音楽 POP/ROCK

ケイシー・マスグレイヴス 『セイム・トレイラー・ディッフレント・パーク』

2022.08.26
ケイシー・マスグレイヴス
『セイム・トレイラー・ディッフレント・パーク』
2013年作品

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 ここ10年くらいで一番様相が変わったジャンルは、カントリー・ミュージックなのではないかと思っている。
 かつてのカントリーは、アメリカの外で暮らす大半の音楽リスナーにはほぼ縁がないジャンルだった。それだけでなくいたって古くさいイメージが定着したはずだ。それを爽やかに払拭して、広い層にカントリーを近付けたのがテイラー・スウィフトであり、ポップなサウンド志向や等身大の歌詞が若い同性のファンにアピール。4枚目のアルバム『レッド』(2014年)を発表する頃にはジャンルを超越した世界的スーパースターへと成長していた。

 それからしばらくすると、ケイン・ブラウンやミッキー・ガイトンらブラック・カントリー・アーティストの活躍で、人種的ダイバーシティに欠けるという弱点も徐々にではあるが改善され、オープンリー・ゲイのスターも続々出現。極めつけに、前代未聞のゲイ&ブラックのカントリー・ラッパーという新人リル・ナズ・Xが、シングル「Old Town Road」を大ヒットさせて世の中を騒がせる一方、ジャスティン・ビーバーがカントリー・デュオのダン+シェイとコラボしてカントリー・チャートに入るなど、異種混淆のコラボレーションも珍しくなくなった。

 こうした多様化とクロスオーバーのプロセスにおいて、見逃してならない貢献者がもうひとりいる。本題の『Same Trailer Different Park』(全米チャート最高2位)で2013年にデビューし、カントリーへの敷居を低くしてくれたケイシー・マスグレイヴスである。その証拠と言えるのか、彼女は先頃行なわれたSUMMER SONIC 2022で、早くも3度目の来日公演を果たしている。

 故郷はテキサス州東部のゴールデンなる小さな町(本人曰く人口300〜400人)、土地柄カントリー・ミュージックに幼少期から親しみ、特にパッツィ・クラインやハンク・ウィリアムスといった古典的アーティストを愛していたというケイシー。ギターとマンドリンを練習して自身も歌うようになり、14歳にして自主制作でアルバムをリリースしたが、大手レーベルと契約してシングル「Merry Go 'Round」で正式にデビューしたのはさらに10年後。職業ソングライターとして、他のアーティストに曲を提供していた下積み期が結構長い。

 でも彼女は、「Merry Go 'Round」で早速波紋を呼ぶ。その後長期にわたって共作・共同プロデュースでコラボすることになるシェイン・マカナリー(カントリー界の売れっ子ソングライターとなった彼もゲイとしてカムアウト済みだ)及びルーク・レアードと作ったこの曲は、女性は〈21歳になるまでに子供がいなかったら一生独身〉と見做されてしまう保守的な田舎町の現実を、辛辣な言葉で描写。退屈だから結婚するしかなくて、無為な消費とドラッグとアルコールに溺れてその退屈を紛らせるーーという負のループに代々ハマってしまっている人々を、壊れたメリーゴーラウンドに譬えているのである。カントリー・アーティストとしてはある意味で、リスナーを敵に回すような曲だけに、デビュー・シングルに適していないと忠告を受けたものの、本人が譲らなかったそうだ。

 負のループにはまっていると言えば、「Blowin' Smoke」の主人公のウェイトレスも好例。「いつかラスヴェガスに行って一旗揚げる」とぼんやり思っているのに、行動に移せないまま年月が経ち、今日もテーブルを拭いてゴミを捨てて、シフトを終えると、一服して溜息をつく。「It Is What It Is」も、特に強く惹かれているわけでもないのに寂しいから、退屈だから、なんとなく一緒にいる男女を描いている。とにかく切ないストーリーが並ぶが、自ら田舎町で生まれ育ったケイシーの言葉には、こうしたキャラクターたちに寄り添う共感がどこかにある。ユーモアもある。

 じゃあ、どうすれば状況を変えられるのか? 彼女なりに答えを提供するのが「Silver Lining」だ。4つ葉のクローバーが欲しいなら手をドロドロにして探さないと。ハチミツが欲しかったらハチに怖気づいているわけにはいかない。そう優しく語りかける。4年前にインタヴューした際、ケイシーはこんな風に語っていたものだ。「私はずっと昔から、いつか故郷を出てほかの体験をしたいと考えていた。未知の世界を恐れるばかりに、ああいう場所に留まる人は少なくないから。思い切り小さな町の出身だろうと、逆に飛び切り大きな町の出身だろうと、みんな自分が知っている世界の外にあるものを体験するべきだと思う。可能な限りバランスのとれた人間になるために。だから私はナッシュヴィルに移り住んで、ソングライティングを追求して......その結果、今の自分がいるのよ」。

 終盤には、これまた周囲の猛反対を押し切ってシングルカットした「Follow Your Arrow」が収められている。〈教会に行かないと地獄に落ちると言われるし/かといって礼拝で最前列に座ったら聖人ぶってるって批判されるし〉などと、社会が押し付けるダブル・スタンダードを列挙して、ルールを無視して好きなように生きようと呼びかける、彼女のテーマソングみたいな1曲だ。なぜ反対されたかと言えば、〈大勢の男の子にキスしよう/或いは、あなたがそういう指向なら大勢の女の子にキスしよう〜心が導くままに行動すればいい〉と、セクシュアリティの自由を礼賛していたから。ついでにプロ・マリファナのメッセージも込められていて、リベラルな価値観を積極的に喧伝しないという当時のカントリー界の暗黙の了解を、躊躇なく破っていたのである。

 また彼女は音楽的にもこの時期の傾向に逆行するようにして、打ち込みを多用した人工的なプロダクションを拒絶し、オーガニックな音に徹底的にこだわった。どの曲も、スティール・ギターやアコーディオンやバンジョーやウクレレを含む、トラディショナルな編成でアレンジが施されていて、カントリーの原点に回帰。そういうサウンドを新人の女性アーティストが鳴らすということからして画期的で、(同じくプロ・マリファナな)ウィリー・ネルソンやジョン・プラインといった大御所がこぞってケイシーを前座に起用したのも納得が行く。

 そして第56回グラミー賞ではテイラーとロードに並ぶ女性最多の4部門で候補に挙がり、最優秀カントリー・アルバム賞を獲得するのだが、彼女がグラミーの主役になったのは2019年になってから。歌詞の題材だけでなくサウンド表現においても既成概念に挑戦し、ディスコや70年代ロックの影響を消化した、サイケデリック・カントリーとでも呼びたくなる仕上がりだった4作目『ゴールデン・アワー』(2018年)で本作に勝る賞賛を浴び、第61回グラミー賞で最優秀アルバム賞及びカントリー・アルバム賞を含む4冠を達成している。

 続いて昨年発表した最新作『スター・クロスド』では、自身の離婚体験を1本の物語に仕立て上げた彼女。ヴォーカル・スタイルはもちろんのこと、そのストーリーテリング術にはカントリーのルーツがしっかり受け継がれているものの、サウンド面からはあからさまなカントリー色がかなり後退していた(それでも全米カントリー・チャートの1位を獲得しているのだが)。これを受けて全米レコーディング芸術科学アカデミーは、グラミー賞で同作をポップとして扱うかカントリーとして扱うのか審査を行ない、ポップと見做す決定が下され、所属レーベルの社長が抗議するなど大いに物議を醸したものだ。まさに多様化の波にさらされているカントリーにとって、ケイシーのような重要アーティストを排除するのはネガティヴな影響しか与えない、と。本人も「ジャンルとしてのカントリーから私を排除できたとしても、私の中からカントリーを排除できない」とコメントしている。そういえば2019年には、当初は全米カントリー・ソング・チャートとR&B/ヒップホップ・チャート両方に入っていた『Old Town Road』が、「カントリー・ソングには当たらない」と判断されて同チャートから削除される事件も起き、カントリーはちょっとしたアイデンティティ・クライシスに直面しているとも言えるのかもしれない。だが〈ポスト・ジャンル時代〉と評されてもいる昨今のポップ・ミュージックは、単一のジャンルの枠に収まらないのが当たり前。しかも、様々なジェンダーが認知されている中で音楽賞の男女別のカテゴリー廃止も各地で論じられており、分類する行為そのものの意義が、ここにきて問われている。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『セイム・トレイラー・ディッフレント・パーク』収録曲
01. Silver Lining/02. My House/03. Merry Go 'Round/04. Dandelion/05. Blowin' Smoke/06. I Miss You/07. Step Off/08. Back On The Map/09. Keep It To Yourself/10. Stupid/11. Follow Your Arrow/12. It Is What It Is

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