして再生し、1973年に『ロー・パワー』をリリースしたが、まもなく完全に解散。ドラッグでボロボロになった体のリハビリを経て、イギーはソロ・アーティストとして活動していく。
『ファン・ハウス』が評価され始めたのはパンク・ムーヴメント以降のことで、メロディック・パンクやオルタナティヴ・ロックが浸透した1990年代に人気が定着。今では、問答無用にクールなロックの「経典」として支持を獲得し、ロック史の中で妖しい輝きを放っている。
【関連サイト】
IGGY POP
ザ・ストゥージズ(CD)
『ファン・ハウス』
1970年作品
今も現役のパンクのゴッドファーザーであるイギー・ポップが20代前半にやっていたバンドがザ・ストゥージズだ。2003年には再結成し、来日公演でもノスタルジーで終わらぬライヴをかまして新旧のファンの血を沸騰させた。
1968年4月にライヴ・デビューしたザ・ストゥージズは、MC5と共に米国デトロイト・ロックの象徴であり、パンクのルーツ・バンドでもある。1969年のファースト『イギー・ポップ・アンド・ザ・ストゥージズ』は、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルがプロデュースし、アート風味とサイケデリック・テイストにまみれたアンバランスな音が最高だった。けどイギーは気に入らず、キングスメン時代に「ルイ・ルイ」でヒットを飛ばしたドン・ガルッチを起用して、まもなくレコーディングに突入。気合満々で1970年に発表したセカンド・アルバムが、世紀のマスターピース『ファン・ハウス』だ。
肉体と精神の限界に挑戦していたライヴのヴァイヴレーションを生のまま真空パック。数秒で場の空気を凍りつかせると同時にめらめら燃え上がらせる、恐ろしい音である。脳髄直撃でギンギンに鳴りまくる艶やかなファズ・ギターで感電させ、ビシッとタイトに引き締まったビートでめった打ちにし、頭の先から急所まで、毛穴もすべて、全身をファックする。イギーのボディのように一切の贅肉を削ぎ落としてワイルドな肝を凝縮したサウンドなのだ。
ダムドとG.B.H.が「アイ・フィール・オールライト」とタイトルを変えてカヴァーした「1970」のカッコよさは、むろん格別。ロンドン・パンクとハードコア・パンクを代表する2バンドが同じ曲をピックアップしているなんて、凄い事実である。ニック・ケイヴのバースデイ・パーティが取り上げた「ルーズ」、さらに「T.V.アイ」といった速い曲も、このアルバムのチャーム・ポイントだ。これらは間違いなくパンク・ロックの源流といえる。
けど『ファン・ハウス』が底なし沼みたいに奥深いのは、やっぱり前人未到の領域に突っ込んでいったロック・アルバムだからである。何かとパンク云々で語られがちなバンドだが、それだけではなかった。たとえば、しょっぱなの「ダウン・オン・ザ・ストリート」はジェイムス・ブラウンのエキスをイッキ飲みして精がついたような曲。じわじわ迫り来る妖気に包まれたスロー・ナンバー「ダート」は、ドアーズの世界にも通じるだろう。アルバム・タイトル曲は、地元(デトロイトはモータウン・サウンドのメッカ)のソウル・ミュージックのグルーヴ感に貫かれ、イギーの原点であるブルースのマグマがゆっくりと流れている。
ジョン・コルトレーンにインスパイアされてサックスを随所に挿入したことも、灼熱の仕上がりに一役買っている。そして見落とされがちなことだが、極めつけはラストの「L.A.ブルース」。これがまたフリー・ジャズのロック解釈と呼ぶべきフリーキー・チューンなのだ。灰野敬二率いる不失者やソニック・ユースなどのフリーフォームなロックの原型も見て取れる。丸く収めずに最期に向かって加速する破壊的な形で終わらせたことが、『ファン・ハウス』のアナーキーなコンセプトを象徴しているように思えてならない。ステージの最後で機材全部を木っ端微塵にし、観客の中に飛び込み、観客の頭の上を歩き、さらに己の肉体を傷つける自虐的なイギーのライヴ・パフォーマンスも想像させる。
むろん、アルバムの核は、リアル・カオスを体現した野放しヴォーカル。喉ちんこがオッ立って暴れ回っている。この頃のイギーは完全にテンパっていて、LSDなどの幻覚剤もやっていたそうだ。本人の弁によれば、当時は自分の知的で常識的な部分を排除するためにドラッグをやりまくっていたということだが、それも頷ける戦慄のヴォーカルである。精神のタイトロープの上を歩くデリケートな歌声から自爆寸前の阿鼻叫喚まで、誰にも止められぬ喜怒哀楽エナジーの乱舞が炸裂している。
何がやりたいんだかわかってないけどやんなきゃ暴発する、そんな衝動に駆られたヴォーカル。これがあるからこそイギーは真にパンク・ヴォーカルのパイオニアだったと言い切れる。既成の音楽にはなかった強引な歌い方だが、その飼い馴らされていないスタイルが、『ファン・ハウス』を通して肉迫してくる。まるでブルースをやりたかったけど黒人になれないことを知って逆噴射し、自暴自棄と化したヴォーカル・スタイルなのだ。
それでもってハードコア・ヴォーカルの始祖であることも、実は見逃せない重要な事実だったりする。従来の歌唱の常識を完膚なきまでにデストロイした怒号。それまで世の中にいわゆる大声で叫ぶシャウトはあっても、憎しみやら悲しみやら憤りやらを満々に溜め込んで一点に向けて猛スピードで吐き出すフラストレーション・スクリームは、あり得なかった。初めてここでイギーが産み落としたのだ。ちなみに『ファン・ハウス』の歌詞は他愛のないものともいえるが、「俺が!俺が!」というトーンが多く、自己との格闘を描いているので、そこもハードコア的といえそうである。
というわけで、ロック史、いや、音楽史に不朽の傷を深々と刻み込んだ『ファン・ハウス』だが、商業的には問題外だったようである。金もなくなり、ドラッグにまみれ、バンドを続ける意欲も失って解散。しばらくしてメンバーが変わってイギー・アンド・ザ・ストゥージズとして再生し、1973年に『ロー・パワー』をリリースしたが、まもなく完全に解散。ドラッグでボロボロになった体のリハビリを経て、イギーはソロ・アーティストとして活動していく。
『ファン・ハウス』が評価され始めたのはパンク・ムーヴメント以降のことで、メロディック・パンクやオルタナティヴ・ロックが浸透した1990年代に人気が定着。今では、問答無用にクールなロックの「経典」として支持を獲得し、ロック史の中で妖しい輝きを放っている。
(行川和彦)
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ザ・ストゥージズ(CD)
『ファン・ハウス』収録曲
01. ダウン・オン・ザ・ストリート/02. ルース/03. T.V.アイ/04. ダート/05. 1970/06. ファン・ハウス/7. L.A.ブルース
01. ダウン・オン・ザ・ストリート/02. ルース/03. T.V.アイ/04. ダート/05. 1970/06. ファン・ハウス/7. L.A.ブルース
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