エレクトロニック 『エレクトロニック』
2014.10.30
エレクトロニック
『エレクトロニック』
1991年作品
残念ながら夢のリユニオンは実現しなかったけど、なんと豪華なスーパーグループだったんだろうかと今更ながらに思う。ファクトリー・レーベルから1989年末に「Getting Away With It」でデビューしたエレクトロニックはご存知、ジョニーとニュー・オーダーのフロントマン=バーナード・サムナー、つまり、1980年代マンチェスターの二大バンドの主要メンバーによるユニット。この曲にバッキング・ヴォーカルを添えたほか時折顔を見せたニールは、言わば準メンバー的な存在だった。
元を正せば、バーナードがプロデュースした同郷のクアンド・クアンゴのアルバム『Pigs+Battleships』(1985年)にジョニーがゲスト参加した際、初めてコラボしたふたり。その後4年間の音楽界に起きた一大ムーヴメントが、エレクトロニックの結成を促すことになる。そう、アシッド・ハウス・ブームの到来だ。米国シカゴで誕生したアシッド・ハウスはご承知の通り、本国ではアンダーグラウンドなトレンドに留まったが、1980年代後半に英国を席巻。中でもマンチェスターでは、最新ヒットを逸早くプレイし本場のDJを続々招いていたクラブ=ハシエンダがカタリストとなって、ロックとダンスの融合を試みるバンドが続々登場したものだ。
一連の動きに刺激を受けてニュー・オーダーは、バーナードが主導する形で5作目『Technique』(1989年)にハウスやデトロイト・テクノを大胆に取り入れ、ダンス色を強めていた。しかし、ナマ音にこだわるピーター・フック(ベース)とバーナードの確執が深刻化。かつ、所属するファクトリー・レーベルと、同レーベルとバンドが共同経営していたハシエンダも、表向きは順風満帆なようで実は巨額の損失を出していたといい、ニュー・オーダーの周辺は穏やかではなく、バーナードは少々行き詰まりを感じていたらしい。一方、1987年夏のザ・スミス解散以来、「伝説的バンドの天才ギタリスト」というイメージを払拭するべく多数のアーティストと共演し、試行錯誤を重ねていたジョニーも、ダンス・ミュージックに傾倒。双方にかっこうの気分転換の場所を提供したのが、エレクトロニックだった。
そして1991年春になってようやく、ファースト『Electronic』(全英チャート最高2位)が登場。その1年半後にファクトリーは倒産に至ったので、同レーベルからお目見えした最後のアルバムの1枚でもある。プロデュースとプログラミング及びキーボードの演奏はふたりで行ない、ギターはジョニーが担当。ナマとマシーンのドラムを織り交ぜてレコーディングした本作は、ザ・スミスのファンには衝撃が大きかった。何しろ、1986年のシングル「Panic」で「Hang the DJ!」というスローガンを打ち出したザ・スミスには(実際にはクラブDJを批判する意図はなかったのだが)、アンチ打ち込みなイメージが強かったもので......。でも冷静になって耳を傾ければ、エレクトロニックが本作で鳴らしていたのは見事なまでのニュー・オーダーとザ・スミスの足し算サウンドであり、エレクトロニックとオーガニックの絶妙なフュージョンであり、歓迎すべき進化形だった。ビートの感触もシンセの響きも、「Get the Message」のソウルフルな女性ヴォーカルも、「Feel Every Beat」のハッピー・マンデーズ風グルーヴも、間違いなくアシッド・ハウスのマナーに則っているのだが、クラブ対応はリミックス・ヴァージョンに委ね、アルバムはあくまで、メロディックなセンスに長けたふたりならではの良質ポップソング集に仕上げていたのだから。
「Some Distant Memory」や「Gangster」など、かなりニュー・オーダーぽい印象を与える曲にしても、ピーターのユニークなベースが聴こえない分、重心はグっと引き上げられ、違いは明らか。ジョニーのギターが聴こえた瞬間、ハっとさせられる。控えめにしか使っていないのに、彼のギタープレイは強烈なアイデンティティを主張し、ザ・スミスとは異なる音楽的文脈に絡んでいるからこそ、余計に独自色が強調されていたと言えなくもいい。
またザ・スミス絡みでもうひとつ、興味深い逸話がある。「Getting Away With It」でニールとバーナードが綴った歌詞は意図的に、モリッシー節の自嘲的/自己陶酔的な内容に仕立てて、彼を茶化したのだという(「ずぶ濡れになりたいから僕は敢えて雨の中を歩く」などなど)。バンドを逸早く脱退したためにザ・スミス解散の責任を負わされたジョニーは、4年間インタヴューを拒み続け、ようやく沈黙を破って自分の言い分を『NME』誌に吐露したのは、まさに本作のリリース直前。この間良くも悪くも言いたい放題だったモリッシーに、ニール&バーナードが代わりに一矢報いたようなところもあるんだろう、きっと。
そんなエレクトロニックは、1999年に活動を休止するまでにさらに2枚のアルバムを発表。1996年のセカンド『Raise the Pressure』では元クラフトワークのカール・バルトス、1999年のサード『Twisted Tenderness』ではアーサー・ベイカーを交えて、それぞれに面白い試みを見せているが、すでに大きな成功と評価を手にしていたミュージシャンたちが、新しい音と出会った興奮をそのまま放出した『Electronic』のピュアで無邪気なエネルギーが、筆者は好きだ。革命的ではないにしても、この時代にしか生まれ得なかった作品であり、この時期のジョニーとバーナードが作らずにいられなかった音楽なのだという必然性が、このアルバムをとてもスペシャルな1枚にしているんじゃないだろうか?
【関連サイト】
Electronic『Electronic』(CD)
『エレクトロニック』
1991年作品
2013年のサマーソニック・フェスティバルで、50代突入を目前に本格的なソロ活動を始めた元ザ・スミスのジョニー・マーと、ペット・ショップ・ボーイズが、数時間の差で隣り合うステージに立つと知って、淡い希望を抱いた人が少なからずいたんじゃないかと思う。ジョニーが同年のツアーで毎公演プレイしていたエレクトロニックの「Getting Away With It」に、ペット・ショップ・ボーイズのニール・テナントが飛び入り参加するんじゃないか、と。
残念ながら夢のリユニオンは実現しなかったけど、なんと豪華なスーパーグループだったんだろうかと今更ながらに思う。ファクトリー・レーベルから1989年末に「Getting Away With It」でデビューしたエレクトロニックはご存知、ジョニーとニュー・オーダーのフロントマン=バーナード・サムナー、つまり、1980年代マンチェスターの二大バンドの主要メンバーによるユニット。この曲にバッキング・ヴォーカルを添えたほか時折顔を見せたニールは、言わば準メンバー的な存在だった。
元を正せば、バーナードがプロデュースした同郷のクアンド・クアンゴのアルバム『Pigs+Battleships』(1985年)にジョニーがゲスト参加した際、初めてコラボしたふたり。その後4年間の音楽界に起きた一大ムーヴメントが、エレクトロニックの結成を促すことになる。そう、アシッド・ハウス・ブームの到来だ。米国シカゴで誕生したアシッド・ハウスはご承知の通り、本国ではアンダーグラウンドなトレンドに留まったが、1980年代後半に英国を席巻。中でもマンチェスターでは、最新ヒットを逸早くプレイし本場のDJを続々招いていたクラブ=ハシエンダがカタリストとなって、ロックとダンスの融合を試みるバンドが続々登場したものだ。
一連の動きに刺激を受けてニュー・オーダーは、バーナードが主導する形で5作目『Technique』(1989年)にハウスやデトロイト・テクノを大胆に取り入れ、ダンス色を強めていた。しかし、ナマ音にこだわるピーター・フック(ベース)とバーナードの確執が深刻化。かつ、所属するファクトリー・レーベルと、同レーベルとバンドが共同経営していたハシエンダも、表向きは順風満帆なようで実は巨額の損失を出していたといい、ニュー・オーダーの周辺は穏やかではなく、バーナードは少々行き詰まりを感じていたらしい。一方、1987年夏のザ・スミス解散以来、「伝説的バンドの天才ギタリスト」というイメージを払拭するべく多数のアーティストと共演し、試行錯誤を重ねていたジョニーも、ダンス・ミュージックに傾倒。双方にかっこうの気分転換の場所を提供したのが、エレクトロニックだった。
そして1991年春になってようやく、ファースト『Electronic』(全英チャート最高2位)が登場。その1年半後にファクトリーは倒産に至ったので、同レーベルからお目見えした最後のアルバムの1枚でもある。プロデュースとプログラミング及びキーボードの演奏はふたりで行ない、ギターはジョニーが担当。ナマとマシーンのドラムを織り交ぜてレコーディングした本作は、ザ・スミスのファンには衝撃が大きかった。何しろ、1986年のシングル「Panic」で「Hang the DJ!」というスローガンを打ち出したザ・スミスには(実際にはクラブDJを批判する意図はなかったのだが)、アンチ打ち込みなイメージが強かったもので......。でも冷静になって耳を傾ければ、エレクトロニックが本作で鳴らしていたのは見事なまでのニュー・オーダーとザ・スミスの足し算サウンドであり、エレクトロニックとオーガニックの絶妙なフュージョンであり、歓迎すべき進化形だった。ビートの感触もシンセの響きも、「Get the Message」のソウルフルな女性ヴォーカルも、「Feel Every Beat」のハッピー・マンデーズ風グルーヴも、間違いなくアシッド・ハウスのマナーに則っているのだが、クラブ対応はリミックス・ヴァージョンに委ね、アルバムはあくまで、メロディックなセンスに長けたふたりならではの良質ポップソング集に仕上げていたのだから。
「Some Distant Memory」や「Gangster」など、かなりニュー・オーダーぽい印象を与える曲にしても、ピーターのユニークなベースが聴こえない分、重心はグっと引き上げられ、違いは明らか。ジョニーのギターが聴こえた瞬間、ハっとさせられる。控えめにしか使っていないのに、彼のギタープレイは強烈なアイデンティティを主張し、ザ・スミスとは異なる音楽的文脈に絡んでいるからこそ、余計に独自色が強調されていたと言えなくもいい。
またザ・スミス絡みでもうひとつ、興味深い逸話がある。「Getting Away With It」でニールとバーナードが綴った歌詞は意図的に、モリッシー節の自嘲的/自己陶酔的な内容に仕立てて、彼を茶化したのだという(「ずぶ濡れになりたいから僕は敢えて雨の中を歩く」などなど)。バンドを逸早く脱退したためにザ・スミス解散の責任を負わされたジョニーは、4年間インタヴューを拒み続け、ようやく沈黙を破って自分の言い分を『NME』誌に吐露したのは、まさに本作のリリース直前。この間良くも悪くも言いたい放題だったモリッシーに、ニール&バーナードが代わりに一矢報いたようなところもあるんだろう、きっと。
そんなエレクトロニックは、1999年に活動を休止するまでにさらに2枚のアルバムを発表。1996年のセカンド『Raise the Pressure』では元クラフトワークのカール・バルトス、1999年のサード『Twisted Tenderness』ではアーサー・ベイカーを交えて、それぞれに面白い試みを見せているが、すでに大きな成功と評価を手にしていたミュージシャンたちが、新しい音と出会った興奮をそのまま放出した『Electronic』のピュアで無邪気なエネルギーが、筆者は好きだ。革命的ではないにしても、この時代にしか生まれ得なかった作品であり、この時期のジョニーとバーナードが作らずにいられなかった音楽なのだという必然性が、このアルバムをとてもスペシャルな1枚にしているんじゃないだろうか?
(新谷洋子)
【関連サイト】
Electronic『Electronic』(CD)
『エレクトロニック』収録曲
01. Idiot Country/02. Reality/03. Tighten Up/04. The Patience of a Saint/05. Getting Away With It/06. Gangster/07. Soviet/08. Get The Message/09. Try All You Want/10. Some Distant Memory/11. Feel Every Beat
01. Idiot Country/02. Reality/03. Tighten Up/04. The Patience of a Saint/05. Getting Away With It/06. Gangster/07. Soviet/08. Get The Message/09. Try All You Want/10. Some Distant Memory/11. Feel Every Beat
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