音楽 POP/ROCK

ロレッタ・リン 『Van Lear Rose』

2019.04.19
ロレッタ・リン
『Van Lear Rose』
2004年作品



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 ジャック・ホワイトって男は、言うまでもなく現代アメリカを代表する偉大なミュージシャンなのだが、筆者が思うに、アメリカの音楽文化の保護管理人兼パトロンみたいな存在でもある。常に古典的な録音技術を尊重して作品を制作している彼は、昨今のアナログ・リバイバルにも大きく貢献し、2017年にとうとうアナログ生産工場を新設。また、自ら主催するサード・マン・レコーズを通じてサンやパラマウントといったレーベルの復刻リリースに取り組み、同時に、ルーツ音楽のレジェンドたちに様々な形でスポットライトを当てて、次の世代に引き合わせてきた。そんな一連の活動の出発点は、本作『Van Lear Rose』(全米チャート最高24位)だったように感じるのだ。ジャックがプロデュースした、伝説的カントリー・アーティスト、ロレッタ・リンの46枚目のアルバムである。発売されたのは2004年だからロレッタは当時72歳で、ジャックは29歳。30代前半におばあちゃんになっていた彼女の初孫より、遥かに若かったことになる。

 何しろケンタッキー州出身のロレッタが、交際1カ月にして7歳年上のオリヴァー・リンと結婚したのは15歳の時。父は炭鉱夫で、貧しい家庭に育ち、結婚してからも貧困に加えて夫の浮気と飲酒癖に悩まされながら、次々に生まれた子供たちを育てるのだが、その夫からギターを贈られたことを機に音楽活動を始め、28歳でデビューしてスターにーーという経緯は、伝記映画『歌え!ロレッタ愛のために』(1980年公開)に描かれていた通りだ。そして、例えば「The Pill」では避妊薬、「Rated X」では離婚歴のある女性への偏見について歌うなど、タブーとされる題材を取り上げることも辞さなかった彼女は、男性のルールに翻弄される女性たちの姿を描いて物議を醸し、かつ実体験をもとにブルーカラーの人々の声をオーセンティックに代弁して、絶大な支持を勝ち取った。が、1980年代以降のカントリー界でポップな人工的サウンドが主流になってからは、徐々に第一線から退き、他のビジネスに力を入れるようになっていた。

 一方の2000年代初めのジャックと言えば、ザ・ホワイト・ストライプスの4作目『エレファント』(2003年)からシングル「Seven Nation Army」がヒットし、映画『コールド マウンテン』で俳優デビューも果たして、知名度が急上昇した時期。ロレッタへのリスペクトはかねてから口にしており、「20世紀最高の女性シンガー・ソングライター」と称賛してサード『ホワイト・ブラッド・セルズ』(2001年)を彼女に捧げ、「Rated X」をカヴァーしたりしていたのだが、それを知ったロレッタが礼状を送ったことから交流が始まり、コラボ話が浮上したそうだ。彼女みたいな大物と組むのは初めてでありながら、ジャックは憶することなくアイデアを提案し、46枚目にして初めて全収録曲を自ら書き下ろしたのも彼のリクエストだったという。

 となると内容は当然パーソナルで、冒頭を飾る表題曲では両親の出会いを歌っている。そう、ヴァン・リアーは彼女の故郷であり、〈ヴァン・リアーのバラ〉とはその美貌で男たちの憧れを一身に集めた母のこと。ほかにも、貧しくても心は豊かな生活を讃えるブルーグラス仕立ての「High on the Mountain Top」や、スポークンワード形式で幼少期の逸話を披露する「Little Red Shoes」で、家族の記憶を辿っている。

 ただ本作で語っているのは幸せな体験ばかりではなく、ここでもやはり、浮気男という定番トピックに立ち返っているロレッタ。「Family Tree」では、子供たちを引き連れて夫が入り浸る愛人宅に押し掛け、「Have a Mercy」では逆に無情な夫に泣きつき、「Mrs. Leroy Brown」では自分を顧みない男に業を煮やし、彼の貯金を全額引き出して豪遊している。「Woman's Prison」にいたっては、逆上して浮気男を殺してしまい、死刑に処されようとしている女性の独白だ。テーマは同じでも曲ごとに異なるシチュエイションに置かれたキャラを、彼女はユーモラスかつタフに演じ分けていて、こうやって怒りを発散して波乱の人生を乗り切ったのだろうなと、想像させずにはいられない。かと思えば、ブルージーな「Portland, Oregon」ではジャックとデュエットし、酔った勢いでの行きずりの関係を歌って、茶目っ気を見せつける。

 それでもなんだかんだ言って、1996年に彼が亡くなるまでオリヴァーと連れ添ったロレッタは、アコギだけを伴った終盤の「Miss Being Mrs.」で夫に切ないラヴソングを捧げている。タイトルは直訳すると、〈ミセスだった頃が懐かしい〉。ひたすら自由になることを望んでいた自分が、実際に独りになってみると寂しくてたまらない、と告白しているのだ。そしてこの曲に続くラストの「Story of My Life」ではずばり、48年の結婚生活、6人の子供、たくさんの笑いと涙に彩られた人生を総括し、「一介のケンタッキー娘にしちゃ、悪くないわね」と結論付けている。

 そんな率直な言葉の数々を大御所から引き出したジャックは、全13曲のレコーディングをなんと12日間で終えたとか。装飾過多なカントリーの傾向に不満を抱いていた彼は、8トラックに限定し、ヴォーカルは可能な限りファースト・テイクを活かして、バンドはライヴで演奏。そのバンドというのも、ギターはジャックが弾き、のちにザ・ラカンターズを一緒に結成するパトリック・キーラー(ドラムス)とジャック・ローレンス(ベース)ら親しい仲間を集めた。そこにペダルスチールとフィドルの名プレイヤーを交えて、ロックとカントリーとブルースを網羅するジャックらしい粗削りなアンサンブルで、彼女の声独特のエイジレスなハリとツヤ(!)を引き立てることに終始。最終的には、ロレッタにとってはルーツ回帰、でも若いロックファンの耳にも刺激的に響く作品が誕生し、ジャックは彼女を21世紀に送り届けたというわけだ。

 ロレッタのほうも本作の出来に感激し、さらなるコラボを仄めかしていたのだが、その後体調を崩し、現在は活動を休止中。2019年4月初めに行なわれた87歳の誕生日を祝うコンサートで久々に公の場に姿を見せ、ジャックもカントリー界の大物たちに混じってステージに立ち、「Portland, Oregon」を披露していた。イヴェントに先立つインタヴューで「ジャックともう一度何かやらなくちゃ!」と話していた彼女の声には、まだまだ力が感じられたし、続編も夢じゃないのかもしれない。
(新谷洋子)


【関連サイト】

『Van Lear Rose』収録曲
01. Van Lear Rose/02. Portland, Oregon/03. Trouble on the Line/04. Family Tree/05. Have Mercy/06. High on a Mountain Top/07. Little Red Shoes/08. God Makes No Mistakes/09. Woman's Prison/10. This old House/11. Mrs. Leroy Brown/12. Miss Being Mrs./13. Story of My Life

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