ポール・サイモン 『グレイスランド』
2012.07.17
ポール・サイモン
『グレイスランド』
1986年作品
全ての発端は、ポールが友人からもらった南アフリカのストリート・ミュージック=タウンシップ・ジャイヴのカセットテープだった。すっかり魅了された彼は、1985年にヨハネスブルグを訪れて現地のミュージシャンたちとジャムし、その音源をベースに、タウンシップ・ジャイヴのリズムや南ア特有のヴォーカル・ハーモニーを自身のソングライティングと巧みに融合させたのである。同様の試みは初めてではなかったものの、大ヒットを記録した本作と、同じミュージシャンたちを伴って1987年に敢行したツアーは、それまでほとんど知られていなかった音楽の魅力を世界に広く紹介。25周年記念盤にボーナスDVDとして添えられたドキュメンタリー映画『Under African Skies』は、そんな歴史的名盤のメイキングを振り返っているのだが、同時に、敢えて本作の〈問題点〉にフォーカスしているところが非常に興味深い。
そう、ご承知の通りアパルトヘイト政策を敷いていた南アは、国連による経済・スポーツ・カルチャー・ボイコットの対象になっていた。ゆえにボイコットに違反するポールの行為は、反アパルトヘイト運動を妨害するものとして激しい非難にさらされ、それが彼の心に長年重くのしかかっていたという。そこでポールは2011年に再びヨハネスブルグを訪れ、カルチャー・ボイコットにおいて主導的役割を果たし、彼を批判し続けた活動家ダリ・タンボ氏と対面。映画は、25年前と変わらぬ立場を貫くふたりが一定の和解に辿り着くまでを追っている。ポールの立場? アートに政治は介入するべきではなく、『グレイスランド』は政治的意図とは無縁で、自分は100%音楽的好奇心に突き動かされて行動したまで......。実際、歌詞は政治的メッセージを含んでおらず、ポエティックに日常を描く。それでいて結果的には、ピーター・ガブリエルの『Biko』やザ・スペシャルAKAの『Free Nelson Mandela』といった反アパルトヘイト・ソングの数々よりも遥かに効果的に、南アへの関心を喚起したと言っても過言じゃない。ネルソン・マンデラ氏のたっての希望で、民主化後の南アで一番最初に公演した米国人アーティストがポールだったというのも有名な話だ。
そもそも1980年代のアフリカと言えば、アパルトヘイトとエチオピアの飢饉によってネガティヴなイメージが定着しており、テレビが映し出すのは苦しむ人々の姿ばかり。けれどポールを懐に迎え入れた南ア人のミュージシャンたちは、アップビートで歓喜に溢れ、美しくスピリチャルな音楽を鳴らし、『グレイスランド』は、豊かなカルチャーを擁するポジティヴなアフリカ像を提示。つまり、アパルトヘイトが破壊しようとしているものに実体を与えたーーと言い換えられるのかもしれない。また、これはあくまで私的な意見だが、当時ヨハネスブルグに住んでいた筆者は子供心に、カルチャー・ボイコットには疑問を抱いていた。たいていの英米の映画は南アで公開されていたし、海外の音楽は幾らでもラジオで聴けたし、レコードも入手できたし、ただミュージシャンがツアーをしないというだけ。むしろ、みんな南アに来て直接若者たちに語りかければいいのになあと考えずにいられなかったものだ。ポールが実践したのは、ある意味でまさにそれだったんだと思う。同じ国に住んでいるのに人種ごとに壁に隔てられ、大半の白人には黒人たちが作る音楽に触れる機会がなかった。それがアパルトヘイトだったわけで、恐らく南アの白人も本作を通じて、すぐ身近にある素晴らしい音楽の存在を知ったんじゃないだろうか? 本作が完成する頃には日本に帰国していたのでどんな状況だったのか定かではないけれど、ポールが「自分のキャリアで最も重要な意義を持つ作品」と位置付けるこのマジカルなアルバムは、今もどこかで誰かの心を開いているような気がする。
【関連サイト】
PAUL SIMON
PAUL SIMON『GRACELAND』
『グレイスランド』
1986年作品
〈グレイスランド的〉という言い回しが音楽的ヴォキャブラリーの一部と化して、すでに久しい。西欧米のロック/ポップとその圏外の音楽のミクスチュアをざっくりと括るこの表現、そういう手法をとる若手アーティストが増えているせいか最近ますます頻繁にメディアで目にするのだが、リリースから四半世紀を経て本家本元が先頃再発され、改めて脚光を浴びている。現在までに1400万枚を売り、1987年度グラミー賞アルバム・オブ・ザ・イヤーに輝いたポール・サイモンの『グレイスランド』のことだ。
全ての発端は、ポールが友人からもらった南アフリカのストリート・ミュージック=タウンシップ・ジャイヴのカセットテープだった。すっかり魅了された彼は、1985年にヨハネスブルグを訪れて現地のミュージシャンたちとジャムし、その音源をベースに、タウンシップ・ジャイヴのリズムや南ア特有のヴォーカル・ハーモニーを自身のソングライティングと巧みに融合させたのである。同様の試みは初めてではなかったものの、大ヒットを記録した本作と、同じミュージシャンたちを伴って1987年に敢行したツアーは、それまでほとんど知られていなかった音楽の魅力を世界に広く紹介。25周年記念盤にボーナスDVDとして添えられたドキュメンタリー映画『Under African Skies』は、そんな歴史的名盤のメイキングを振り返っているのだが、同時に、敢えて本作の〈問題点〉にフォーカスしているところが非常に興味深い。
そう、ご承知の通りアパルトヘイト政策を敷いていた南アは、国連による経済・スポーツ・カルチャー・ボイコットの対象になっていた。ゆえにボイコットに違反するポールの行為は、反アパルトヘイト運動を妨害するものとして激しい非難にさらされ、それが彼の心に長年重くのしかかっていたという。そこでポールは2011年に再びヨハネスブルグを訪れ、カルチャー・ボイコットにおいて主導的役割を果たし、彼を批判し続けた活動家ダリ・タンボ氏と対面。映画は、25年前と変わらぬ立場を貫くふたりが一定の和解に辿り着くまでを追っている。ポールの立場? アートに政治は介入するべきではなく、『グレイスランド』は政治的意図とは無縁で、自分は100%音楽的好奇心に突き動かされて行動したまで......。実際、歌詞は政治的メッセージを含んでおらず、ポエティックに日常を描く。それでいて結果的には、ピーター・ガブリエルの『Biko』やザ・スペシャルAKAの『Free Nelson Mandela』といった反アパルトヘイト・ソングの数々よりも遥かに効果的に、南アへの関心を喚起したと言っても過言じゃない。ネルソン・マンデラ氏のたっての希望で、民主化後の南アで一番最初に公演した米国人アーティストがポールだったというのも有名な話だ。
そもそも1980年代のアフリカと言えば、アパルトヘイトとエチオピアの飢饉によってネガティヴなイメージが定着しており、テレビが映し出すのは苦しむ人々の姿ばかり。けれどポールを懐に迎え入れた南ア人のミュージシャンたちは、アップビートで歓喜に溢れ、美しくスピリチャルな音楽を鳴らし、『グレイスランド』は、豊かなカルチャーを擁するポジティヴなアフリカ像を提示。つまり、アパルトヘイトが破壊しようとしているものに実体を与えたーーと言い換えられるのかもしれない。また、これはあくまで私的な意見だが、当時ヨハネスブルグに住んでいた筆者は子供心に、カルチャー・ボイコットには疑問を抱いていた。たいていの英米の映画は南アで公開されていたし、海外の音楽は幾らでもラジオで聴けたし、レコードも入手できたし、ただミュージシャンがツアーをしないというだけ。むしろ、みんな南アに来て直接若者たちに語りかければいいのになあと考えずにいられなかったものだ。ポールが実践したのは、ある意味でまさにそれだったんだと思う。同じ国に住んでいるのに人種ごとに壁に隔てられ、大半の白人には黒人たちが作る音楽に触れる機会がなかった。それがアパルトヘイトだったわけで、恐らく南アの白人も本作を通じて、すぐ身近にある素晴らしい音楽の存在を知ったんじゃないだろうか? 本作が完成する頃には日本に帰国していたのでどんな状況だったのか定かではないけれど、ポールが「自分のキャリアで最も重要な意義を持つ作品」と位置付けるこのマジカルなアルバムは、今もどこかで誰かの心を開いているような気がする。
(新谷洋子)
【関連サイト】
PAUL SIMON
PAUL SIMON『GRACELAND』
『グレイスランド』収録曲
01. ザ・ボーイ・イン・ザ・バブル/02. グレイスランド/03. アイ・ノウ・ホワット・アイ・ノウ/04. ガムブーツ/05. シューズにダイアモンド/06. コール・ミー・アル/07. アンダー・アフリカン・スカイズ/08. ホームレス/09. クレイジー・ラヴ VOL.II/10. ザット・ウォズ・ユア・マザー/11. オール・アラウンド・ザ・ワールドあるいはフィンガープリントの伝説
01. ザ・ボーイ・イン・ザ・バブル/02. グレイスランド/03. アイ・ノウ・ホワット・アイ・ノウ/04. ガムブーツ/05. シューズにダイアモンド/06. コール・ミー・アル/07. アンダー・アフリカン・スカイズ/08. ホームレス/09. クレイジー・ラヴ VOL.II/10. ザット・ウォズ・ユア・マザー/11. オール・アラウンド・ザ・ワールドあるいはフィンガープリントの伝説
月別インデックス
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- June 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- February 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- August 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- April 2023 [1]
- March 2023 [1]
- February 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- November 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- June 2022 [1]
- May 2022 [1]
- April 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- January 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- August 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- April 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- January 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- September 2020 [1]
- August 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- March 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- November 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [1]
- August 2019 [1]
- July 2019 [1]
- June 2019 [1]
- May 2019 [1]
- April 2019 [2]
- February 2019 [1]
- January 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- August 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- May 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [1]
- February 2018 [1]
- January 2018 [2]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- July 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [1]
- April 2017 [1]
- March 2017 [1]
- February 2017 [1]
- January 2017 [1]
- December 2016 [1]
- November 2016 [1]
- October 2016 [1]
- September 2016 [1]
- August 2016 [1]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- March 2016 [1]
- February 2016 [1]
- January 2016 [1]
- December 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [1]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- March 2015 [1]
- February 2015 [1]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [1]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [1]
- July 2014 [2]
- June 2014 [1]
- May 2014 [1]
- April 2014 [1]
- March 2014 [1]
- February 2014 [1]
- January 2014 [1]
- December 2013 [2]
- November 2013 [1]
- October 2013 [1]
- September 2013 [2]
- August 2013 [2]
- July 2013 [1]
- June 2013 [1]
- May 2013 [2]
- April 2013 [1]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [1]
- December 2012 [1]
- November 2012 [2]
- October 2012 [1]
- September 2012 [1]
- August 2012 [2]
- July 2012 [1]
- June 2012 [2]
- May 2012 [1]
- April 2012 [2]
- March 2012 [1]
- February 2012 [2]
- January 2012 [2]
- December 2011 [1]
- November 2011 [2]
- October 2011 [1]
- September 2011 [1]
- August 2011 [1]
- July 2011 [2]
- June 2011 [2]
- May 2011 [2]
- April 2011 [2]
- March 2011 [2]
- February 2011 [3]