スパンダー・バレエ 『トゥルー』
2015.04.23
スパンダー・バレエ
『トゥルー』
1983年作品
なぜこんな話から始めたかというと、スパンダー・バレエのサード・アルバム『トゥルー』(1983年)はまさにそういう上昇志向の表れであり、自然な進化形だったからだ。立て続けに登場した最初の3作品を続けて聴くと確かに変化は劇的だが、結果的に本作は彼らにとって初の全英ナンバーワン・アルバムとなり、キャリア最大のヒットを記録。2年前のBBCラジオのインタヴューで、ギタリスト兼ソングライターのゲイリー・ケンプは次のような興味深い発言をしていた。「僕らはあえて商業的になってレコードをたくさん売ることを、抵抗の手段と見做していたのさ」
そう、ロンドンの同じ学校に通うゲイリー、ジョン・キーブル(ドラムス)、スティーヴ・ノーマン(サックス、パーカッション)、トニー・ハドリー(ヴォーカル)、ゲイリーの弟マーティン(ベース)の5人がパンクに触発されて結成したこのバンドは、当初はニュー・ロマンティックの震源地だった人気クラブ「ブリッツ」を拠点にし、ムーヴメントの旗手としてデビュー。ファースト『Journeys to Glory』(1981年)は全英チャート5位を記録し、トップ10ヒットを次々放っていたのだが、彼らはそれだけでは満足せずに一念発起。コスプレじみたファッションをシャープなスーツに変え、エッジのあるダンサブルなエレクトロ・ファンクから、メロディックで洗練されたブルーアイド・ソウル・ポップへとサウンドを刷新し、抽象的だった歌詞は恋愛にまつわるパーソナルな内容へとシフトさせたのである。レコーディングもグラマラスに、バハマのコンパスポイント・スタジオで敢行。ご存知、アイランド・レコードの創始者クリス・ブラックウェルが所有し、数多の名盤が誕生した場所だ。そしてプロデューサーに起用したのは、1980年代を通じてバナナラマやキム・ワイルドなどポップ・アーティストのヒット作を手掛けた、スティーヴ・ジョリーとトニー・スウェインの英国人コンビである。
もっとも、5人はただ売れたいためにソウルを気取ったわけじゃない。一方でグラムロックをこよなく愛してデヴィッド・ボウイを崇め、クラフトワークのようなヨーロッパ発の先鋭的なエレクトロニック・アーティストに刺激を受けていた彼らだが、同時にブラック・ミュージックへの造詣も深かった。昨年公開されたバンドのドキュメンタリー映画が『Soul Boys of the Western World』と題されていたように、少年時代はソウル・ボーイズ(モッズの進化形で、ソウルやファンクがかかるクラブに集ったワーキング・クラスのお洒落な若者たち)だったそうで、言わばルーツに立ち返っただけ。ゲイリーが曲作りのインスピレーションを得たのは、4週間全英ナンバーワンを独走したお馴染みの表題曲でオマージュを捧げるマーヴィン・ゲイや、アル・グリーンだ(「トゥルー」が多くのヒップホップ・アーティストにサンプリングされたことも、スパンダー・バレエのソウルのオーセンティシティを証明したようなもの?)。ドラマティックなメロディや率直な言葉は、トニーの本来の古風なヴォーカル・スタイルと圧巻の声量に相応しく、歌い手としてここにきて本領を発揮するキャンバスを得たとも言えるんだろう。また、元々ギタリストだったスティーヴがサックスとパーカッションをプレイし始めたことも、路線変更のカタリストとなったといい、サックスの音こそ従来との違いを最も端的に示す要素なのかもしれない。
そんなサックスの音を早速ふんだんに盛り込んだ「プレジャー」から始まる本作は、表題曲のイメージが非常に強いものの、「トゥルー」は実はアルバムで唯一のバラード。基本的にはダンサブルでファンキーな作品であり、クラブが育てたバンドという出自がクリアに窺える。2曲目のファースト・シングル「コミュニケイション」を経て、ジャジーでメロウな「コード・オブ・ラヴ」でひと息ついたあとはテンションを上げて、これまた大ヒットしたセカンド・シングル「ゴールド」(2012年のロンドン五輪の期間中には各競技会場でもラジオでもかかりまくったそうだ)以降、アップテンポの曲ーー「ライフライン」「ヘヴン・イズ・ア・シークレット」「ファウンデーション」ーーがずらりと続き、ラストで一気にスローダウン。ここにきて「トゥルー」のイントロが悠々と聴こえてくる。そもそも5分半という長尺のシングル曲だったが、アルバム・ヴァージョンは6分半! ゆったりと、アルバムそのものの余韻に浸るようにしてエンディングを迎えるのだ。
その「トゥルー」は約20カ国のチャートで1位に輝いて、アメリカでも初めてヒットを記録し(最高4位)、バンドはアンダーグラウンドなユース・カルチャーの枠を超えてメインストリームへ進出。第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンをデュラン・デュランらと牽引することになり、1990年に一旦解散したのち再結成を果たして、いまだ現役。来年結成30周年を迎える。でも最近起きたとある出来事から察するに、彼らが自分たちの出発点に強い愛着を抱いていることに疑いはなさそうだ。3月半ば、ヴィザージュとして音楽活動をしながら「ブリッツ」を主宰していたニュー・ロマンティックの祖スティーヴ・ストレンジの葬儀で、白い棺をボーイ・ジョージと一緒に担いでいたのは、ほかでもなく3人のスパンダー・バレエのメンバーだったのだから......。
【関連サイト】
Spandau Ballet
Spandau Ballet(CD)
『トゥルー』
1983年作品
ヒット曲を書いてスターになってやる!と野心を持つことが、ロック界ではカッコ悪いと見做されるようになったのは、ニルヴァーナが登場してアメリカのオルタナティヴ・ロックが台頭してからだろうか。1980年代までは、いわゆる「セルアウト」というコンセプトはなかった気がする。殊に階級社会の英国では、ワーキング・クラスの若者が社会的地位と富を手にするには、ポップスターになるかスポーツ選手になるしか方法はなく、上を目指すことは奨励されたという。だからかつてのインディ・バンドはみんなメジャーを志し、あのザ・スミスだって例外じゃなかった。
なぜこんな話から始めたかというと、スパンダー・バレエのサード・アルバム『トゥルー』(1983年)はまさにそういう上昇志向の表れであり、自然な進化形だったからだ。立て続けに登場した最初の3作品を続けて聴くと確かに変化は劇的だが、結果的に本作は彼らにとって初の全英ナンバーワン・アルバムとなり、キャリア最大のヒットを記録。2年前のBBCラジオのインタヴューで、ギタリスト兼ソングライターのゲイリー・ケンプは次のような興味深い発言をしていた。「僕らはあえて商業的になってレコードをたくさん売ることを、抵抗の手段と見做していたのさ」
そう、ロンドンの同じ学校に通うゲイリー、ジョン・キーブル(ドラムス)、スティーヴ・ノーマン(サックス、パーカッション)、トニー・ハドリー(ヴォーカル)、ゲイリーの弟マーティン(ベース)の5人がパンクに触発されて結成したこのバンドは、当初はニュー・ロマンティックの震源地だった人気クラブ「ブリッツ」を拠点にし、ムーヴメントの旗手としてデビュー。ファースト『Journeys to Glory』(1981年)は全英チャート5位を記録し、トップ10ヒットを次々放っていたのだが、彼らはそれだけでは満足せずに一念発起。コスプレじみたファッションをシャープなスーツに変え、エッジのあるダンサブルなエレクトロ・ファンクから、メロディックで洗練されたブルーアイド・ソウル・ポップへとサウンドを刷新し、抽象的だった歌詞は恋愛にまつわるパーソナルな内容へとシフトさせたのである。レコーディングもグラマラスに、バハマのコンパスポイント・スタジオで敢行。ご存知、アイランド・レコードの創始者クリス・ブラックウェルが所有し、数多の名盤が誕生した場所だ。そしてプロデューサーに起用したのは、1980年代を通じてバナナラマやキム・ワイルドなどポップ・アーティストのヒット作を手掛けた、スティーヴ・ジョリーとトニー・スウェインの英国人コンビである。
もっとも、5人はただ売れたいためにソウルを気取ったわけじゃない。一方でグラムロックをこよなく愛してデヴィッド・ボウイを崇め、クラフトワークのようなヨーロッパ発の先鋭的なエレクトロニック・アーティストに刺激を受けていた彼らだが、同時にブラック・ミュージックへの造詣も深かった。昨年公開されたバンドのドキュメンタリー映画が『Soul Boys of the Western World』と題されていたように、少年時代はソウル・ボーイズ(モッズの進化形で、ソウルやファンクがかかるクラブに集ったワーキング・クラスのお洒落な若者たち)だったそうで、言わばルーツに立ち返っただけ。ゲイリーが曲作りのインスピレーションを得たのは、4週間全英ナンバーワンを独走したお馴染みの表題曲でオマージュを捧げるマーヴィン・ゲイや、アル・グリーンだ(「トゥルー」が多くのヒップホップ・アーティストにサンプリングされたことも、スパンダー・バレエのソウルのオーセンティシティを証明したようなもの?)。ドラマティックなメロディや率直な言葉は、トニーの本来の古風なヴォーカル・スタイルと圧巻の声量に相応しく、歌い手としてここにきて本領を発揮するキャンバスを得たとも言えるんだろう。また、元々ギタリストだったスティーヴがサックスとパーカッションをプレイし始めたことも、路線変更のカタリストとなったといい、サックスの音こそ従来との違いを最も端的に示す要素なのかもしれない。
そんなサックスの音を早速ふんだんに盛り込んだ「プレジャー」から始まる本作は、表題曲のイメージが非常に強いものの、「トゥルー」は実はアルバムで唯一のバラード。基本的にはダンサブルでファンキーな作品であり、クラブが育てたバンドという出自がクリアに窺える。2曲目のファースト・シングル「コミュニケイション」を経て、ジャジーでメロウな「コード・オブ・ラヴ」でひと息ついたあとはテンションを上げて、これまた大ヒットしたセカンド・シングル「ゴールド」(2012年のロンドン五輪の期間中には各競技会場でもラジオでもかかりまくったそうだ)以降、アップテンポの曲ーー「ライフライン」「ヘヴン・イズ・ア・シークレット」「ファウンデーション」ーーがずらりと続き、ラストで一気にスローダウン。ここにきて「トゥルー」のイントロが悠々と聴こえてくる。そもそも5分半という長尺のシングル曲だったが、アルバム・ヴァージョンは6分半! ゆったりと、アルバムそのものの余韻に浸るようにしてエンディングを迎えるのだ。
その「トゥルー」は約20カ国のチャートで1位に輝いて、アメリカでも初めてヒットを記録し(最高4位)、バンドはアンダーグラウンドなユース・カルチャーの枠を超えてメインストリームへ進出。第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンをデュラン・デュランらと牽引することになり、1990年に一旦解散したのち再結成を果たして、いまだ現役。来年結成30周年を迎える。でも最近起きたとある出来事から察するに、彼らが自分たちの出発点に強い愛着を抱いていることに疑いはなさそうだ。3月半ば、ヴィザージュとして音楽活動をしながら「ブリッツ」を主宰していたニュー・ロマンティックの祖スティーヴ・ストレンジの葬儀で、白い棺をボーイ・ジョージと一緒に担いでいたのは、ほかでもなく3人のスパンダー・バレエのメンバーだったのだから......。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Spandau Ballet
Spandau Ballet(CD)
『トゥルー』収録曲
01. プレジャー/02. コミュニケイション/03. コード・オブ・ラヴ/04. ゴールド/05. ライフライン/06. ヘヴン・イズ・ア・シークレット/07. ファウンデーション/08. トゥルー
01. プレジャー/02. コミュニケイション/03. コード・オブ・ラヴ/04. ゴールド/05. ライフライン/06. ヘヴン・イズ・ア・シークレット/07. ファウンデーション/08. トゥルー
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