音楽 POP/ROCK

エイミー・ワインハウス 『バック・トゥ・ブラック』

2019.08.19
エイミー・ワインハウス
『バック・トゥ・ブラック』
2006年作品


 amy winehouse j1
 飲酒癖を見かねた周囲の人たちからリハビリを勧められた時、エイミー・ワインハウスが「ノー、ノー、ノー」と拒まずに大人しく施設に入って、酒断ちに成功していたら、どうなっていたのだろう。よりによって急性アルコール中毒で命を落とすことなく、今も元気に活動をしていたのだろうか。少なくとも『リハブ』という名曲は生まれていなかったし、この傑作アルバム『バック・トゥ・ブラック』(2006年/全英チャート最高1位)を作っていなかった可能性もある。まあ、何でもとことんのめり込むタイプだったエイミーにとって、リハビリなんて無意味だったのかもしれないけど。

 そう、彼女は酒だけではなく恋にも溺れてしまう女性だった。しかも失礼ながら、あまり男を見る目がなかったようで。交際歴を振り返ると、例えばタブロイド紙にエイミーの私生活を暴露してひと儲けした、シンガーのアレックス・クレアやギタリストのアレックス・ヘインズみたいな輩もいたわけだが、良くも悪くも彼女の最大のミューズとなり、一緒に無数のゴシップを提供することになったのが、ミュージック・ビデオの撮影アシスタントを生業とするブレイク・フィールダー・シヴィルという男だった。

 音楽好きの家族の影響で、ダイナ・ワシントンからフランク・シナトラまでジャズ・ヴォーカリストたちの歌に親しんでロンドン北部で育ち、名門のパフォーマンス・アート学校で学んだエイミー。その類稀な歌唱力を買われて大手レーベルと契約し、制作中に交際していた男性にインスパイアされたアルバム『フランク』でシンガー・ソングライターとしてデビューしたのは、まだ20歳の時だ。早速賞賛を浴び、国内でまずまずのヒットを博していた頃にブレイクと出会う。当時お互いに別の恋人がいたにもかかわらず、以後くっ付いたり離れたりの波乱の恋がスタート。そんな中でも特にふたりの関係がもつれて、一旦破局してしまった時期に、精神的にすっかり落ち込んだ彼女は、酒をあおりながらひたすら曲を綴ったという。それらを収めたのがこのセカンド『バック・トゥ・ブラック』であり、世界的大ヒットを記録しただけでなく、グラミー賞5冠(新人賞などに加えて、「リハブ」で最優秀楽曲賞・レコード賞を受賞)を彼女にもたらしたことはご存知の通りだ。

 では、同じようにひとりの男をインスピレーション源としていた本作は、ファーストとどう違ったのか? まず見た目においても、巨大なビーハイヴ・ヘアとクレオパトラ風アイメイクというインパクトあるスタイルを打ち出したエイミーは、サウンド志向を大きく変えている。「フランク」ではR&B/ヒップホップ畑のプロデューサー、サラーム・レミ(ナズ、フージーズ、ジュラシック5)と組んで、自分のルーツに忠実なジャジーなR&B路線を追求したが、ここにきて、シャングリラズやシュレルズといった1960年代のガールズ・グループ、モータウン・ソウル、スカや2トーンなどなどに興味がシフト。こういったレトロな影響源をモダンに消化する上で重要な役割を果たしたのが、ちょうどヒップホップDJからプロデューサーへと活動領域を広げつつあったマーク・ロンソンだ。マークの主導で、パンチの効いたヒップホップ・グルーヴとホーンを基調とするサウンドを作り出し、彼とサラームが半数ずつ曲を受け持つ形でレコーディングを行なったのである。

 エイミーの声から、どちらかというとダークなトーンを引き出すそんな重厚感あるサウンドを背景に、彼女は「リハブ」でアルバムの幕を切り、愛する男が去ってしまって、悲しくて仕方なくて酒に救いを求めているのだと、あっけらかんと歌う。レイ・チャーズルやダニー・ハサウェイの歌を聴いているほうが、たくさん学べることがあるし、リハビリなんか時間の無駄よーーとうそぶいて。以下、自分の浮気がバレてひと悶着あったことを仄めかし(「You Know I'm No Good」)、〈百回くらい死んだ気分〉に耐えながらブレイクに別れを告げ(「Back To Black」)、バカな男の相手はしちゃいけないと反省してみたりもする(「Tears Dry On Their Own」)。で、男のことを考えないように努力してみたものの、夜になると彼の夢に悩まされ(「Wake Up Alone」)、別の男と一緒にいても心ここにあらず(「He Can Only Hold Her」)......。ほとんど全編涙に濡れていて、でも鋭いウィットがあちこち頭をもたげる本作は、無防備さにおいてはファーストを遥かに凌ぐ言葉で埋め尽くされている。殊に、甘美な敗北感あふれる「Love Is A Losing Game」は、ある意味でアルバムを総括する曲であり、恐らくエイミーが生んだ最も美しい曲なのではないかと思う。ラヴというゲームに勝者はいないのだと遠い目をして憂いている、プリンスやジョージ・マイケルにも愛されたバラードだ。

 しかし、こんな曲を書いておきながら、彼女とブレイクはほどなくしてよりを戻し、2007年5月に結婚。かと思えばブレイクは暴行罪で逮捕されて懲役刑を食らい、再び独りで取り残されたエイミーは、ミュージシャンとして名実共にピークにありながら、またもや暗黒の世界に没入してしまう。ツアーはキャンセルし、酒やドラッグへの依存を深め、入院騒ぎもあったものだが、2009年初めにブレイクが出所した頃にはとうとう愛想をつかして、離婚へーー。

 それからさらに2年が経ち、キャリアを立て直せないまま、27歳の若さで亡くなった彼女。3枚目のアルバムが完成しなかったということはつまり、大きなハートブレイクを体験しなかったからだと解釈したい。死の直前には新しい恋人と結婚の話をしていたといい、2007年夏の米『ローリング・ストーン』誌のインタヴュー記事を読み返してみると、面白いことに、「自分に才能はあると思うけど、歌うために生まれたわけじゃないし、妻かつ母になって家族の面倒を見るために生まれたの」と語っていた。エイミーは恋をして、愛されたかっただけ。音楽は、それが叶わないことの苦しみを乗り越える手段でしかなかったのかもしれない。でもだからこそ、愛の不在を嘆く彼女の歌は切なくてたまらないのである。
(新谷洋子)


【関連サイト】
AMY WINEHOUSE 『BACK TO BLACK』(CD)
『バック・トゥ・ブラック』収録曲
01. リハブ/02. ユー・ノウ・アイム・ノー・グッド/03. ミー&ミスター・ジョーンズ/04. ジャスト・フレンズ/05. バック・トゥ・ブラック/06. ラヴ・イズ・ア・ルージング・ゲーム/07. ティアーズ・ドライ・オン・ゼア・オウン/08. ウェイク・アップ・アローン/09. サム・アンホーリー・ウォー/10. ヒー・キャン・オンリー・ホールド・ハー

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