カイリー・ミノーグ 『インポッシブル・プリンセス』
2015.12.25
カイリー・ミノーグ
『インポッシブル・プリンセス』
1997年作品
国民的アイドルだったカイリーのキュートでフレッシュなイメージと、PWLのキッチュなシンセ・サウンドは抜群の相性を誇り、このコンビで実に15曲の全英トップ10シングルを送り出したものの、やがて彼女が、より多様な表現や曲作りに興味を抱き、ミュージシャンとしての評価を望むようになったのは自然な成り行きなのだろう。1990年代初めにINXSの故マイケル・ハッチェンスと交際して、クリエイティヴな刺激を受けたことも関係しているようだが、一念発起して1992年にPWLと訣別し、deconstructionに移籍。deconstructionはポスト・アシッドハウスのエッジーなダンス・ポップを発信したレーベルで、PWLが〈ディスコ〉なら、こちらは〈クラブ〉といったところか? 当時同レーベルに所属していたペット・ショップ・ボーイズやMピープルの参加を得てレコーディングを行なったカイリーは、26歳だった1994年、ずばり『カイリー・ミノーグ』と題された移籍第一弾を発表している。
同作で披露した実験的な新路線に夢中になった彼女は、続いてニック・ケイヴとのデュエット曲「Where the Wild Roses Grow」もリリースし、それから2年近くを費やして、初めて大半の曲を自ら綴ってプロダクションにも携わり、さらに実験に勤しんだ本作『インポッシブル・プリンセス』(1997年)を制作。まさに反抗期たけなわのオルタナティヴなカイリーが開花した、30年を数えるキャリアにおいて最も異彩を放つアルバムを完成させている。何たって先行シングル「Some Kind of Bliss」で組んだのはマニック・ストリート・プリーチャーズ。ヴォーカルのジェイムズのギターソロをフィーチャーしたロックンロールにお馴染みの声を乗せて、巷を大いに驚かせたものだ。実はマニックスは元々彼女の大ファンだったため、これは念願のコラボ(1992年の彼らのシングル「Little Baby Nothing」はカイリーのゲスト参加を想定した書いた曲だったが、ギャラが折り合わずコラボを断念した)。カイリーにとっても生バンドでレコーディングするのはキャリア初だったそうで、かなり印象的なセッションになったらしい。
そのマニックスはギターロック・ソングをもう1曲(「I Don't Need Anyone」)本作に提供しているが、ほかにも、前作でも活躍したブラザーズ・イン・リズム、元ソフト・セルのデイヴ・ボール、シネマティックな作風で知られる同郷の奇才ロブ・ドゥーガンが、コラボレーターとして参加。彼らの手を借りてカイリーは、自分が抱える不安感やプレッシャーやコンプレックス、或いは恋愛について綴ったどれも内省的な曲を、幅広いスタイルで表現している。冒頭の「Too Far」や「Drunk」はアンビエントなドラムンベースに、「Limbo」はテクノに寄り、「Did It Again」ではビッグ・ビートに同調して、「Jump」や「Through the Years」はトリップホップに近い影で包み、「Cowboy Style」ではフィドルの音を用いてアイリッシュ風のエレクトロニカに挑戦。そんな多様なアルバムを、「Too Far」で聴こえた弦楽器の音をラストのバラード「Dreams」にも配して束ね、「見かけに騙されてはいけない/これは存在し得ないお姫さま(Impossible Princess)の夢」とアイドル像を否定するかのような詞を歌いつつ、「夢を信じ続けて」と繰り返して締め括る。
ライヴ・パフォーマンスにおいてもちょうどこの頃、現在も彼女を支えるクリエイティヴ・ディレクターのウィリアム・ベイカーと出会って、シアトリカルな演出で新境地を拓いたカイリーは、ARIA賞(オーストラリアのグラミー賞に相当)で初めて最優秀アルバム賞候補に挙がり、望み通りの評価を得た。が、決して従来のファンに受け入れられたわけではなくセールスは苦戦し、この時期を「乱心期」と見る人も少なくない。結局その後deconstructionが廃止され、新たに大手レーベルに移った彼女は、2000年のアルバム『Light Years』でメインストリームに復帰。さらに翌年あのモンスター・ヒット「熱く胸を焦がして」が生まれて、ポップの女王の座に返り咲いた。とはいえ、単に元いた場所に帰ったわけではない。以来、自らクリエイティヴな主導権を握り、常にトレンドに目を向け、新しい才能とコラボしながら質の高い、かつパーソナルな趣を湛えた作品を作り続けたカイリーは、問答無用のスーパースターでありながらも、リアルで親しみやすい女性像をいつも提示してきた。それが可能だったのも、deconstruction時代にリセットしたからこそ。迷走? 迂回? いやいや、これは彼女の裏名盤であり、1990年代の隠れた傑作だと思っている。
【関連サイト】
Kylie Minogue
『インポッシブル・プリンセス』
1997年作品
それはマネージャーなのかプロデューサーなのか、はたまたレコード会社なのか、パワフルな後ろ盾を得て大成功を収めたものの、だんだん他人にコントロールされることを窮屈に感じて、ついには〈独立〉を宣言するーー。以前取り上げたマライア・キャリーの『バタフライ』はまさにそういう独立宣言だったし、ベイビーフェイスとL.A.リードのバックアップでデビューしたP!NKなどは、早々とセカンド・アルバムにして独自の道を歩み始めた。このカイリー・ミノーグの場合、転機が訪れたのはデビューから7年を経た頃。子役女優として活躍し、地元オーストラリアの長寿ドラマ『Neighbours』で人気を博したのちシンガーに転向した彼女、最初の4枚のアルバムはほぼ全面的に、数々のユーロビートのヒット曲で一世を風靡した英国のプロデューサー・チーム=ストック・エイトケン・ウォーターマンと制作。所属レーベルも彼らが主宰するPWLだった。
国民的アイドルだったカイリーのキュートでフレッシュなイメージと、PWLのキッチュなシンセ・サウンドは抜群の相性を誇り、このコンビで実に15曲の全英トップ10シングルを送り出したものの、やがて彼女が、より多様な表現や曲作りに興味を抱き、ミュージシャンとしての評価を望むようになったのは自然な成り行きなのだろう。1990年代初めにINXSの故マイケル・ハッチェンスと交際して、クリエイティヴな刺激を受けたことも関係しているようだが、一念発起して1992年にPWLと訣別し、deconstructionに移籍。deconstructionはポスト・アシッドハウスのエッジーなダンス・ポップを発信したレーベルで、PWLが〈ディスコ〉なら、こちらは〈クラブ〉といったところか? 当時同レーベルに所属していたペット・ショップ・ボーイズやMピープルの参加を得てレコーディングを行なったカイリーは、26歳だった1994年、ずばり『カイリー・ミノーグ』と題された移籍第一弾を発表している。
同作で披露した実験的な新路線に夢中になった彼女は、続いてニック・ケイヴとのデュエット曲「Where the Wild Roses Grow」もリリースし、それから2年近くを費やして、初めて大半の曲を自ら綴ってプロダクションにも携わり、さらに実験に勤しんだ本作『インポッシブル・プリンセス』(1997年)を制作。まさに反抗期たけなわのオルタナティヴなカイリーが開花した、30年を数えるキャリアにおいて最も異彩を放つアルバムを完成させている。何たって先行シングル「Some Kind of Bliss」で組んだのはマニック・ストリート・プリーチャーズ。ヴォーカルのジェイムズのギターソロをフィーチャーしたロックンロールにお馴染みの声を乗せて、巷を大いに驚かせたものだ。実はマニックスは元々彼女の大ファンだったため、これは念願のコラボ(1992年の彼らのシングル「Little Baby Nothing」はカイリーのゲスト参加を想定した書いた曲だったが、ギャラが折り合わずコラボを断念した)。カイリーにとっても生バンドでレコーディングするのはキャリア初だったそうで、かなり印象的なセッションになったらしい。
そのマニックスはギターロック・ソングをもう1曲(「I Don't Need Anyone」)本作に提供しているが、ほかにも、前作でも活躍したブラザーズ・イン・リズム、元ソフト・セルのデイヴ・ボール、シネマティックな作風で知られる同郷の奇才ロブ・ドゥーガンが、コラボレーターとして参加。彼らの手を借りてカイリーは、自分が抱える不安感やプレッシャーやコンプレックス、或いは恋愛について綴ったどれも内省的な曲を、幅広いスタイルで表現している。冒頭の「Too Far」や「Drunk」はアンビエントなドラムンベースに、「Limbo」はテクノに寄り、「Did It Again」ではビッグ・ビートに同調して、「Jump」や「Through the Years」はトリップホップに近い影で包み、「Cowboy Style」ではフィドルの音を用いてアイリッシュ風のエレクトロニカに挑戦。そんな多様なアルバムを、「Too Far」で聴こえた弦楽器の音をラストのバラード「Dreams」にも配して束ね、「見かけに騙されてはいけない/これは存在し得ないお姫さま(Impossible Princess)の夢」とアイドル像を否定するかのような詞を歌いつつ、「夢を信じ続けて」と繰り返して締め括る。
ライヴ・パフォーマンスにおいてもちょうどこの頃、現在も彼女を支えるクリエイティヴ・ディレクターのウィリアム・ベイカーと出会って、シアトリカルな演出で新境地を拓いたカイリーは、ARIA賞(オーストラリアのグラミー賞に相当)で初めて最優秀アルバム賞候補に挙がり、望み通りの評価を得た。が、決して従来のファンに受け入れられたわけではなくセールスは苦戦し、この時期を「乱心期」と見る人も少なくない。結局その後deconstructionが廃止され、新たに大手レーベルに移った彼女は、2000年のアルバム『Light Years』でメインストリームに復帰。さらに翌年あのモンスター・ヒット「熱く胸を焦がして」が生まれて、ポップの女王の座に返り咲いた。とはいえ、単に元いた場所に帰ったわけではない。以来、自らクリエイティヴな主導権を握り、常にトレンドに目を向け、新しい才能とコラボしながら質の高い、かつパーソナルな趣を湛えた作品を作り続けたカイリーは、問答無用のスーパースターでありながらも、リアルで親しみやすい女性像をいつも提示してきた。それが可能だったのも、deconstruction時代にリセットしたからこそ。迷走? 迂回? いやいや、これは彼女の裏名盤であり、1990年代の隠れた傑作だと思っている。
(新谷洋子)
【関連サイト】
Kylie Minogue
『インポッシブル・プリンセス』収録曲
01. Too Far/02. Cowboy Style/03. Some Kind of Bliss/04. Did It Again/05. Breathe/06. Say Hey/07. Drunk/08. I Don't Need Anyone/09. Jump/10. Limbo/11. Through the Years/12. Dreams
01. Too Far/02. Cowboy Style/03. Some Kind of Bliss/04. Did It Again/05. Breathe/06. Say Hey/07. Drunk/08. I Don't Need Anyone/09. Jump/10. Limbo/11. Through the Years/12. Dreams
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