音楽 POP/ROCK

モダン・ジャズ・カルテット『ジャンゴ』

2011.02.14
DJANGO_MJQ
モダン・ジャズ・カルテット
『ジャンゴ』

録音:1953〜1955年


 モダン・ジャズ・カルテット(以下、通称でもあるMJQとする)の正式な結成は1952年。モダン・ジャズの名トランペット奏者ディジー・ガレスピーのビッグ・バンドに在籍していたピアニスト=ジョン・ルイス、ヴィブラフォン奏者=ミルト・ジャクソン、ベーシスト=レイ・ブラウン、ドラマー=ケニー・クラークによってスタートした。やがて、ベ−シストはパーシー・ ヒースに代わり、活動はいよいよ本格化。ドラマーは初期の内にケニー・クラークからコニー・ケイとなったが、MJQの活動は実に長期に亘っていった。74年に一旦解散したものの、81年に再結成を果たし、94年にコニー・ケイが他界してカルテットの形を失うまで、実に40年以上もジャズ界のトップ・コンボとして君臨していたのだ。その魅力は何と言ってもピアノとヴィブラフォンを主軸とした編成から生まれているあのサウンドだろう。初めて MJQを聴いた人はジャズというよりも、何処か宮廷音楽のようなシックでスタイリッシュな趣を感じるのではないだろうか。クラシックに傾倒していてMJQでもバッハの楽曲を度々取り上げるなどしていたジョン・ルイスのピアノ、ブルースの素養が色濃いミルト・ジャクソンのヴィブラフォン。この相反するかのような要素の対話が、彼らの特異なフォルムの鍵だと言える。粗野ではなく、だが決して冷めてはおらず、むしろとことん感情豊かで官能的。こんな音はMJQをおいて他にない。

 と、あたかもジャズに造詣の深い人間であるかのように書き始めてみたが、正直なところ僕は門外漢だとみなさんに告白する他ない。実は普段の僕はロックが専門であり、ジャズについての原稿を書くに値する男だとは口が裂けても言えないのだ。しかし、MJQはどうしようもなく語りたくなる。殊に今回紹介する『ジャンゴ』に関しては。以下、個人的な話も交えて綴らせて頂くが、お付き合い願えれば幸いだ。

 僕の中に種は蒔かれていたということなのだろう。実はMJQは子供の頃から繰り返し聴いてはいた。ただし、断じて自主的にではなく。"クラシック好きなくせにビートルズも好きで、そのくせ古今亭志ん生のレコード・コレクションも無数で、かつ落語研究会出身"という分裂しきった父の下で育った僕は、幼い頃から幅広い音楽と志ん生に触れて育ってきた。しかし、それは父が僕の情操教育のために聴かせていたということでは全くなく、家族4人が居間に集れば狭過ぎて自ずと掴み合いが始まるという、極めて劣悪だった住宅事情による。つまり、父がレコード鑑賞を始めれば、『ドラえもん』を観ていようが、『白バイ野郎ジョン&パンチ』を観ていようが、歯軋りしながらも屈服する他なかったのだ。そんな苦々しさの中で聴いたレコードの中に、黄土色地にピラミッドの絵が描かれたジャケットのMJQの作品があった。
 その"黄土色のレコード"には、今にして思えばだが、何年にも亘って僕の中で無意識の内に反芻を繰り返していた一曲があったのだ。いや、"一曲"というよりも"一節"と言った方が正確なのか。ピアノによる主旋律の上を朧げに、しかし確実に際立ってヴィブラフォンも主旋律を辿る一節。"夜の路地裏を、フラミンゴの首のような鉄柱の街灯に照らされて、一人の男が靴音を淡々と響かせながら、ただひたすらに歩いている"、そんな光景。いや、昔の僕がそこまで想像していたのかと問われれば、"嘘です"と舌を出すしかない。しかし、逞しくも何処か寂し気な陰を帯びている、そんなハードボイルドな匂いをこの一節から感じ取って、一寸ときめいていたことは間違いないと思う。だが、それも"今になって思えば"なのだが。何しろMJQのことも、その一節のことも、長い間すっかり忘れていたのだから。

 どういう理由によるのかは分からない。20代も終わりかかっていたある日、僕の身体の中でどうにも拭い去れず、あのMJQの一節が浮かび上がってきたのだ。曲名は未だに不明であったが、MJQというグループ名と黄土色のジャケットは何となく覚えていた。レコード店の慣れないジャズ売り場を漁ると、記憶と合致するCDはすぐに見つかった。それが『ジャンゴ』......ではなく『ピラミッド』だったのだが。早速買って自宅で聴いたその作品の印象は"まあまあ"といったところか。しかし、射抜かれるようなあの旋律を辿る曲がそこにはあった。名前も知らなかった曲、"ジャンゴ"と僕の再会であった。それからすぐに、『ジャンゴ』という、例の曲と同名のアルバムがあることを知った僕。これは"53年から55年までのセッションをまとめた、ドラマーがケニー・クラーク時代の最後の作品"だという。そんなことはジャズに特に関心を持っていたわけではない僕にとってはどうでもよかったが、MJQ初期の名演として不動の評価を得ており、所謂必聴盤というやつらしい。"これも何かの縁だ"と、またふと何かの折、僕は『ジャンゴ』を買い求めたのだったが----決定的だった。

 この作品を前にして、僕は未だに上手い言葉が出てこないのがもどかしくもあり、しかし堪らなく胸躍る。先述の『ピラミッド』を筆頭に、何度か新演奏で音源化された"ジャンゴ"はこれが初めて世に出た形だという。その生々しく削り出された姿は、万に一つの瞬間を抉り取ったかのような無上の響きを湛えている。さらには、飄々としながらも典雅にヴィブラフォンがスキップして行く"デローネイのジレンマ"、ガーシュインのスタンダード・ナンバーを起伏に富んでいて糊がバリッと利いた短編ドラマに仕立て上げた"バット・ノット・フォー・ミー"。アルバムの終幕を飾る"ミラノ"は喩えようもなく優しい。この曲はジョン・ルイスがミラノをイメージして書いたのだという。僕はミラノに行ったことなんかないが、この曲からはジョン・ルイスの限りない愛情の眼差しを通して広がるミラノの街並が紛れもなく見える。憧れ、戦慄き、心の震え、"この形にならないものにどうにか姿を与えて抱き締めたい"、それが哀しいのか素晴らしいのかよく分からない人間の性なのだろうか。そんな願望に駆り立てられて奇跡的に生み出されてきたのが、名作、名画、名曲として時代を越えてきた先人達の足跡なのだと思う。その緩やかな連なりの中に、この曲を加えることに僕は何の躊躇いもない。とにかく語り尽くせない生命の瞬きをこのアルバムには感じる。『ジャンゴ』、まさしく名盤だと思う。
(田中 大)
『ジャンゴ』収録曲
01. ジャンゴ
02. ワン・ベース・ヒット
03. ラ・ロンド組曲 a) Piano b) Bass c) Vibes d) Drums
04. ザ・クィーンズ・ファンシー
05. デローネイのジレンマ
06. ニューヨークの秋
07. バット・ノット・フォー・ミー
08. ミラノ
録音:1954年(1,2,8) 1955年(3) 1953年(4〜7)

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