音楽 POP/ROCK

ザ・ジャム 『サウンド・アフェクツ』

2015.09.18
ザ・ジャム
『サウンド・アフェクツ』

1980年作品


the jam j1
 ポール・ウェラーはうしろを振り返りたがらない人だ。それどころか、やりたいことがあり過ぎて創作のスピードが追い付かないことに、常に焦りを感じているようなアーティストだ。思えば最初のバンド、ザ・ジャムのデビュー作『イン・ザ・シティ』が登場した1977年から、これまで約40年間に実に計22枚のアルバムを制作。続々新譜が届くため、我々聴き手にもうしろを振り返る暇を与えないし、殊に近年は新たに黄金期を迎えて、傑作を連発中。2015年10月に控えた3年ぶりの来日公演では、さる5月に発表した最新作『サターンズ・パターン』の曲が楽しみでしょうがないーーという気持ちにさせてしまうのも、この人ならではだ。

 そんな彼のアンチ・ノスタルジア主義を最初に印象付けたのは、当時6作目のアルバム『ザ・ギフト』で初の全英1位を獲得し、人気の絶頂にあったザ・ジャムーーポール(ヴォーカル、ギター)、ブルース・フォクストン(ベース)、リック・バックラー(ドラムス)ーーを1982年末に潔く解散させた時だろう。14歳にして結成したバンドだから、すでにキャリアは10年。音楽的にも人間としても知識と体験をハイペースで蓄え、トリオのロックバンドに限界を感じて他のメンバーに「辞める」と宣告した彼は、1983年3月には新バンドのスタイル・カウンシルのシングルを発表していたっけ。以後長い間ザ・ジャムの曲を封印し、インタヴューで語ることも避けていたものの、そんなポールが今でも「お気に入り」と明言して憚らないザ・ジャムのアルバムがある。5作目『サウンド・アフェクツ(Sound Affects)』(1980年/全英最高2位)だ。

 前置きが長くなってしまったが、もう少し本作に至るまでのザ・ジャムについて補足しておこう。というのも、彼らは非常にユニークな存在だった。頭角を現したのはパンク勢と同時期であり、スピリットを共有していながらも、年は少々若く、拠点にしていたのはパンクの震源地ロンドンではなく郊外の町ウォーキング。そんな3人は専らアウトサイダー視され、彼ら自身もパンクから一定の距離を置いて独自の道を歩んでいった。そう、音楽観においては過去を否定するパンクではなく、歴史を尊重するモッズであり、セカンド『ザ・モダン・ワールド』(1977年)までは音楽的にパンクとカテゴライズ可能だったものの、サード『オール・モッド・コンズ』(1978年)に至ると、ザ・キンクスやザ・フーに倣ったキャラクターを介したストーリーテリングを実践。4作目『セッティング・サンズ』(1979年)では、3人の若者を主人公に英国社会の様々な問題を検証する緩いコンセプト・アルバムにも挑み、サウンドもどんどん作り込んで厚みを増してゆく。

 そして1980年代に突入し、パンクからポストパンクへと音楽シーンがシフトしてゆく中、ポールはワイヤーやジョイ・ディヴィジョンやXTCといったバンドに刺激を受け、他方で1960年代のサイケデリック・ロックを掘り下げて、同時にブラック・ミュージックへの傾倒も深め、3つの方向に音楽的好奇心を広げていた。それゆえに彼は『サウンド・アフェクツ』を「ザ・ビートルズの『リボルバー』(ザ・ジャムの2曲目のナンバーワン・シングルとなった「スタート」は『リボルバー』のオープニング曲「タックスマン」からベースラインを拝借している)とマイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』のミクスチュア」と評してもいたが、前作の密な音から一転、エッジーかつシンプルなアプローチで多様な影響源を消化し、完成度申し分ないポップソング集に仕上げてみせたのである。

 また思想面でもこの頃の彼は、イングランド人としてのアイデンティティの源流を求めてアーサー王の物語について学んだり、ウィリアム・ブレイクやパーシー・シェリーといったロマン派の異端詩人たちの作品を読み耽っていたといい(本作のジャケット裏には、労働者の集会を政府が武力弾圧して多くの死傷者を出したピータールー事件に因む、シェリーの抵抗の詩「The Masque of Anarchy」の一部を引用している)、「ワーキング・クラスの声を代弁するアングリー・ヤング・マン」というポジションを確立していたポールは、理想的な社会の在り方をより明確に描き、リアリティとの落差を突くようにして筆を揮っている。アコースティックなサウンドに静かな怒りを潜めた名曲「ザッツ・エンターテインメント」には、そのワーキング・クラスの人々の日常を断片的にスケッチし(切り裂かれたバスの座席、サッカーのボールを蹴る音、消えかかった街灯......)、「マン・イン・ザ・コーナー・ショップ」では工場主と労働者と雑貨屋の店主の想いを交錯させて、階級社会の縮図を提示。ファンキーなリズムに裏打ちされた「プリティー・グリーン」は、現代社会ではお金(〈pretty green〉はお金を意味する俗語)と暴力だけものを言うのだとシニカルに説き、「セット・ザ・ハウス・アブレイズ」はファシズムに傾倒する友人に警告を発して、ポストパンク節の鋭角的なギターを響かせる「スクレイプ・アウェイ」も、憎悪に支配されて理想を抱くことを諦めた若者を厳しく諫めている。

 このように曲の内容を辿ってみると、上から目線の説教臭いアルバムのような印象を与えかねないが、ポールの作品の中でも最も美しいメロディのひとつに貫かれた「マンデー」と「ディファレント・ナウ」の2曲のラヴソングは、とことん謙虚。それまでの自分の行ないに恥じ入り、成長したい、進化したいという願望を映している。前述したように、ザ・ジャムはさらに1年半後に『ザ・ギフト』(スタイル・カウンシルの到来を予告するようにソウル色を強めていた)を発表してから解散に至るのだが、本作にはすでにいい意味での焦燥感が表れており、スターダムの縛りを憂う「ボーイ・アバウト・タウン」でも彼は、「風に舞う紙切れみたいに生きたい」と歌う。「紙切れ」というのは謙遜し過ぎだけど、気の向くまま、音楽が導くままに歩むその後30年の活動スタンスを、ポールはすでにここで予告していたようだ。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Paul Weller
Paul Weller(CD)
『サウンド・アフェクツ』収録曲
01. プリティー・グリーン/02. マンデー/03. ディファレント・ナウ/04. セット・ザ・ハウス・アブレイズ/05. スタート/06. ザッツ・エンターテインメント/07. ドリーム・タイム/08. マン・イン・ザ・コーナー・ショップ/09. ミュージック・フォー・ザ・ラスト・カップル/10. ボーイ・アバウト・タウン/11. スクレイプ・アウェイ

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