音楽 POP/ROCK

バナナラマ 『Bananarama』

2024.02.21
バナナラマ
『Bananarama』
1984年作品
(邦題『愛しのロバート・デ・ニーロ』)


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 先日1980年代の英国の音楽番組について調べていた時に、偶然バナナラマが当時の人気番組『Top of the Pops』で「Shy Boy」を披露する1982年の映像に行き着いた。ヘタウマと言ったら失礼かもしれないが、脱力系のパフォーマンスを見ながら、本当にスペシャルなガールズ・グループだったなあとしみじみ思った。殊更素晴らしい歌唱力に恵まれていたわけでもないし、美しいハーモニーを聞かせたわけでもない。ダンスも適当で、とりあえず体を動かしているだけ。揃ってバギーなダンガリーを着ているが、考えてみるとスカートを履いている姿なんて見たことがないし、常にボーイッシュで、男性に媚びていなくて。のちのTLCやシュガーベイブスに引き継がれるそんなクールなガールズ・ネクスト・ドア的な佇まいに、筆者も憧れたものだ。

 デビューに至る経緯もまたカッコいい。舞台はロンドン、共にブリストル出身で幼馴染みのサラ・ダリンとカレン・ウッドワードは、サラと同じファッション専門校で学んでいたアイルランド人のシボーン・ファーイと意気投合して、グループを結成。BBCに務めていたカレンに対し、学校を中退したサラとシボーンは伝説的クラブのマーキーで働きながら人脈を広げ、セックス・ピストルズのポール・クックと知り合って、一時は彼の紹介でセックス・ピストルズのリハーサル・スペースがあった建物の空き室で共同生活を送っていたとか。そしてクラブ通いで通じてポストパンク期の音楽シーンから刺激を受けると共に、ファン・ボーイ・スリーほか色んなアーティストのバッキング・シンガーを務めるなどしていた彼女たちは、1981年9月にニュー・ロマンティック・テイストのファースト・シングル「Aie e Mwana」を発表。1970年代初めに生まれた、このスワヒリ語詞の曲のカヴァーでデビューするという事実ひとつをとっても、最初から一筋縄ではいかないグループだったことが分かるし、まさにパンク後の何でもありの時代を象徴している。

 その後1983年にアルバム『Deep Sea Skiving』が登場し、前述した「Shy Boy」のヒットを受けて早速トップ10入りを達成(最高7位)。当時から3人は自ら曲作りに関わっていたのだが、彼女たちが本格的に自分の主張をし始めてさらなる特異性を突き付けたのが、このセカンド『Bananarama』(1984年/全英チャート最高16位)だった。ファーストでも数曲で組んだスティーヴ・ジョリーとトニー・スウェインのコンビ(ほかにもスパンダー・バレエやイマジネーションとコラボしていた)が、今回は全面的にプロデュースを担当。ソングライターとしても、全曲にジョリー&スウェインの名前が3人の名前と共にクレジットされている。そういう意味で本作には間違いなく一貫性があり、シンセポップ(「Robert De Niro's Waiting」)や1960年代テイスト(「State I'm In」)の匂いを時折取り入れたファンキーなニューウェイヴ・サウンドが、脱力ヴォーカルに気持ち良く絡む。

 ならば、彼女たちは何を歌っていたのか? 中にはもちろん「Dream Baby」や「State I'm In」といった、恋愛を扱った軽めの曲もある。しかし大多数はそう単純な内容じゃない。例えばアルバムのオープニング曲は、アメリカでも大ヒットを博した「Cruel Summer」。夏と言っても海とも太陽とも無縁で憂鬱極まりないこの曲は、恋人と破局し友達もどこかに出かけてしまって、独りで町に残され、うだるように暑さに耐えながら孤独感に苛まれている〈残酷な夏〉のアンセムだ。あーあ、もうやってらんないよね――といった調子の。

 続く「Rough Justice」も、無邪気で涼し気に聴こえるものの、〈不当な罰〉を意味するタイトル通り、平凡に暮らそうとしている人々が暴力や貧困などに苦しんだり、正直者がバカを見るような世の中に対して怒りを露わにしている。〈私たちは痛みと屈辱を忘れない/彼らが強いた不当な罰を、いつかこちらから下してやる〉というくだりは、当時のサッチャー政権に宛てられていたのだろうか? 他方でゆるいディスコ仕立ての「King of the Jungle」は、この頃激化していた北アイルランド闘争に巻き込まれ、英国兵に撃たれて亡くなった友人に捧げられている。暴動を鎮圧するために北アイルランドに送られた、若い兵士たちが置かれていた状況を推察して嘆く、〈ジャングル帝王〉というややおどけた邦題からは想像できない内容だ。

 やはり大ヒットを博した「Robert De Niro's Waiting」も、よくよく考えると不思議なストーリーなのかもしれない。主人公は身近な男の子たちとの恋に失望し、傷付いて、映画の世界に逃避。その象徴としてロバート・デ・ニーロを用いているわけだが、これまた風通しのいいメロディに乗せて、何かから必死で逃げている女性のパラノイアを不穏に描く。そしてアコギがリードするラストのバラード「Through a Child's Eye」はどこまでも切なくて、ここまでに取り上げてきたリアリティを踏まえているのか、子どものイノセンスを自分が失ってしまったことを実感し、沈みゆく太陽を眺めて涙を流しつつアルバムはエンディングを迎えている。〈私の中の子どもがため息を吐く〉と、大人になることの重い意味を噛みしめながら。まだ20代前半、ブレイクして大波に乗っていたというのに、こんなにもダークサイドばかり眺めているガールズ・グループは、ほかには1960年代のザ・シャングリラズくらいしか思い付かない。

 またもうひとつ指摘しておきたいのは、80年代初めの英国のメインストリーム・ポップ界において、自分の言葉で歌って成功を収めたガールズ・グループは、バナナラマしかいなかったという点である。よって本作の半年後に発売された、オールスターで制作したあのチャリティ・シングル「Do They Know it's Christmas?」にも3人はコーラスで参加しているのだが、リード・ヴォーカルを歌うのは男性(かつ白人)ばかり。女性は彼女たちとジョディ・ワトリーだけという多様性皆無のラインナップは今の感覚で捉えると衝撃的でしかないし、あの場でも女性を代表して歌ってくれていたサラとカレンとシボーンは、きっと男性一色のシーンで孤軍奮闘していたんじゃないかと、今更ながらに痛感している。

 しかもバナナラマはご存知の通り、メンバーチェンジや大胆な路線変更を経て、今もサラとカレンのデュオで活動を続けている。2019年のSUMMER SONICでのライヴもめっぽう楽しかった。結成から間もなく45年、本作を聴いていた頃には想像だにしなかったが、ここにきて史上最も長寿なガールズ・グループと化している彼女たちは、脱力系どころか、タフな先駆者だったというのが実相なんだろう。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Bananarama(OFFICIAL WEBSITE)
Bananarama(YouTube)
『Bananarama』(邦題『愛しのロバート・デ・ニーロ』)収録曲
1. Cruel Summer/2. Rough Justice/3. King of the Jungle/4. Dream Baby/5. Link/6. The Wild Life/7. Hot Line to Heaven/8. State I'm In/9. Robert De Niro's Waiting.../10. Through a Child's Eyes

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