音楽 POP/ROCK

トーマス・ドルビー 『光と物体』

2018.04.16
トーマス・ドルビー
『光と物体』
1982年作品


thomas dolby j2
 トーマス・ドルビーの存在を筆者が知ったのは、恐らく1982年、毎週ラジオで聴いていた番組『アメリカン・トップ40』でシングル「彼女はサイエンス(She Blinded Me With Science)」がかかった時だったと思う。第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最中で、地元英国ではさほどヒットしなかったこの曲は最高5位を記録。自ら監督した、精神病院で展開されるPVの面白さもヒットに寄与したのだろう。そこに登場するトーマスときたら、時代に準じて薄っすらアイシャドウを施してはいるものの、出で立ちは、丸眼鏡&古風なスーツ&蝶ネクタイというアナクロの極み。ニュー・ロマンティック勢の華やかな佇まいと相容れない上に、音楽的にもいわゆるシンセポップの枠からはみ出たエキセントリシティと異端さを醸していて、ミュージシャンというよりサイエンティスト......いや、マッド・サイエンティストじみていた。1982年に登場したこのファースト・アルバム『光と物体(The Golden Age of Wireless)』(全米チャート最高13位/全英65位)のジャケットに写る彼もまさにそうだ。

 実際トーマス(ドルビーはもちろん芸名。本名はトーマス・ロバートソンだ)は少年時代にシンセに興味を抱いてお手製の機材で実験を始め、カレッジではなぜか気象学を学んだというから、その毛は昔からあったとみて良さそうだ。そしてキーボード奏者として活躍したのち、23歳で本作をリリース。すでにテクニカルな面で経験豊富だった上に、ソングライターとしての天性の才能を備えてもいたようで、多様なエレクトロニック・サウンドを鳴らし、サンプリング技術を駆使して、かつカリンバやバイオリンといった古今東西の楽器の響きも織り込んで作り上げたアルバムはさすが、非常に高い完成度を誇る。幅広い人脈を活かしたゲストも豪華で、有名なところではXTCのアンディ・パートリッジ、ジョン・マット・ランジ(彼がプロデュースしたフォリナーのアルバムにトーマスが関わった)、リーナ・ラヴィッチ、矢野顕子、ミュート・レーベル創始者ダニエル・ミラーが挙げられるだろうか。プロデュースは、ティム・フリース・グリーン(その後トーク・トークとの密なコラボで名を馳せる)と彼が共同であたった。

 ちなみにトーマスにとって通算5曲目のシングルだった「彼女はサイエンス」は、実はオリジナル・ヴァージョンのアルバムには収録されておらず、ヒットを受けてあとで追加されている。ほかにも曲順・内容が異なるヴァージョンが多数存在するので、本稿では、日本盤として広く流通している10曲収録のヴァージョンに基づいて話を進めようと思う。まずはなんといってもその「彼女はサイエンス」の話からーー。

 そもそもトーマスの作品は、ヴィジュアルを喚起させるシネマティックなクオリティを特徴としているが、中でも「彼女はサイエンス」は、先にPVの構想があったというくらいの映像先行型。美しい日本人女性のアシスタント=ミス・サカモトに恋する科学者が主人公であるがゆえに、マッド・サイエンティスト的イメージを進んで引き受ける名刺みたいな曲で、アルバムの中では最もストレートで無邪気な内容かもしれない(「She blinded me with science!」と叫んでいるのはマグナス・パイクなる英国ではテレビなどでお馴染みの科学者だそうで、PVにも出演している)。というのも本作の収録曲は、第二次世界大戦という過去と、テクノロジーが切り開く未来と、双方向に代わる代わる目を向けて綴られていて、全編を貫くのはどこか戦争の影を引きずった、切ないレトロ・フューチャー感覚。そう、セピア色の世界とテクニカラーの世界が交錯するこの奇妙な感覚こそ、他の同世代のアーティストの作品には無い感覚なんじゃないかと思うのだ。インタヴューを読んでみると、叔父が戦死していたりといった事情もあって彼は子供時代から大戦に深い関心を抱いていたそうで、自分の家族や祖国の土地に刻まれた戦争の記憶を辿る曲が幾つか見受けられる。例えば〈我が国の潜水艦が行方不明〉というアナウンスで始まる「ワン・オブ・アワ・サブマリン」は、ずばりその叔父にインスパイアされた1曲。「シングル・ストリートの激しい雨」も、幼少期に度々訪れたサフォーク州の町シングル・ストリートに因み、ここは大戦絡みの逸話・伝説が多いことで有名な町なのだとか。また「哀愁のユウローパ」では、戦争によって引き裂かれた恋という古風なテーマに挑戦。将来を誓った幼馴染みのユウローパと戦争を機に離れ離れになり、その後彼女は手の届かない大スターになってしまうという、なんとも悲しい物語を語り聞かせる。アンディが吹くハーモニカ×ディドリー・ビート×シンセの異種混淆サウンドも、トーマス流レトロ・フューチャー表現の好例だ。

 その一方で、戦後急速に発展したテクノロジーにポジティヴィティを求めている彼。短波ラジオのノイズをイントロに用いた「ラジオ・サイレンス」では、1960年代に厳しい規制をかいくぐって、英国沖に停泊した船の上からロックンロールを発信した海賊ラジオ局Radio Carolineを魅力的な女性に準えた(ここで声を聴かせるのが矢野顕子だ)。そして、これまたシンセとフルートの新旧対照的な音を同居させている「ウインドパワー(=風力発電)」では、〈未来はバラ色/考えるのはやめてハートに委ねよう/もう敵はいないんだ〉と訴え、「電波」でテーマに選んだのは、変わりゆくコミュニケーション手段。進化によって失われるものもあるのだという賢明な警告も含んだこの美しい曲は、ともすると見落とされがちな類稀なメロディセンスを存分に見せつけている。

 そんな本作でミュージシャンとして高い評価を得た彼が、どんどん活動の幅を広げて、1990年代後半にはシリコン・バレーに行き着いたという話にはすごく納得が行く。以来専ら発明家/コンサルタントとしてインタラクティヴ・メディアやレコーディング・ソフトウェアの開発に携わり、多数の特許を取得しているんだそうだ。しかも、ここにきて名門校であるアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学の教授に就任。父も祖父も曾祖父もケンブリッジ大学の教授だったというから、血筋は争えないってヤツか? 2018年夏に予定されている久しぶりのツアーでは、代表曲の数々をバラバラに解体して組み立て直すというプロセスを、解説を添えて披露するらしく、もはやライヴというよりも講義。トーマスはいまだテクノロジーへの尽きせぬ好奇心に突き動かされ、(マッド・)サイエンティストであり続けているのである。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Thomas Dolby Official Site
Thomas Dolby 『The Golden Age of Wireless』

『光と物体』収録曲
01. 彼女はサイエンス/02. ラジオ・サイレンス/03. 電波/04. 北へ/05. 無重力/06. 哀愁のユウローパ/07. ウインドパワー/08. コマーシャル・ブレイクアップ/09. ワン・オブ・アワ・サブマリン/10. シングル・ストリートの激しい雨