音楽 POP/ROCK

レディー・ガガ 『ザ・フェイム』

2021.08.21
レディー・ガガ
『ザ・フェイム』
2008年作品


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 レディー・ガガはさる2021年6月に、セカンド・アルバム『ボーン・ディス・ウェイ』(2011年)の10周年記念盤をリリースした。LGBTQ+のアーティストとそのアライ(Ally)による収録曲のカヴァー集を添えて、プライド月間に送り出すという、自由と平等を讃えるアルバムに相応しい演出が成され、非常にガガらしい企画だったと思う。なのにファースト・アルバム『ザ・フェイム』(2008年/日本では2009年)といえば特にリイシューもなく、あっさりとスルーしていたことにふと気付いた。確かにセカンドのほうが圧倒的に評価は高かったし、アルバムとしての一貫性や完成度において、『ザ・フェイム』は少し劣っていたのかもしれない。タイトルに掲げた〈名声〉というテーマの扱いもややぼやけていて、音楽よりヴィジュアルのインパクトが勝っていたと言えなくもないのだが、現在も彼女がポップ・ミュージック界の先頭に立っているのは、ファーストで見せつけた音楽的実力があってこそ。ヴィジュアルの突飛さだけでは、どこかのタイミングで飽きられていたはずだ。

 よってここでは、出来る限りヴィジュアルに言及せずにアルバムを振り返ろうと思うのだが、まずは、下積み時代のガガにも触れておくべきだろう。ほぼ無名だった時点で、名声に関する曲をせっせと書いていたくらいだから、ショウビズ界での成功をかなり若い頃から夢見ていた彼女。10代前半ですでに地元ニューヨークでピアノの弾き語りライヴを行なったり、精力的に活動していたという。そして高校卒業後は、ニューヨーク大学の芸術学部で音楽を専攻。2年目で中退すると、アンダーグラウンドなクラブ・シーンを活動のホーム・グラウンドとして、音楽と演劇を織り交ぜたバーレスク・パフォーマンスを披露するようになる。これが注目を集めるのだが、デビューまでの道のりは平坦ではなく、本作収録の「ペーパー・ギャングスタ」で歌っている通り、デフ・ジャム・レーベルから僅か3カ月間で契約を切られる苦い体験もし、雇われソングライターとしてブリトニー・スピアーズやニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックに曲を提供していた時期もあった。そうこうしているうちに本作のレコーディングに参加した3人のプロデューサーーーロブ・フサーリ、マーティン・キーゼンバウム、レッド・ワンーーと出会い、22歳だった2008年4月にいよいよメジャー・レーベルからデビュー・シングル「ジャスト・ダンス」を発表。次いで8月以降、各地で順次アルバムをリリースしていくのだ。

 では、当時のアメリカのメインストリーム・ポップ界はどんな状況にあったのか? チャートを調べてみると、あまりパッとしない。時代はヒップホップ/R&B主導に移行し、リーダー格の女性アーティストは、ビヨンセにリアーナにアリシア・キーズあたりだろうか。でも2008年にはほかにもアデルもデビューし、ケイティ・ペリーがブレイク。テイラー・スウィフトはアルバム『フィアレス』でカントリーからポップに横断して、一気にシーンは賑やかになるのだが、ガガはやっぱり異質だった。『ザ・フェイム』からは1980年代のシンセポップのキッチュさ、インダストリアル・ミュージックのヘヴィネス、グラムロックやヘアメタル系バンド(「ボーイズ・ボーイズ・ボーイズ」はモトリー・クルーの「ガールズ・ガールズ・ガールズ」へのオマージュだ)のクドい味付けが聴き取れて、歌い方はやけに芝居がかっているし、歌詞はいい意味でバカっぽい。そして、すごく大味なようでいてあちこちに歪みや影が潜み、過去にトリップしたのか未来にトリップしたのか分からなくなる不可解な感覚が、第一印象だったと記憶している。

 こうした奇妙なサウンドとさらに奇妙なヴィジュアルはまた、彼女の古風なメロディセンスや、キャッチーなサビでぐいぐい人心を引き込むソングライティング力、或いは並外れた歌唱力といった音楽的基礎体力を、見え難くしていたところもあるのだろう。この時点ではパーソナルな内容の曲はほとんどなかったし、ある意味で誰にでも歌える普遍的なポップソングを、ガガ流のプロダクションとヴォーカル・スタイルとヴィジュアルでドレスアップすることで、エキセントリックな表現にしていたと言えるんじゃないだろうか。

 そんな彼女は当初、アメリカでは、ポップ・アーティストではなくダンス・アーティストとして受け止められたものだ。第52回グラミー賞では最優秀ダンス/エレクトロニカ・アルバム賞と最優秀ダンス・レコーディング賞(「ポーカーフェイス」)を受賞しており、「ジャスト・ダンス」にしても全米HOT100でナンバーワンを獲得する前に、まずはダンス・チャートでヒットを記録している。ここまでエレクトロニックでビートを強調した音楽がメインストリームなポップ・ミュージックとしてアメリカで市民権を得たのは画期的なことで、ひいてはEDMの大流行も、ガガの出現なしには起きなかったと思うのだ。

 ただ、のちにトニー・ベネットとジャズ・ヴォーカル・アルバムを制作したり、5作目『ジョアン』(2016年)に至ってカントリー・ロックにまでスタイルの幅を広げるガガのデフォルトは、徹底した折衷主義。本作も一カ所に留まってはいないし、「ビューティフル、ダーティー、リッチ」はファンク、表題曲はニューウェイヴ、「スターストラック」はR&Bに接近し、オーガニックに振り切れた「ブラウン・アイズ」に至っては、オールドスクールなロックバラードに仕上がっている。彼女のアーティスト名の由来であるクイーンの影響がもろに表れたこの曲はまた、「ボーン・ディス・ウェイ」のロック路線を予告するものだ。

 最後に、前述したアルバムのテーマについてもう少し補足しておこう。ガガは、表題曲で有名になることへの憧れを歌い、「ラヴゲーム」では「ラヴとフェイムの両立は可能か」と問いかけて、「パパラッチ」ではメディア操作をストーリーに織り込むなど、様々なアングルから名声について論じている。それが物足りなく感じられたのは、テーマとの接点が曖昧な曲も多かったからだ。しかし本作の大ヒットで一躍スーパースターになり、尋常じゃないレベルの名声を体験した彼女は、すぐさま〈名声のダークサイド〉に焦点を絞って、8つの新曲を綴って録音する。そして本作の14曲にプラスし、ヴォリュームアップしたアルバムを『ザ・フェイム・モンスター』と命名して、2009年11月に改めて世に問うた。前半の『ザ・フェイム』がファンタジーなら後半の新曲群はリアリティであり、補完関係にある両者は互いを引き立てて、テーマを明確化した感があった。

 こうして、キャリアの出発点で早くも、成功の光の面だけでなく闇の面も見据えたガガ。以後スポットライトから隠れることなく、プレッシャーに負けることもなく、自分の影響力をポジティヴに役立ててきた彼女は、今も名声と実にいい関係を保っている。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『ザ・フェイム』収録曲
01. ジャスト・ダンス FEAT.コルビー・オドニス/02. ラヴゲーム/03. パパラッチ/04. ポーカー・フェイス/05. アイ・ライク・イット・ラフ/06. エイ、エイ(ナッシング・エルス・アイ・キャン・セイ)/07. スターストラック FEAT.スペース・カウボーイ&フロー・ライダー/08. ビューティフル、ダーティー、リッチ/09. ザ・フェイム/10. マニー・ハニー/11. ボーイズ・ボーイズ・ボーイズ/12. ペーパー・ギャングスタ/13. ブラウン・アイズ/14. サマーボーイ/15. ディスコ・ヘヴン(ボーナストラック)/16. アゲイン・アゲイン(ボーナストラック)/17. レトロ、ダンス、フリーク(ボーナストラック)

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