音楽 POP/ROCK

ナンシー・シナトラ&リー・ヘイズルウッド 『Nancy & Lee』

2021.06.22
ナンシー・シナトラ&リー・ヘイズルウッド
『Nancy & Lee』
1968年作品
(邦題:ナンシーとリー『二人の青い鳥』)


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 昭和歌謡の湿り気がつきまとうせいか、若い頃は、男女デュエットにはどうも馴染めなかった。洋楽の世界でも筆者が育った1980年代の男女デュエットと言えば、ダイアナ・ロスとライオネル・リッチーの「エンドレス・ラヴ」とかジョー・コッカーとジェニファー・ウォーンズの「愛と青春の旅だち」とか、やはりウェットなのが常。オルタナティヴ・ロックのファンには縁のない世界だと信じていた。そんな自分に初めて「カッコいい」と思わせたのが、ニック・ケイヴとカイリー・ミノーグによる殺人譚『Where the Wild Roses Grow』(1995年)なのだが、この曲にはルーツというか、お手本があるという。それが、ナンシー・シナトラとリー・ヘイズルウッドのデュエット・アルバム『Nancy & Lee』(1968年/全米チャート最高13位/『二人の青い鳥』の邦題で発売された日本盤はジャケットや収録順がオリジナル盤とは異なる)との出会いだった。リーはすでに故人だけど、ナンシーのほうは2020年に80歳の誕生日を迎え、目下リイシューなどでささやかな傘寿セレブレーションが行われている。

 彼女は言うまでもなくフランク・シナトラの長女であり、幼い頃からダンスや歌のレッスンを受けて、ショウビズ界にデビューしたのが19歳の時。血筋が血筋だけに大きな注目を浴びたはずなのだが、最初の5年間にリリースした、ドゥーワップやロカビリー風の甘口ガールポップ路線のシングルはさっぱり売れず......。新機軸を打ち出すべくレーベルはナンシーに、10歳ほど年上で、ソングライター兼プロデューサーとしてデュアン・エディの多数のヒット曲を手掛けると共に、自身のルーツであるカントリー・ミュージック寄りのソロ作品を数枚発表していた、リーを紹介する。当時最初の夫と離婚したばかりだったこともあり、リセットに意欲的だったナンシーは、彼をコラボレーターに迎えてイメージを刷新。髪をブロンドに染め、ロングブーツがトレードマークのスタイリッシュな1960年代ファッションに身を包み、声のトーンを落として、再スタートを切るのである。

 以後ふたりは1966〜67年の2年間に、それぞれゆるくテーマ別に選んだカヴァー曲を中心とする、5枚のアルバムを発表。レコーディングには、アレンジャー/ギタリストのビリー・ストレンジ以下、敏腕セッション・プレイヤー集団レッキング・クルーの面々が全面的に参加し、ローリング・ストーンズの「As Tears Go By(涙あふれて)」をボサノヴァ調に塗り替えるなど、当時は他に例がなかった大胆なアレンジを施した。そしてコラボ第一弾アルバムにしてナンシーのデビュー・アルバムでもある『Boots』からは、リーが綴った曲「These Boots Are Made for Walkin'(にくい貴方)」が英米両チャートでナンバーワンを記録し、ほかにも待望のヒット・シングルが次々誕生するのだ。

 こうしてケミストリーを確立して、数曲でデュエットを披露して声の相性も確認し、チャート面でも成果を出したふたりは、引き続きレッキング・クルーを交えて全編デュエット仕立ての『Nancy & Lee』を制作。収録曲は、主にカントリー系のカヴァー曲とリーの書き下ろし曲が半々といったところで、ジャンルは限定していないのだが、優しく愛を語り合うラヴソングはないという点が、一貫性を与えていると言えるのだろう。「Summer Wine」では男を誘惑して身ぐるみ剥いでしまう女と、それでも想いを断ち切れない男、「Storybook Children」では惹かれ合いながらも別の道を歩んでしまった男女、「Jackson」では愛情が醒めてそれぞれに逃避を夢見ている夫婦、「Elusive Dreams(二人の青い鳥)」は身勝手に夢を追う男と、彼に寄り添いながらも消耗していく妻......。どちらかと言うとすれ違う孤独な男女の風景が、ナンシーのますます妖艶で凄みを増した声とリーのひび割れたバリトンの絶妙なコンビネーション、そして、アドリブっぽい掛け合いを交えながら様々なシチュエイションの男女を演じるふたりのシアトリカルなパフォーマンスで、映像的に描き出されているのである。

 アレンジにも従来のコラボ作品以上に細やかなこだわりが見られ、端的には、古典的カントリー・ミュージックのスタイルを60年代のサイケデリック・ポップのフィルターを通して表現する、というのがデフォルトなのではないかと思う。例えばライチャス・ブラザーズがヒットさせた「You've Lost That Lovin' Feelin'(ふられた気持ち)」は無数のカヴァーがある曲だが、テンポをぐっと落としてリヴァーブをかけ、ヴォーカルの抑揚を抑えて、深い霧の中で亡霊が歌っているように聴こえるアレンジは、フィル・スペクターが手掛けたオリジナルに勝るとも劣らない。しかも、アウトロでいきなりリズムが変わったりもする。ブルーグラス・デュオのジム&ジェシーの曲「Greenwich Village Folk Song Salesman」には派手にホーンを盛って、ブルーグラスとビッグバンドを融合させているのも、かなり斬新なアプローチだ。そして極め付けは、サイケデリックを極めた「Some Velvet Morning(ビロードのような朝)」。なんと、ナンシーのパートとリーのパートの拍子が違っていて、まるでふたりが全く異なる世界に佇んでいるかのような、実に奇妙な曲なのである。唯一、どちらの歌詞に登場するパイドラ(ギリシャ神話に出てくる悲劇的な生涯を送った女性)という名前がふたつの世界に接点を与えているのだが、その歌詞も不可解で、始まりも終わりもなく、ポップ・ミュージック史上最大のミステリーのひとつだと言って過言じゃない。

 そんなふたりの濃密なコラボレーションはしかし、リーがスウェーデンに突如移住したことから、1972年の第2弾デュエット集『Nancy&Lee Again』を最後にプツリと途切れる。ナンシーも子育てのために表舞台から遠ざかり、彼女たちがスタジオで再び顔を合わせるのは、2000年代に入ってから。第3弾の『Nancy&Lee 3』(2004年)では残念ながら本作のマジックは再現されず、3年後にリーは癌で亡くなってしまった。数カ月前に英国の『MOJO』誌に掲載されたインタヴューでナンシーは、「なぜ彼がスウェーデンに行ったのか未だ納得できていない」とやや素っ気なく発言していたが、表現者としてパーフェクトな関係を構築したふたりは、個人レベルではどういう関係にあったのだろう? ごくビジネスライクに、ただ良質な音楽を作り出すことだけに専念していたのか? 調べてみてもあまり情報がみつからなくて、名盤の背後につい求めてしまう神話みたいなものが無さそうなところに、逆にすごく興味をそそられる。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『Nancy & Lee』収録曲
01. You've Lost That Lovin' Feelin'/02. Elusive Dreams/03. Greenwich Village Folk Song Salesman/04. Summer Wine/05. Storybook Children/06. Sundown, Sundown/07. Jackson/08. Some Velvet Morning/09. Sand/10. Lady Bird/11. I've Been Down So Long(It Looks Like Up To Me)

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