音楽 POP/ROCK

テンプル・オブ・ザ・ドッグ 『テンプル・オブ・ザ・ドッグ』

2016.12.17
テンプル・オブ・ザ・ドッグ
『テンプル・オブ・ザ・ドッグ』

1991年作品


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 「スーパーグループ」と言えばご存知、クリームやトラヴェリング・ウィルベリーズのように、別途すでに成功を収めているバンドのメンバー/ソロ・アーティストから成るグループを指す。先頃(2016年)誕生25周年を記念するツアーを行なったこのテンプル・オブ・ザ・ドッグ(以下TOTD)の場合は、「先取り型スーパーグループ」と呼ぶべきなのだろうか? 何しろTOTDを構成していたのは、その後相次いで世界的ブレイクを果たして一大ムーヴメントの立役者となる、2組のバンドのメンバー。まさに嵐の前夜に、仲間の死を悼むために集まった彼らがアルバムを1枚完成させたのは、全くの想定外だった。

 その「仲間」とは、シアトルのアンダーグラウンドなロック界で、1980年代初めからマルファンクシャンのフロントマンとして活動していたアンドリュー・ウッドだ。マルファンクシャン解散後の1988年には、元グリーン・リヴァーのストーン・ゴサード(リズム・ギター)とジェフ・アメン(ベース)を誘って、マザー・ラヴ・ボーンを結成。写真や映像から窺える通り、フレディ・マーキュリーをインスピレーション源に仰ぐ彼は、カリスマティックなショウマンで、地元では広く愛されていたという。しかし、ようやくメジャー・レーベルとの契約を手にしたものの、以前から抱えていたドラッグ癖が深刻化。デビュー作『アップル』のリリースを1カ月先に控えた1990年3月、過剰摂取が原因で、24歳の若さで亡くなるという悲劇が起きた。

 1990年と言えば、マザー・ラヴ・ボーンに先立ってサウンドガーデンもメジャー・デビューを果たし、ポジティヴな兆しがあちこちで見られ、来たるグランジ・ブームを予感するようにしてシーン全体が盛り上がりつつあった時期。それだけに、アンドリューの死がシアトルのミュージシャンたちに与えた衝撃は大きかったという。中でも、彼のルームメイトで特に親しくしていたサウンドガーデンのシンガー=クリス・コーネルは、友への想いを音楽で表すことを選び、一気にふたつの曲ーーアンドリューに宛てた手紙みたいな「Say Hello To Heaven」と、夢に出てきた彼と対話する「Reach Down」ーーを完成。追悼シングルとして発表しようと、ストーン、ジェフ、サウンドガーデンのドラマーのマット・キャメロンを交えて2曲を練り始めた。すると4人は一緒にプレイすることに癒しを見出し、さらなる曲作りにのめり込むのだが、これと並行してストーンとジェフは、高校時代からのストーンの友人マイク・マクレディとも、のちにパール・ジャムへと発展するバンドを結成し、曲作りを開始。そのうちにマイクもリード・ギタリストとしてTOTDのセッションに参加し、1990年11月から12月にかけて本作『テンプル・オブ・ザ・ドッグ』(全米チャート最高5位)を録音して、翌年4月に発表するに至った。〈Temple of the Dog〉というフレーズは、マザー・ラヴ・ボーンの曲「Man of Golden Words」の詞からの引用だ。

 そんなアルバムに収められているのは、ジェフが「あれこれ分析することなく、プレッシャーもなく、ハイプもなく、音楽あるのみ」とイントロダクションで説明している通り、喪失感を共有していた彼らが内から流れ出るままに任せた音楽だった。それぞれにすでに10年ほどのキャリアがあった5人だが、各人が所属していたバンドの枠を取り払うことで自由に実験する余地を生み出し、マザー・ラヴ・ボーンのグラム風味のハードロックとも、当時のサウンドガーデンのゴシックなダークネスとも、グリーン・リヴァーの歪んだパンク/ガレージ路線とも一線を画したサウンドに着地。ピアノで彩った王道バラードあり(「Call Me a Dog」)、バンジョーを用いたアメリカーナあり(「Wooden Jesus」)、スロー〜ミッドテンポの、ダイナミックで重厚でスケール感あふれるロックンロールを鳴らしている。ストーンはパール・ジャムの結成20周年に際して出版された『PEARL JAM TWENTY』の中で、「僕らがあんなにヘヴィな音を鳴らしたのは初めてだったし、サウンドガーデンがあんなにグルーヴィーでレイドバックだったことはかつてなかった」と回想していたが、エモーショナルでありながら湿っぽさは無く、生命力が漲る雄大なグルーヴは、驚異的声域を誇るクリスの歌声を最大限に引き立てていた。彼が綴った詞も専ら、死を嘆くより命の尊さを再確認し、地に足をつけて生きることを自他に促すもの。欲を捨てて、他者を犠牲にしない人生を理想に描くアンセム「Hunger Strike」が好例だ。

 また、この「Hunger Strike」を名曲たらしめているのは、楽曲そのものの素晴らしさもさることながら、やはり、クリスとエディ・ヴェダーによる絶品のヴォーカル・パフォーマンス。そう、パール・ジャムのシンガーとしてX世代の代弁者となるエディはこの頃ちょうど、共通の知り合いに紹介されてバンドに加入したばかりで、たまたまTOTDのレコーディング現場に居合わせて、初対面のクリスと歌うことになったとか(他の曲でもバッキング・ヴォーカルを提供している)。ごくシンプルな詞を、マスキュリンでワイルドなクリスと、温もりと深みのあるエディ、質感の異なる声でリピートすることでメッセージをじわじわと浸透させる、男声デュエットの珍しい成功例だ。

 こうしてデビューに先駆けて記録されたエディの声が象徴するように、本作が、4カ月後に登場するパール・ジャムのファースト『TEN』の序章のように聴こえるのは無理もない。プロデューサーは同じリック・パラシャー、彼らのサウンドを特徴付けることになる、ストーンのリフとマイクのリードによるツイン・ギターが多くの曲で主役を張っており、これまた『TEN』に独特の質感を与えたフレットレス・ベースをジェフがプレイしたのも、本作が最初。たっぷりとスペースを含んだ曲が多いから、インストゥルメンタル・ジャムの見せ場に事欠かず、特に11分に及ぶ「Reach Down」のマイクのソロは圧巻。完全にインプロだったそうだ。

 ほかにも、さらにダイレクトなパール・ジャムとの接点がある。「Times of Trouble」は元々ストーンが作った曲で、本作ではクリスがメロディと詞を乗せたヴァージョンが聴けるが、エディもデモを耳にして、独自に「Footsteps」と題された曲に仕上げた。混乱を避けるために1992年になってようやく大ヒット・シングル「Jeremy」のB面曲として世に出ており、2曲を比較するのも面白い。それに、8年後にサウンドガーデンの解散を受けてマットがパール・ジャムのドラマーになった時に、然るべき位置に収まったなと感じたのも、本作での縁があったからこそ。以来、パール・ジャムはTOTDの曲を始終ステージで演奏しているし、バンドのDNAの一部であるマザー・ラヴ・ボーンの曲もライヴの定番だ。安定したキャリアを誇る数少ない生き残りバンドとして、きっと、シアトルのシーンの歴史を音楽で語り継ぐ責任を感じているのだろう。アンディの足跡を消してはならないーーと。
(新谷洋子)


TEMPLE OF THE DOG(OFFICIAL)
『テンプル・オブ・ザ・ドッグ』収録曲
01. Say Hello 2 Heaven/02. Reach Down/03. Hunger Strike/04. Pushin' Forward Back/05. Call Me a Dog/06. Times of Trouble/07. Wooden Jesus/08. Your Saviour/09. Four Walled World/10. All Night Thing

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