音楽 POP/ROCK

ヒューマン・リーグ 『デアー!』

2017.01.13
ヒューマン・リーグ
『デアー!』
1981年作品


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 「ウルトラヴォックスはジョン・フォックスがいた時のほうが良かった」とか、「デペッシュ・モードはヴィンス・クラーク時代が好き」といった声を耳にすることは珍しくない。どちらのバンドも、結成時に主導的役割を担ったメンバーが、ブレイク前に脱退。その後のサウンドの変化が如実だっただけに好き嫌いがあって当然なのだが、ヒューマン・リーグとなると、「マーティンとイアンがいた時のほうがいい」と主張する人は少ないんじゃないかと思う。これは批判では全くなく、当時の作品も悪くない。ただ彼らの場合は、分裂してさらに素晴らしいふたつのバンドが誕生し、それぞれに進化を遂げて大きな成功を収めたわけで、結果オーライってヤツ。それに、本作『デアー!(Dare)』(1981年/全英チャート最高1位)以前のヒューマン・リーグをそもそも知らない人が、案外多いんじゃないだろうか?

 ヘヴン17を取り上げた際の原稿でも触れた通り、1977年に英国シェフィールドで結成されたこのバンドが活動に行き詰まったのは、『人類零年(原題 Reproduction)』(1979年)と『幻の果てに(原題 Travelogue)』(1980年)の2作品を発表し終えた頃。音楽的方向性を巡ってメンバーが対立し、クラフトワーク直系の実験的エレクトロニック表現にこだわっていたマーティン・ウェアとイアン・クレイグ・マーシュが脱退して、ヘヴン17を結成。残されたフィル・オーキー(ヴォーカル)が、ヒューマン・リーグの名前を引き継ぐことになった。フィルはぶっちゃけ、音楽的資質より見た目の存在感でフロントマンに選ばれた人とあって、ブレーンを失った今、存続自体が危ぶまれていたのだが、彼は独自のセンスでバンドを刷新。望んでいた通りポップでメロディックに方向転換し、本作で、〈エレクトロニックABBA〉と呼んでもやぶさかではない姿に生まれ変わることになる。

 そう、音楽・機材オタクだったマーティン&イアンに対し、フィルは、ヒューマン・リーグに加わるまで音楽作りの経験は無かった。そこでまずは、ライヴ用の映像制作を担当していたエイドリアン・ライトをキーボード・プレイヤーに転向させ、地元のクラブで出会ったふたりの女子高生ーースーザン・アン・サリーとジョアンヌ・キャトラルーーをバッキング・シンガーとしてスカウト。彼女たちもまた経験ゼロで、歌唱力に恵まれているとは言えなかったが、ヘタウマゆえに人間味あふれるヴォーカルと、抑揚のないメカニカルなフィルのヴォーカルが醸す不思議な相乗効果が、新生ヒューマン・リーグの強力な武器となる。

 もっとも一旦曲作りを始めてみると、この素人集団ではさすがに能力不足であることを痛感したフィルは、続いてマルチ・インストゥルメンタリストのイアン・バーデンとジョー・カリスを準メンバーとして補充。ガールズの声を初めてフィーチャーしたシングル「ザ・サウンド・オブ・ザ・クラウド」でいよいよ新路線と新ラインナップをお披露目し、アルバム制作に着手するのだ。共同プロデューサーに起用したマーティン・ラシェントも、彼らの変遷を支えたキーパーソン。ザ・ストラングラーズやバズコックスの初期の作品で名を馳せたのち、エレクトロニックな表現に関心を深めた彼は、スタジオに最新機材を揃えていたという。

 こうして完成した『デアー!』でのヒューマン・リーグは、当初は〈前提〉であり〈目的〉だったエレクトロニック・サウンドを〈手段〉と見做して、何よりもポップソングを作ることを最優先。名前とは裏腹にとことん抑圧していた〈ヒューマン〉な部分が、ここにきて前面に押し出される結果となった。『Travelogue』の後半の延長上にある反復的構成の「ザ・シングス・ザット・ドリームス・アー・メイド・オブ」はまさに、従来の路線との橋渡し役。エンディングにかけて微かにジョアンヌとスーザンの声が聴こえたかと思うと、2曲目の「オープン・ユア・ハート」から一気に、3つの歌声とカラフルなシンセ音が弾ける完璧なスリー・ミニッツ・ポップ(厳密には4分程度だが)を連打する。軽いパーティー・アンセム「ザ・サウンド・オブ・ザ・クラウド」からジョン・F・ケネディ大統領の暗殺事件を題材にした「セカンズ」、トロピカルなリズムの「ドゥ・オア・ダイ」からゴシック調の「ダークネス」まで、なんでもありなのがポップなのだと言わんばかりに、どれもキャラの濃さは圧巻。シンセポップの見本帳として、本作を超えるクオリティのアルバムは未だ作られていないんじゃないかと思う。

 そんな調子で、シングルになり得る出来の曲がずらりと並んでいるから、あの世紀の名曲でさえ扱いはずさん(!)だ。英米チャートでナンバーワンを獲得しキャリア最大のヒットと化した「愛の残り火(Don't You Want Me)」は、アルバムの最後にひっそり収められている。聞けばフィルが曲を嫌っていたそうで、シングルカットされたのも最後だったのだが、ハイソな学者が花売りの娘をレディに育て上げるジョージ・バーナード・ショー作の『ピグマリオン』よろしく、年上の男性と若い女性の格差関係を、フィルとスーザンが会話形式に描く曲だ。「ウェイトレスだったお前を拾って育ててやったのは誰だと思ってるんだ?」と上から目線の男に、「あなたがいなくても私は大成できたわ」と女性は強気に反論。きっぱり別れを告げるという筋書きはご存知の通りで、裏切りをテーマにした「オープン・ユア・ハート」といい、奔放な女性に振り回される「ドゥ・オア・ダイ」といい、どうも「恋に苦労する僕」というのがフィルの基本的な立ち位置らしい。「ラブ・アクション」ではそんな自身の多難な恋愛体験を切々と振り返っていたりして、彼なりの女性賛美なのだろうか、女性上位の設定が目立つのが面白い。

 ただ、ヴィジュアルでは負けてはいない。濃いメークと奇妙なアシンメトリー・ヘアで知られたフィルはガールズを圧倒するインパクトを誇り(グラムロックを愛する人なので......)、表ジャケットを飾るのは彼のポートレイトだ。まあ、誰もが「望みなし」と切り捨てていたバンドをパンクに通ずるDIY精神で立て直し、シングルを片っ端からヒットさせて世界制覇を実現したのだから、少しくらい出しゃばっても許されるというもの。思えば、そんなスリートップの力関係が「愛の残り火」をインスパイアしたとも解釈可能だし、あの曲はいつか関係が逆転してフィルが捨てられることを予告しているようでもあった(実際にフィルとジョアンヌは長く交際したのち破局に至っている)。しかし、他のメンバーは入れ替わったものの、3人は現在も仲睦まじく活動中。2011年秋の30年ぶりの来日公演でも、唯一無二の三つ巴ヴォーカルで楽しませてくれたものだ。もちろんフィルの両脇を固めるふたりは、もはやヘタウマなどとはとても言えない、貫禄満々のベテラン・シンガーだった......。
(新谷洋子)


【関連サイト】
THE HUMAN LEAGUE
THE HUMAN LEAGUE 『DARE』(CD)

『デアー!』収録曲
01. ザ・シングス・ザット・ドリームス・アー・メイド・オブ/02. オープン・ユア・ハート/03. ザ・サウンド・オブ・ザ・クラウド/04. ダークネス/05. ドゥ・オア・ダイ/06. ゲット・カーター/07. アイ・アム・ザ・ロー/08. セカンズ/09. ラブ・アクション/10. 愛の残り火